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第8話 お似合い?それはあり得ん話だ

 放課後のラウンジには、紅茶の香りが漂っていた。


 章吾はカップ片手にソファへ沈み込み、隣ではアルジャーノンが本を読んでいる。いつもの距離、いつもの空気。


 ──たった一言で、ぐちゃぐちゃにされるとも知らずに。


「なあなあ!」


 スコーンと紅茶を両手に抱えたチャドが、能天気に駆け寄ってきた。


「Shogo、アルジー! おまえらさあ──」

「……何だ、アメリカ人」

「うるさい、要件だけ言え」


 ふたりの冷ややかな応対にも、チャドは悪びれず笑った。


「おまえら、一緒にいすぎじゃね?」

「「は?」」


 声が見事に重なり、章吾はカップを傾けかけ、アルジャーノンも本をぱたりと閉じた。


「え?違うか?」

 チャドは笑いながら続けた。


「「ちがう!!」」


 即座に声を揃えて否定したラウンジには、微妙な沈黙が落ちた。


 章吾は顔が熱くなるのを感じ、アルジャーノンも微妙に耳が赤い。どう取り繕うかもわからず、ふたりはひたすら紅茶をすする。チャドはお構いなしにスコーンを頬張りながら、にやにやと眺めていた。


 たったそれだけのこと。それだけなのに、胸の奥はぎゅっと締めつけられていた。



 朝。寄宿舎はまだ薄暗い。

 章吾は毛布にくるまったまま、ぼんやりと目を開けた。


 デスクの前には、制服に袖を通したアルジャーノン。鏡の前できっちりとネクタイを締めている。──いつも通りのはず、なのに。


(……顔、合わせんの、気まずい)


 胸の奥に、妙なざわめきが残っていた。


(……ぜってー今日も、茶化される)


 そう思うと、布団の中がやけに安全に思えた。しかし、いつまでも逃げていられない。


 章吾は、ごそごそと毛布から這い出る。


「……おはよう」


「おはよう」


 また、同時だった。気まずさが音を立てるような間が流れ、ふたりは同時に視線を逸らした。


「……今日、講義サボりてぇ」


 ぽつりと漏れた本音。言い訳がましくない、それだけの気持ち。


「……私も、あまり行きたくはない」


 アルジャーノンの声もまた、小さく、低かった。


 ふたりして顔を合わせず、ぼそぼそと交わすやりとり。


 心臓は馬鹿みたいにうるさくて、息をするたび胸がきしんだ。


 沈黙のなか、アルジャーノンがそっと章吾の毛布を拾い上げる。丁寧にたたんで、ベッドの端に置いた。


「……行くぞ」

「……ああ」


 笑われるのは怖いが、ひとりでいることのほうが、ずっと怖かった。


 触れられない距離。でも、すぐ隣にいる。──それだけで、今日は少し前を向けそうだった。



 昼休みの校庭。チャドは相変わらず元気だった。


「なあなあ、放課後、みんなで街に出ね?」


 章吾は生返事で聞き流す。隣では、アルジャーノンが静かに本を読んでいた。


 そしてまた、唐突にチャドが爆弾を投げた。


「なあ! お前ら、本当に『なんでもない』のか?」


「……」


「……」


 空気が凍った。チャドはお構いなしに続ける。


「どう考えても、お似合いな気がするんだよな~」


 言葉を失うふたり。その静寂を破ったのは、アルジャーノンだった。彼は静かに本を閉じ、顔を上げずに言った。


「お似合い……?」

 わずかに間を置いて、彼は低く呟いた。


「我々の関係は──ただのルームメイトだ」


 淡々とした口調。チャドは「マジで?」ときょとんとする。


 章吾は、ぐっと唇を噛み締めた。否定しなきゃと思った。笑い飛ばさなきゃと思った。なのに、胸の奥に、鋭い痛みが走った。


(あいつは、男だぞ)


(俺は、女が好きなはずだろ)


(……普通に考えろ、俺)


 一方、アルジャーノンも、胸の奥に言葉にならない震えを覚えていた。


(私は、フォーセット家を継ぐ者だ)


(妻を娶り、子をなすべき立場だ)


(それ以外など、許されるはずがない)


 なぜ、視線を逸らせない。なぜ、こんなにも胸が苦しい。


 チャドはというと、無邪気にスコーンを頬張っめいる。まるで、すべてが冗談でできているみたいに。


 チャドは知らない。ふたりの痛みと、その動揺を。

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