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第十三話 誤解と身分


「理子……本当に清掃の仕事をしに来たの?」

竹内清美はわざとらしく驚いたふりをし、信じがたいという口調だった。


黒沢悟の顔は怒りで固まり、きっぱりと言い放つ。

「わざとだ!あんな普通な仕事を選んで、俺たちへの当てつけだ。俺たち全員に恥をかかせたいんだ!」


「兄さん、そこまで言わなくても……」

黒沢青峰は場をなだめようとした。


「お前は彼女のことを分かってない!」

黒沢悟は感情的に続ける。

「小さい頃からみんなに持ち上げられて、人生はずっと順調だった。でも刑務所で二年も苦労したんだぞ。心の底では俺たち全員を憎んでるに決まってる!今、あえてそんな苦労しそうな仕事を選んで自分を痛めつけるのは、俺たちに罪悪感を与え、後悔させたいからなんだ!」


竹内清美はちょうど「理解ある」役を演じ、穏やかな声で言った。

「もしかしたら……私たちの思い違いかもしれません。お姉さんが本当に清掃員として来たかどうか、後で確かめましょう。まずは目の前の仕事を片付けて、それから機会を見て確認すればいいわ。」


黒沢悟は深く息を吸い、怒りを必死に抑え込んだ。

確かに、今は「株式会社リライズ」との面会の方が重要だ。


二人はアシスタントの案内で会議室へ向かった。

アシスタントは少し申し訳なさそうに説明する。

「竹内部長、黒沢専務、大変申し訳ございません。鹿野社長は急遽、非常に重要なお客様のご対応で、直接ご挨拶できません。代わりに佐藤専務がご対応いたしますので、どうぞこちらへ。」


竹内清美の笑顔は一瞬で固まった。

Liアルゴリズムの提携決定権は、ほとんど鹿野明一人にある。

直前で担当が変更されたのは、絶対に良い兆しではない。

まさか断るための口実……?

彼女は同行していた早瀬財閥の幹部と素早く不安げな視線を交わした。だが、今は強気に出られる立場ではない。表面上は丁寧に振る舞うしかなかった。


一行は会議室へ案内された。


そのころ――

鹿野明は抑えきれない高揚を抱え、自らエレベーター前で待っていた。

首を長くして、理子の面接が終わって上がってくるのを待ちわびていたのだ。


理子の履歴書には、意図的に「Li」アルゴリズム開発者であることを隠してあった。

彼女は肩書きに頼らず、本当の実力だけで再スタートしたかったのだ。

鹿野明が事前に人事に話しておいたので、選考は驚くほど早く進んだ。


エレベーターのドアが「チン」と開く音がして、理子が現れた。


鹿野明の瞳が輝き、すぐに駆け寄る。

「Li!君から連絡をもらってから、こうして君がこのエレベーターから出てくるのを見るまで、本当に信じられなかったよ!君がいなかったこの数年、君の友人もライバルも、どれほど寂しい思いをしていたか分かるか?」


理子は彼の大げさな口調に思わず笑ってしまう。

今やスーツ姿で立派なビジネスマンになっていても、鹿野明の根っからの明るさと情熱は少しも変わっていなかった。


「もういいでしょ」

理子は笑顔で彼の話をさえぎる。

「早く、あなたが自慢してた“夢みたいなオフィス”を見せてよ。」


鹿野明はすぐに「どうぞ」とジェスチャーをして、まるで秘書のように彼女の隣に寄り添い、会社の近況を饒舌に語りながら歩いた。


その様子は、通りがかった社員たちの目にすべて映った。

誰もが目を丸くして驚いている。


IT業界で引っ張りだこで、多くの大物に慕われる鹿野社長が、こんなにも丁寧で、むしろ媚びるような態度で誰かに接するなんて?

鹿野社長にここまで礼遇される女性、一体何者なのか?

社内は一気にざわめき、様々な憶測が静かに広がっていった。


一方、会議室の商談はまるでうまくいかなかった。

佐藤専務には権限がなく、Liアルゴリズムの中核的な提携については何も約束できない。

竹内清美たちが準備したアピールも、全て空振りだった。


どれだけプロらしく振る舞おうとしても、会談はほんの十五分ほどであっけなく終了した。


竹内清美が会議室を出たとき、いつもの自信に満ちた表情は影を潜め、すっかり打ちひしがれた様子だった。

黒沢悟も落胆を隠せず、歩きながら佐藤専務に食い下がる。

「佐藤専務、鹿野社長から正式な返事をいただけるのは、いつごろになりますか?」


竹内清美もすかさず低姿勢で加える。

「はい、私の方は時間の都合はいつでも調整できますので、鹿野社長と詳しくお話しできる時間をぜひ……」


佐藤専務は困ったように両手を広げるしかなかった。

「鹿野社長のスケジュールは……申し訳ありません、私にも分かりかねます。」

そう言って、丁寧にエレベーターの方へ案内した。


ちょうどそのとき、彼らがオフィスの廊下を通りかかると――

理子が給湯室からモップを持って出てきた。

さっき鹿野明のオフィスで、うっかりコーヒーカップを倒してしまい、清掃のおばさんがたまたま休みだったので、理子が自分で掃除したのだ。


運命のいたずらか、彼女はこの最も予想外のタイミング、場所で――

竹内清美、黒沢悟たちと、ばったり鉢合わせしてしまった!

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