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第三話 出所後の再会


理子の頭の中は、混乱でいっぱいだった。


刑務所にいた間、離婚届こそ受け取っていなかったが、一年前にあの身一つで家を出ると誓った合意書にサインした時点で、彼女と早瀬深は正式に離婚したはずだった。


彼女は彼を自由にした。なのに、彼は竹内清美と結婚していなかったのか?


それなら、どうして今、あんなことを言えるのだろう?まるでまだ夫婦であるかのように、早瀬家で一緒に暮らし、彼女を黒沢家に連れて帰ることまでできるなどと。


それは、まさしく「夫」の口調だった。


だが、ついさっきまで、彼は竹内清美と並んで座り、その態度、視線の交わし方には、長年連れ添った夫婦にしか出せない親密さが滲み出ていた。これは一体、どういうことなのか?


理子が早瀬深の不可解な態度を推し量っていると、竹内清美は早瀬優也の小さな手を引きながら近づいてきた。


竹内清美は優しく品の良い微笑みを浮かべ、半身を屈めて、そっと早瀬優也の背中を押した。

「優也、見てごらん。ママが帰ってきたよ。“ママ”って呼んでごらん?」


優也だ。二年ぶりの再会に、理子は息子の懐かしくもどこか他人行儀な顔を見て、思わず目頭が熱くなった。


抑えきれない衝動に駆られ、無意識に二歩踏み出し、両腕を広げて、この日々思い続けてきた小さな存在を、ぎゅっと抱きしめたくなる。血の繋がりを感じたい、その温もりを確かめたい――


だが、差し出した手が宙に浮いたまま、早瀬優也は怯えた小鹿のように、ぱっと身を翻して竹内清美の背後に隠れた。半分だけ顔を覗かせ、早瀬深にそっくりな瞳は、今や恐怖と拒絶でいっぱいだった。


その幼い声は、まるで毒を含んだ氷の針のように、理子の胸に突き刺さる。


「あなたは悪い人だ!ひいおばあちゃんを殺した犯人だ!抱っこなんていやだ!刑務所に入ってたママなんていらない!」


――轟音が頭の中で響き、理子は何も考えられなくなった。心臓が見えない手にぎゅっと握りつぶされ、息もできないほどの痛みに襲われる。


十月十日、命を賭して産んだ子供。生まれつき体が弱く、彼女が昼夜問わず心を砕いて育ててきた、かけがえのない息子――その息子が、彼女に向かって「犯人」と罵るとは。


あまりの悲しみに声が震えた。「優也……私はママよ……あなたの本当のママなのよ……」


返ってきたのは、さらに鋭い泣き声だった。優也は竹内清美の服の裾をしっかり握りしめ、唯一の拠り所のようにしがみつく。


「嫌だ!ママなんていらない!幼稚園のお友達に笑われるもん!みんなにはいいママがいるのに、僕だけ刑務所に入った悪いママなんていやだ!僕は清美ねえさんがママがいい!」


子供の悲痛な叫びは、理子の心を容赦なく鞭打った。彼女は耐えきれず、よろめきながら一歩後退し、顔は血の気を失い真っ白になった。


その時、早瀬優也はやっと竹内清美の後ろから少しだけ顔を覗かせ、怯えたように理子を盗み見た。


竹内清美はすぐさま優しく優也の背中を撫で、理子に「善意」と「理解」に満ちた微笑みを向け、同情を装った柔らかな声で語りかけてきた。


「奥様、どうかお気になさらないで。子供はまだ小さくて分別がありません。他人の噂を鵜呑みにしているだけです。優也も二年ぶりであなたに会うから、戸惑って怖がるのも無理はありません。血は水よりも濃い、母子の絆は簡単に切れるものではありませんよ。もう少し時間をかけて、もっと接して包み込んであげれば、きっとまた慣れてくれますから」


彼女は気品と余裕に満ち、まるで家の女主人のような振る舞いだった。それに比べて、理子の惨めさと痛みは、いっそう「度量がなくて」「みっともなく」見えた。


もっと時間を?


理子は心の中で冷たく笑う。もう、彼女に無駄にできる時間など残っていない。彼女の時間は、二年前に彼らの手によって既に奪われていたのだ。


兄の悟も慌てて慰めるように同調した。


「そうだよ理子、竹内さんの言う通りだ。子供の言葉なんて気にしなくていい。ここのところ優也はずっと竹内さんに面倒を見てもらっていたんだ。竹内さんは会社でも深を支えてくれて、家でも優也の世話を本当によくしてくれた。皆、感謝しているんだ」


理子の視線は、思わず早瀬深に向けられる。


あの日、二年前の恐ろしい午後、彼もその場にいた。彼の立ち位置から、竹内清美が祖母を突き飛ばした瞬間を見逃すはずがない。彼は夫だ、優也の実の父親だ。なのに、あの時、彼女のために一言も公正な言葉を発してくれなかった。この二年間、せめて息子に真実を伝えて、母親の潔白を守ることさえしなかったのか?


早瀬深は、彼女の目に宿る血の涙のような強い問いかけ――自分が権力を持ちながら、彼女が最も助けを必要とした時に、黙って彼女を犠牲にしたことへの責め――に気付いたようだった。


その視線に刺されたのか、あるいは今の「和やかな」雰囲気を壊さぬためか、ついに彼も何か言うべきだと感じたのだろう。


彼は咳払いして、支配者特有の落ち着きと状況を制御しようとする響きを含めて言った。


「過去のことはもう水に流そう。黒沢家と早瀬家がいる限り、この二年間のことを口にする者はいない。世間には“君が海外留学していた”ということで統一してある。この件はもう完全に封じた。心配しなくていい。誰にも知られないし、もう誰もあのことを口にしたりしない」


彼は巧みに「刑務所」という言葉を避けた。


父の黒沢牧夫も、場を和ませるために口を開いた。


「深の言う通りだ。過去の不愉快なことはもうやめよう。やっと家族皆が揃ったんだ。これから皆で楽しい食事をしよう。家の部屋も綺麗にしてあるから、食事の後でゆっくり夫婦で話せばいい」


――「夫婦」?


理子は、この言葉に鋭く反応し、心の中で警鐘が鳴り響いた。すぐにその場の不自然さを指摘しようとしたが――


懐かしくもあり、どこか他人のような体温が、突然彼女の腰をぐっと抱き寄せた。


体がびくりと硬直し、理子は驚いて隣にいる早瀬深を見上げた。


彼は微笑みを浮かべていたが、その眼差しの奥は相変わらず氷のように冷えきっていた。


彼は彼女の硬さを無視し、さらに腕に力を込めて自分の方へ引き寄せ、誰にも抗えないほど親密な仕草で、皆に向かって高らかに告げた。


「団らんの食事は急がなくていい。家族も多いし、理子は久しぶりだから気分が張り詰めるだろう。もうホテルにスイートルームを予約しておいた。もうすぐ準備も終わるはずだ」


彼は顔を近づけ、まるで親しげに耳元でささやいた。温かい息がかかるが、彼女にはただ寒気しか感じられない。


「行こうか」


そう言うと、有無を言わせず半ば抱きかかえるようにして、彼女を玄関へと連れ出した。その様子も言葉も、まるで長い別れの末に再会した愛し合う夫婦のように、今すぐホテルで夜を共にし、昔の愛を取り戻そうとでもいうかのようだった。

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