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第30話 君は私の友達ではない?

 午前二時。

 アルジャーノンは、眠れなかった。


「お前はもう、俺の『友達』じゃない」

「……お前に、結婚なんてしてほしくない。それだけだ」


 章吾の、ふたつの言葉。それは──友情の否定ではなく、愛の告白だったのかもしれない。


 ベッドに仰向けたまま、アルジャーノンは目を閉じた。それなのに、眠りは来なかった。脳裏には、章吾の顔が焼きついていた。


 ふいに、あの言葉が脈を打つ。


(──もし、私がそれに応えるなら)


 思考が静かに、だが確かに、ある場所へと辿り着く。


 彼を選ぶということは──この家を、父を、未来を、問うことだ。


 アルジャーノンは、ゆっくりと身を起こした。毛布が肩から滑り落ち、足元に積もる。


 机の上には、薄明かりの中で揺れる便箋があった。書きかけの手紙。書き出せなかった未来。


 彼は一歩、また一歩と歩み寄る。時計の針は、午前三時を指していた。





 ランプの灯りが、かすかに揺れている。筆を手にしてから、長い沈黙があった。


 便箋には、自分の名前だけが書かれている。


「Algernon Fawcett-Ravensdale」

 父が与えた名。家が背負わせた名。

 けれど今、それはただの「名」だった。

(──私は、それを、誰のために残す?)


 静かに視線を落とす。記憶の底から、章吾の声が蘇る。


『……お前に、結婚なんてしてほしくない』


(……どうして、あのとき言えなかったのだ)

(あれは、私のすべてを試された問いだったのに)


 彼の脳裏に浮かぶのは──笑う顔。ぶっきらぼうな口調。時々、泣きそうな目。


「……もし、父があいつを認めないと言ったら」


 声に出してみると、それはずしりと重く胸に落ちた。


「……情けないな」


 ぽつりと呟いて、ランプの火を絞る。部屋はさらに薄暗くなり、心の内だけが明るく燃える。


 アルジャーノンは、そっと左手の薬指を見つめた。そこにはまだ何もない──だが、彼を迎える準備は始まっていた。


「何年かかったって、いい」


 そして、筆を走らせる。


 Shogo──


 その一文字の中に、彼は国より重い決意を込めた。


 未来がどう転んでも、この気持ちだけは変わらない。


 この手で守る相手は、もう決まっている。誰の許しもいらない。


 ただ、君の心がほしい。


 君しかいない。


 便箋には、整然と文字が並んでいく。それはまるで、誓いのように強い愛の詩だった。

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