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第27話 私は、未来を縛られている

 胸の奥には、昨日チャドから聞かされた言葉がまだ刺さったままだった。──アルジャーノンには、もう決められた未来がある。


 章吾は回廊をひたすらに歩きながら、無理やり自分に言い聞かせる。朝日の明かりも空しく、すべてがモノクロに見えた。


(……そうだった。俺が関われるような相手じゃない)


 だけど、思えば思うほど、あいつの顔も、声も、ふとした仕草も、頭の中に鮮明に蘇ってしまう。


 ポケットの中で拳を握る。進まない足を無理に動かした、そのときだった。


 回廊の角を曲がった先に、アルジャーノンの姿があった。金色の髪を微かに濡らしながら、彼もまた一人で歩いていた。


 心臓がどくんと脈打つ。


 そして、目が合った。


 一瞬だけ、互いに、何も言わずに。そしてすれ違った。言葉ひとつ交わさず、石畳に小さな靴音だけを残して。 


 立ち止まることも、振り返ることもできなかった。


 これでいい、これでいいんだ。そう思いながら、胸の奥では、ぐしゃぐしゃの感情が暴れ続けていた。



 章吾は裏庭へと足を向けた。石畳は先程よりさらに濡れて、鏡のように自分を映していた。


(俺、ひっでぇ顔)


 誰もいない庭で、石畳を覗き込む。隈のできた目元を見て、喉の奥が詰まった。


 せめて、もう少しだけ、傍にいられたら。そんな届かない願いを、心の奥でそっと握りつぶした。



 午後、アルジャーノン・フォーセット=レイヴンズデイルもまた、一人で回廊を歩いていた。手には革張りの本。


 視界の端に、黒い髪の影が見えた。Shogo Hiwatari。


 中庭で、ひとり、うつむいていた。


 アルジャーノンは立ち止まった。声をかけたかった。ただ名前を呼びたかった。


 でも、電話口の母の声が脳裏に甦った。私には、そんな資格はない。未来を縛られた自分には、もう。踏み出すことも、許されない。


 たとえ、こんなにも惹かれてしまっていても。


 君のことを、こんなにも追いかけたくなるなんて、知らなかった。


 そっと視線を伏せ、その場を離れた。

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