竹内文子と竹内清美を黒沢家から追い出す?
黒沢青峰はそんな可能性をこれっぽっちも考えたことがなかった。
それこそ、まるで夢物語だ!
口をついて出た言葉は、
「理子、子供みたいなこと言うなよ。お前が清美より稼げるはずがないし、しかも何倍もだなんて。これは仕事だぞ、遊びじゃない。」
理子は深く息を吸い込み、込み上げる感情を抑え込んだ。
「もういいよ。言ってもどうせ信じないでしょ。あなたたちは家族なんだから、仲良く住みなさい。私は刑務所の方が慣れてるし、家に帰っても眠れないから。」
黒沢家の別荘は少し外れた場所にあり、タクシーも捕まえにくい。
理子はタクシーが拾える場所まで歩き出した。
黒沢青峰は彼女の後ろを追いかけた。
「理子、家に住みたくないなら、早瀬家にも戻りたくないんだろ?兄さんがマンションを一つプレゼントしてやるよ、どうだ?」
理子は足を止めずに答えた。
「いらない。一人きりなんだから不動産なんて必要ないし、死んだら誰も相続しないもの。」
黒沢青峰は思わず立ち止まった。
死んだら誰も相続しない?
「理子……理子……」
彼が呆然としている間に、理子はさっとタクシーを止め、素早く乗り込んでその場を離れた。
------
早瀬深は早瀬家の別荘に戻ると、真っ直ぐ二階の書斎へ向かった。
あちこち探したが見つからず、掃除担当の森さんを呼びつけた。
「森さん、理子が刑務所から送ってきた荷物、どこにしまった?」
森さんは答えた。
「どうして急にそれを?竹内さんに“いらないものは捨てて”って言われたけど、念のため取っておきました。」
そう言うと、彼女は下のメイド部屋からダンボール箱を抱えてきた。
「旦那様、全部ここにあります。」
早瀬深はすぐに箱を開けて探し始めた。
中には沢山の手紙が詰まっていた。すぐに律所の印が押された封筒を見つけ、それを開けると、やはり離婚届が入っていた。
早瀬深の眉が深くひそまった。
理子の言っていたことは本当だった!本当に離婚を切り出すなんて……
しかし、協議内容を確認して――「裸一貫での離縁」――早瀬深の胸を締め付けていた何かは、むしろふっと緩んだ。そして思わず冷笑がこみ上げる。
何もいらないだと?
どうせわざと情を引くためだろう。
今の早瀬財閥、彼が継いだ部分は確かに重要だが、その中核となる資産の一つは、かつて理子が全てを賭けて一緒に築き上げたものだ。約束通り、彼女はその半分の権利を持っている。
たとえ離婚しても、この莫大な資産を手放すはずがない。ましてここ数年で早瀬財閥は急成長し、その価値は何倍にも膨れ上がっている。手に入れれば、何世代にも渡って贅沢に暮らせるはずだ。
早瀬深は完全に気を緩めた。
理子の手管はよく知っている。でなければ、かつて「一流大学に合格した」と騙して結婚に持ち込まれることもなかっただろう。彼の気を引くために、“裸一貫での離縁”という芝居を打つ――理子ならやりかねない。
日付を見ると、一年前。服役して一年、彼が迎えに来るのを待ち切れず、離婚で揺さぶろうとしたのか?
早瀬深は冷たく嘲笑した。その離婚届だけを持ち去り、残りの手紙は森さんに返した。
書斎に戻ると、迷いもなく協議書に自分の名前を書き込んだ。
さて、本当に“裸一貫”にしてやったら、どれだけ強がっていられるか見ものだ。泣きながら戻ってきて、許しを請うのを待ってやろう!
いいだろう、そろそろ彼女にも少し教訓を与える時期だ。今は優也もまだ入院中だし、非常手段を講じなければ、彼女は素直に二人目を産みに帰ってこないだろう。
全ての退路を断ってやれば、現実を受け入れ、従うことを学ぶだろう。早瀬深はそうするのを厭わなかった。
黒沢家と早瀬家が手を組めば、行動はいつだって素早い。
------
鹿野明はため息をつき、パソコンの画面を理子の方に向けた。
「Li、これを見てくれ。」
画面には一通のメールが映し出されていた。
理子はざっと内容を確認し、鼻で笑った。
「こんなやり方で私を屈服させようって?これが私の家族よ、笑わせてごめんね。」
鹿野明は言った。
「黒沢家と早瀬家が連名で声明を出して、全企業に君を雇わないよう圧力をかけている。今の彼らの勢いなら、皆その顔を立てるだろう。」
理子は眉を上げた。
「私が君の所にいるのを知っているはず。裏で君に何かメリットを提示して協力を頼んだんじゃない?」
鹿野明はスマホを取り出し、黒沢家から送られてきたメッセージを理子に見せた。
「黒沢家はかなり太っ腹だよ。今一番儲かってるプロジェクトまで提案してきた。よほど君を切り離したいのだろう。」
理子は一目で見抜いた。
「これは“虎穴に入らずんば虎子を得ず”ってやつ。君に好意を示し、自分たちの船に乗せておいて、今後は堂々と君のリソースを使うつもりよ。」
鹿野明は言った。
「Li、もし彼らが本当に君を大事にしているなら、リソースの共有は当然するさでも君をいじめるなら、リソースの共有どころか、僕が真っ先に君の味方になるよ。」
理子はようやく心から微笑んだ。
「それならいいわ。」
「Li、」と鹿野明は続けた。
「今夜、業界のパーティーがある。君が戻るつもりなら、僕と一緒に行かないか?みんな業界のトップ連中だし、最先端の情報もたくさん聞ける。」
理子は断ろうとしたが、鹿野明はすかさず付け加えた。
「情報はとても価値があるよ。」
理子は少し考えてから尋ねた。
「私、どんな立場で行けばいい?」