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第五話 血塗られた真実:彼らにとって私はただ道具でしかない

理子の視線は、早瀬深の顔に釘付けになっていた。


その深く底知れぬ瞳には、彼女が今まで一度も見たことのない、切実ともいえるような激しい波が渦巻いていた。


どうして……?


かつて夫婦だった頃ですら、親密な触れ合いなどほとんどなく、事務的で冷えきった日々だった。


ましてや、あの無一文で家を出る離婚協議書は、一年前にすでに署名されている!


彼が竹内清美を深く愛していると信じて疑わなかった彼女は、何の条件もつけていない離婚届を受け取った時は、きっと歓喜し、すぐに手続きをしたに違いないと思っていた。


もう離婚も済ませたというのに、今さらこの態度は、一体何を考えているの?


また子を産めとでもいうの?


なんて馬鹿げている!


まずは、二人の唯一の息子、早瀬優也を見てみなさい!


彼女が全身全霊を注ぎ、手塩にかけて育てたその子は、目に映るのは父・早瀬深だけ。二年前のあの出来事の後、今に至るまで彼女を「お母さん」と呼ぼうとせず、逆に「いらない」と言い切り、竹内清美に母親になってくれるよう泣きながら懇願していた――!


愚弄された怒りが頭のてっぺんを突き抜け、理子はもはや抑えきれず、氷のように冷たい声で叫んだ。


「深、あなたは正気じゃない!」


罵声を吐き捨てると、彼女は勢いよく踵を返し、部屋を飛び出していった。もう二度と振り返ることはなかった。


今の彼女は、ただこの息苦しい全てから逃げ出したい。忘れ去られた片隅にいる母を訪ね、祖母が安らかに眠る場所で弔いたかった。


だが、魂が抜けたように黒沢家へと戻ったそのとき、わざと声を潜めたはずなのに、はっきりと聞き取れる会話が、まるで毒を塗った氷の錐のように耳を貫いた。


それは竹内文子の声、偽りの慰めを滲ませ、竹内清美にささやきかけていた。


「……清美、我慢しなさい。母さんはあなたが辛いのを分かってる。でも、今は子どもの命に関わるのよ。責められるのは運命だけ、神様が意地悪で、こんなことになってしまった。これは避けては通れないわ。まずは子どもを優先しなきゃ。あなたは優也を大事に思ってるでしょ?このまま何もしないなんて……」


竹内文子の言葉は途中で止まった。


「奥様?どうしてお戻りになったんですか?」と、使用人の驚いた声が響く。


リビングの竹内文子と竹内清美が一斉に振り向く。竹内文子は理子からの心を見透かすような冷たい視線に一瞬怯え、気まずそうに視線を逸らした。


父牧夫も驚愕の顔を浮かべる。


「理子?深とホテルに行ったんじゃなかったのか、どうして……」


理子は心の荒波を押し殺し、かすれた声で答えた。


「少し荷物を取りに戻っただけ。後で精神病院と療養施設に行くの」


彼女の視線は竹内清美に向けられる。相手は目元が赤く腫れ、涙の跡が残っている。明らかに泣いていたのだ。それなのに竹内清美はすぐに表情を整え、上品で優しいそぶりを見せて近寄ってきた。


「奥様、お一人で行かれるんですか?もしよければ運転手を手配しましょうか?」


理子は眉をひそめ、強い吐き気を覚えた。冷ややかに身をかわし、温度のない声で言う。


「その必要はありません」


この家で、いつから竹内清美が自分の行き先を仕切るようになったのか。


とにかく早く出ていきたい――


だが、竹内清美とすれ違うその瞬間、小さな影が階段から勢いよく駆け下りてきた!


早瀬優也だ!


彼はまるで子どもを守る小さな獣のように、迷いなく両腕を広げ、竹内清美の前に立ちはだかった。


かつて彼女が抱きしめようとしたときは、優也は怯えて竹内清美の背後に隠れていたのに。今は、彼女が竹内清美を傷つけると勘違いして、驚くべき勇気を発揮して立ち向かってきた。


彼の目には、実母である理子が、警戒すべき怪物としか映っていないのだ。


理子は、自分の心臓が完全に砕け散る音を聞いた気がした。冷たく、耳障りな音だった。


「清美ねえさんをいじめないで! 僕、あなたなんか嫌いだ!」


早瀬優也は顔を上げ、敵意に満ちた目で理子に叫んだ。小さな体は、ぎゅっと硬くなっている。


理子は、突然浴びせられた非難の言葉に、その場に釘付けになり、呆然とする。


竹内清美はすかさず優也の手を取って、わざとらしく悲しげな声でたしなめた。


「優也、そんなこと言っちゃだめ!お母さんは私をいじめてなんかいないわ、ちゃんと謝って……」


だが優也は聞く耳を持たなかった。小さな手で、そっと竹内清美の赤くなった目元に触れ、心から心配そうに言った。


「泣いてるじゃないか」


そして、急に理子の方を向き、子ども特有の残酷な率直さで大声で叫んだ。


「全部あなたのせいだ!新しい赤ちゃんを産んで、へその緒の血で僕の命を助けるために、パパはあなたに近づいたんだ!おばさんも、こんなに悲しんでる!」


「優也!」


「やめなさい!」


優也のあまりに衝撃的な言葉に、竹内清美、竹内文子、黒沢牧夫――その場にいた全員の顔色が一変し、ほとんど同時に鋭く制止の声を上げた。その声には、秘密を暴かれた恐怖が滲んでいた。


「ゴォン――」


理子の頭の中で雷鳴が轟き、魂が吹き飛ぶほどの衝撃が走った!


全身が凍りつくように冷たくなり、冷や汗が一瞬で衣服を濡らす。まるで底なしの氷の底へ突き落とされたようだった。


これまでの疑問、早瀬深の異常な「熱意」、竹内清美の悲しそうな涙、家族の偽りの「再会」……すべてが今、一本の冷たく鋭い鎖となってつながった!


そういうことだったのか!


こんなことだったのか!!


竹内清美の罪をかぶり投獄されたあの時、確かに自分のプライドや意地もあった。獄中では、家族と深が後悔し、助けに来てくれると何度も夢想した。


だが、日々の待ちぼうけの末に得たのは、心の灰色の絶望だけだった。


そして今、ようやく自分を「救い出して」くれた理由――心の奥底で自分でも嫌うほど微かな期待――そのすべてが、再びこの衰弱しきった体を利用するためだったとは!新生児のへその血で、あの「愛人を母と呼ぶ」息子を救うために!


なんという皮肉! なんという残酷さ!


そのとき、早瀬深が慌てて駆け込んできた。リビングの全員の青ざめた顔と、今にも倒れそうな理子の姿を一目で見て、すべてを悟った。


彼は理子の元へ駆け寄り、なだめるように優しく腕を取ろうとし、声を和らげて言った。


「理子、そんなに焦らなくてもいい。もしまだ気が進まないなら、私たちは……」


「パァン!」


理子は全身の力を振り絞り、彼の手を激しく振り払った!


彼女はゆっくりと、極めてゆっくりと身を翻した。


かつて愛情に満ちていたはずのその瞳は、今や果てしない氷の闇だけを湛え、早瀬深を鋭く見つめていた。


そのまなざしは、極地の吹雪よりも冷たく、毒を塗った刃よりも鋭い。


彼女は口を開いた。その一言一言は、氷の裂け目からようやく絞り出したかのように冷たく静かで、しかしすべてを焼き尽くす激しい炎を秘めていた。


「深、教えて。臍帯血さいたいけつ……何に使うの?」

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