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第十二話 就職騒動


「株式会社リライズ」へ向かう車内で、黒沢悟は興奮を隠しきれず、堪えきれずに問いかけた。


「聞いたんだけど、多くの大手が『Li』アルゴリズムの提携を狙ってるのに、全部断られたらしいな。清美、今回はどれくらいの確率でいけそうだ?」


竹内清美は余裕のある態度で、絶対の自信を滲ませた口調で答えた。


「万全の準備をしたわ。もし契約を取れれば、黒沢家も早瀬財閥も、今年の利益が五倍どころじゃ済まない。」


彼女はわざと「五倍」という数字を強調する。


五倍――!


黒沢悟は心の中で素早く計算した。それは黒沢家が今の困難から完全に抜け出せることを意味していた。彼はふと感慨深げに口にする。


「もし、『Li』アルゴリズムの開発者本人と知り合えたらな……」


竹内清美の目に、一瞬だけ見逃せない軽蔑の色がよぎる。だが声は淡々としていた。


「あの謎の人物は多分、海外に常駐しているのよ。接触はほぼ無理ね。」


車が「株式会社リライズ」のビルの下に到着した。


竹内清美のチームはすでに待機していた。彼女の親友でありアシスタントの大場恵と、早瀬財閥AI部門の二人の重役たちだ。


「竹内部長。」


二人の重役は竹内清美に恭しく頭を下げる。


大場恵もすぐに竹内清美の後ろへ立ち、まるで彼女の腹心のようだ。


竹内清美は圧倒的な存在感で皆に紹介する。


「こちらは黒沢商事の黒沢専務。今日は我々と一緒に、会議の傍聴に来た。」


その言葉の調子から、黒沢悟があくまで二次的な立場であることを強調していた。黒沢家と早瀬財閥は深く結びついているため、誰も彼女の采配に異を唱えない。


一行がビルに入ろうとした時、隣に一台の配車タクシーが止まった。


ドアが開き、理子が降りてきた。「ありがとうございます」と運転手に礼を告げると、急ぎ足で会社の入口へ向かう。手には履歴書の入ったファイルバッグを持ち、腕時計を確認する。どうやら急いでいるようで、近くにいる複雑な関係の人々には全く気づいていない。


だが、彼女が現れた瞬間、黒沢悟と竹内清美の視線は同時に彼女に向けられ、二人は無意識に眉をひそめた。


彼女がなぜここに?


理子が履歴書を持って面接に来たのは、事前に鹿野明と相談した結果だった。鹿野明は、彼女の思い出が詰まったオフィスをそのまま残していたが、理子の「一から始めたい」という意志を尊重した。基礎から会社の全体業務を知ることが、理子が早く馴染み、現状を把握する最善の方法だと考えたのだ。


しかし、今日彼女が来ると知った鹿野明は、面接後に自分が会社を案内し、特に彼女のために用意したオフィスを見せるつもりだった。最高級の設備、二人の青春の夢が詰まった全て――。理子が一歩足を踏み入れれば、きっと本来の場所に戻ると信じていた。


今、理子は受付へと進み、丁寧に尋ねた。


「すみません、面接の約束をしている大野部長をお願いしたいのですが。」


受付の女性は親切に案内してくれる。


「エレベーターで12階に上がって、左手が人事部です。」


理子が礼を言おうとしたその時、背後から厳しい声が響いた。


「理子!止まりなさい!」


振り返ると、黒沢悟と竹内清美の一行がこちらに向かってきていた。鹿野明からもらった資料で、竹内清美がここにいることは想定内だった。


黒沢悟は大股で歩み寄り、理子を無人の隅に引っ張る。竹内清美も後に続いた。黒沢悟は声を低め、怒りと困惑を込めて詰問する。


「ここで何してるんだ?優也がまた入院したの知ってるか?状態は良くないそうだ。お前しか助けられないんだぞ、実の母親だろう?どうしてそんな冷たいんだ!」


竹内清美の視線は、理子の手にあるファイルバッグに正確に注がれ、顔には驚きの色がさっと浮かぶ。


「あなた……就職活動中?」


すぐに合点がいき、心の中で冷笑する。全ての資産を手放し、無一文になったなら、仕事探しも「当然」だろう。寄付で手に入れた学歴しかない人間に、何の実力があるのか。この厳しい業界で、恥をさらす気か。だが、竹内清美は表面上は冷静さを崩さなかった。


黒沢悟は理子が返事をしないのに業を煮やし、履歴書のバッグを奪い取ろうとする。


「今一番大事なのは、子供を産んで優也を救うことだろ!こんなことしてる場合じゃない!就職活動?お前に何ができる?金遣いと男を追いかけること以外に、何かできるのか?黒沢家も早瀬家も、お前一人食わせるくらい困らないんだから、恥を晒すな!」


彼の口調には軽蔑と苛立ちがあからさまだった。


理子は、かつて自分を一番愛してくれた兄の姿を見つめ、胸が重く打たれた。たしかに彼らはかつて自分を愛したかもしれない。だが、利益や竹内母娘の前では、その愛はすでに変質していたのだ。


彼らは彼女を心配するが、決して彼女自身を見てはいない。大事な時には、何の躊躇もなく彼女を「捨て駒」にした。彼らの目に映る理子は、家族に依存する無能な「お荷物」なのだ。


冷たい怒りが心の底から湧き上がる。理子は黒沢悟の手をかわし、鋭い目で言い放つ。


「二年の刑務所での苦しみは、黒沢家の恩に対する返済とする。これから先、私が何をしようと、あなたたちには一切関係ない!」


声は大きくなかったが、はっきりとした決意と力強さがあった。


言い終えると、理子はもう彼らを一瞥すらせず、足早にエレベーターへと向かった。面接の時間が迫っているのだ。


黒沢悟はまだ追いかけようとしたが、竹内清美が絶妙なタイミングで声をかけた。


「兄さん、鹿野社長との約束の時間です。」


その響きには絶対に逆らえない威圧があった。


黒沢悟は一瞬迷い、結局目の前の「大事」を選ぶしかなかった。理子の背中がエレベーターに消えるのを、無念そうに見送るしかなかった。


だが、彼の未練は消えず、受付に歩み寄り、何気ないふりで尋ねる。


「すみません、御社は最近どんな職種を募集していますか?」


受付の女性は礼儀正しく答える。


「総務部で清掃スタッフを一名、募集しております。」


清掃スタッフ――!?


黒沢悟の頭に衝撃が走る。まさか、理子が清掃スタッフに応募しに来たのかと、当然のように思い込んだ!


黒沢家のご令嬢が、清掃員に? それが世間に知られたら、黒沢家も早瀬家も、どんな顔をすればいいのだ? 想像すらできず、彼の顔は瞬時に真っ青になった。


その様子を見ていた竹内清美は、唇の端にほんのわずかな、気づかれないほどの嘲笑を浮かべた。

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