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第4話 共鳴

 レイが研究室に行くと、マルキオン教授とサルベルト教授はすでに待っていた。挨拶をしようと近付いていくと、逆に二人は椅子から立ち上がってこちらに向かってくる。


「おはようございま―――すぅぅうう!? え、ちょ、なんですか!?」


言い終わる前に教授二人に片腕ずつ掴まれ、ずるずるとレイは引きずられた。そのまま三人で研究室を出ていく。研究室を出る間際、呆気にとられたフォルトンと目が合うが、どういう状況なのかレイの方が知りたかった。


 ぱたんと研究室のドアが閉まり、レイはやっと二人から解放された。どういうことなのかと二人を交互に見るが、マルキオン教授は相変わらずの柔和な表情で口を開いた。


「ルミア様から聞いたよ。お手伝いだってね。ここじゃなんだから、移動しようか」


レイはマルキオン教授の言葉に、他科のサルベルト教授がいる時点でそれだけの話ではないと思ったが、「わかりました」といって教授二人についていく。


 教授二人の背中はレイよりも高く、すらりとして姿勢もよかった。――そしてレイは、この二人昨日ヤったな、と思った。二人の魔力が調律されているのを感じる。昨日の今日で疲れもあるだろうに、二人とも逆に整い過ぎており、加えて先ほどからキィンという甲高い音が聞こえていた。まるで二人で共鳴し合っているような澄んだ音で、レイはここまで大きい共鳴音を聞いたのは初めてだった。


 魔力は、その時の体調によってよく乱れる。睡眠の質がいい人と悪い人でも違うし、持病のあるなしでも変わる。整っている魔力は、体の健康を促し、それだけで魔法行使の質が大幅によくなるので、コンディションの調整は魔法使いにとっては非常に重要なものであるのは確かだ。だが、逆にこの二人のように魔力を調律し合うことができるパートナーが見つかれば、日頃から整った魔力を維持できる。その整える”閨での行為”を、魔法使いたちは魔力の調律と呼んでいた。


 マルキオン教授はドアに手をかざして自身の教授室のドアの鍵を開けた。ドアノブを回して「どうぞー」と中に招いてくれるが、レイは部屋に入った瞬間、それ以上進むのをためらった。マルキオン教授の部屋は、奥に大きなデスク、その手前に来客用の長ソファが2脚と小さなテーブルが置かれている。レイはその来客用のソファの一つに、まるで爆心地のような調律痕を感じ取った。耳にキィンと大きく甲高い音が響き、羞恥で顔が熱くなる。正直こんなものに遭遇するのは初めてなので、よく観察したい気持ちもあり、相反する感情に足が動かなくなった。


 サルベルト教授が、何故部屋に入ってこないのかと怪訝そうにレイを見ており、何かを察したのかマルキオン教授はけたけたと笑っている。


「やっぱりね。ごめんサルベルト教授。君の部屋を貸してくれる?」

「は? お前の学生だろう?」

「いいからいいから! これ以上はセクハラになっちゃう」


マルキオン教授がサルベルト教授の背を押して、皆で廊下に出た。マルキオン教授が部屋に施錠魔法をかけている間に、サルベルト教授は向かい側に位置する彼の教授室の鍵を開けて入っていく。レイはマルキオン教授に背を押されながらサルベルト教授の部屋に入った。サルベルト教授の部屋も、マルキオン教授の部屋同様の配置となっており、ソファは色違いで作られている。工房もきっと同じで、造りも似ているようだった。


 レイは、顔をはたはたと手で扇ぎながら、促されるままに来客用のソファに座った。奥側にサルベルト教授が座って、マルキオン教授は何故かレイの隣に座った。サルベルト教授が、目で「お前の席はそっちじゃないだろう」と訴えているのはレイでもわかったが、マルキオン教授はそれを無視して話し始めた。


「いやーごめんね。昨日の『におい』発言からもしかしてって思ってたけど、やっぱりレイ君は分かっちゃうんだね。ってことは、僕らのこともバレてるね?」


レイはその言葉にサルベルト教授を見た。サルベルト教授も驚愕しながらこちらを見ていて、レイは視線を逸らしながらおずおずと頷くと、教授は手を顔に当てて俯いてしまった。


「どんな風に分かっちゃうもんなの? 何か見えてるの?」


マルキオン教授の探求心は尽きないようで、次々と質問が飛んでくる。レイはその圧に慄きながらも、眼鏡を直しつつ気を取り直した。


「……見えるというより、そう感じる、と言った方があってます。全員が全員そうだとは思わないですけど」

「なるほどねー。僕の友達は探査系が得意な子がいるんだけど、その子は見える派なんだよね。レイ君は、感じちゃう派か」


言い方に引っかかるが、レイは渋々頷いた。むしろ、その知り合いが見えている世界はどんなものなのだろうという方にレイは興味がわいたが、マルキオン教授は楽しそうに身を乗り出してきて聞くことは叶わなかった。


「調律した人同士もわかっちゃうものなの?」

「――わかり、ます。特に調律した者同士が一緒にいると、なんていうか……魔力の整い方? みたいなものが一緒なんですよ。共鳴音もするし……あの、近い、です」


マルキオン教授が身を乗り出してくるので、レイもソファの上で後ずさるようにずれていったが、とうとう端の方に行きついてしまった。しかしマルキオン教授はにこにこしながら尚も近付いてくる。


「うんうん、見える子も同じようなこと言ってた。漏れ出てる魔力の形が一緒だって。見える子はそれで終わりだったんだけど、感じる子としてはどう? 共鳴音っていうのもわからないけど、それ以上に何かわかる?」


そう言いながら、マルキオン教授はレイの頭をそっとなでた。レイの耳の奥に、今度は小さくキィンと何かが共鳴するような耳鳴りが聞こえる。マルキオン教授の部屋にあった調律痕を見たときと同じような音だが、今度は自分の中で鳴ったのを感じてレイは戸惑った。


「マルキオン」


立ち直ったサルベルト教授が冷ややかな目でマルキオン教授を見ていた。マルキオン教授は「はーい」と素直に体をどかしてくれたので、レイは消えた耳鳴りの残響に顔を顰めながら体勢を整えた。


「とりあえず、僕はちょっと怒っているんだよ」


マルキオン教授が突然そんなことを言い始めて、レイは驚いた。自分は何をやらかしたんだろうか、と考えたが、全く思い当たらない。マルキオン教授はジト目でレイを見た。


「昨日コンテナの情報、読み取ってたでしょ」

「あ、すみません」


バレていた。なるほど、勝手なことをして怒っていたのかと合点がいってレイは素直に謝ったが、マルキオン教授がわざとらしくため息をついて見せる。


「水臭いなぁ、やるなら先に声をかけてよ」

「……は?」


意外な言葉に、レイは思わず声をあげた。それを受けて、サルベルト教授もマルキオン教授の言葉にニヤリと笑みを浮かべた。


「で、読み取れた?」


わくわくと子供のような顔をしているマルキオン教授に、レイは素直に答えるかどうかを迷った。自身が即興で組み立てた魔法で読み取った情報の信ぴょう性が保証できなかったからだ。


「読み取れ……た、と言っていいんでしょうか。きちんと世に出ている魔法だったなら、こんな風に思わなかったんでしょうけど」

「見たい見たい。ちらっとしか見れなかったから、どんな魔法の構成式なの?」


マルキオン教授の質問に答えるために、レイは空中に魔力をわずかに放出して文字を書いていく。昨日コンテナにかけた魔法の構成式を浮かべると、教授たちの真剣なまなざしがその文字に集中していった。


「基本は解析魔法を主としています。そこから、自身の記憶を投影する映写魔法の構成を組み合わせるような感じで」


説明しながら空中で文字を入れ替えたり抜いたりしながら、レイは魔法の構成を説明していった。


「待った。この文字はなんだ?」

「それ僕も思った」


構成を見ながらサルベルト教授が疑問を口にし、マルキオン教授もそれに同意した。言われるよなぁと思いながら、レイはちょっと口ごもった。ちょっと説明しづらい上に、もしかしたら怒られるかもしれない。二人の視線がレイに突き刺ささり、レイはふいっと視線を逸らした。


「――体に聞いてもいいんだよ? 僕たち、割と相性良さそうじゃない?」


マルキオン教授がレイの顎下に人差し指を付けて、上に持ち上げる。レイの耳の奥にまた小さくキィンと甲高い音がした。レイはめんどくさそうにマルキオン教授の手をどかしながら、諦めたように呟いた。


「――古代文字です」

「古……はぁ!?」


意味がわからないという顔をする二人に、レイは内心、ですよね、と呟いた。マルキオン教授もサルベルト教授も呆れたようにレイを見ている。


 古代文字とは、その名の通り古代魔法に使われている文字。古代魔法はまだ解明できていない部分も多く、謎に包まれたまま滅びた古代文明の魔法だ。同じことをしても発動する人もいれば発動しない人もおり、発動しても使用する魔力の量もそれぞれ違うため、これも適正の一種と呼ばれている。古代魔法の基本は呪文の詠唱が必要で、発動に時間もかかるため、正直、頭で魔法の構成を思い浮かべて魔力回路に魔力と一緒に情報を流し、行使するだけの現代魔法のスピード感に慣れている魔法使いには、そもそもあまり好まれないものだ。


「レイ君に適正があったのも驚きだけど、現代魔法と古代文字組み合わせるなんて、どんなことが起きるかわからんことを――」

「そもそも古代文字を組み入れたオリジナル魔法なんて、発動例なんか聞いたことないぞ」


マルキオン教授とサルベルト教授が眉間に皺を寄せながら、口々に言い始める。レイはどう言えばいいのか思案しながら、はるか昔に祖母が言っていた言葉を思い出した。


「えっと祖母の話ですと、組み合わせた場合に成功率が高い文字があるらしいです。お二人が思っている失敗による暴発とかが無いようなものって意味ですね」


サルベルト教授が「ルミア様か……」とぽつりと呟いた。サルベルト教授は、あの人ならやりかねないといった様子だったが、マルキオン教授はまだ納得していない様子だった。


「いや、君の性格を考えると、こんな博打みたいなことをするとは思えない。発動するっていう根拠があった、違う?」


――鋭い。と、レイは思ったが、そんな様子は出さずにしれっと言ってのけた。


「祖母の話は絶対なので」

「はーっ! 天下の理屈屋も、ルミア様信者だったか」


マルキオン教授は心底がっかりしたようにソファに背を預けた。レイは胸にちくりと罪悪感を感じたが、そのまま説明を続ける。


「この古代文字は、『記憶・記録』という意味を持ちます。これを構成に噛ませることでコンテナの移動映像を遡って見ました」


もう何を言われても驚くことができない、といった二人の視線を浴びながら、レイは説明を終えた。するとマルキオン教授は組んだ足の上で頬杖を突きながら言葉を発し始める。


「――で、初めてだったから、読み取った情報に確信が持てない、と。こういうことだね」

「はい、その通りです」


レイの返答に教授二人は腕組をしながらうーんと唸り声をあげた。しばらく沈黙が続き、そんな二人の様子を見ながらレイは疑問を投げかけた。


「……そもそも。お二人は何故しなかったんです? 俺は記憶を読み取る魔法なんて知らなかったから作りましたけど、魔術師であるお二人なら知ってたのでは?」


魔術師となると、閲覧できる情報の幅が広がる。もちろんそういった規制がかかっている情報というのは、扱いが難しかったり、そもそも発動するのに入念な準備が必要だったり、危険なものやモラル的に規制せざるを得ないものもある。


レイの問いに答えたのはサルベルト教授だった。サルベルト教授は深いため息をついて、苦々しく口を開いた。


「したとも。そして、弾かれた」

「はじ、かれた……?」


レイがコンテナの記憶を読み取った時は、単純に自分の魔力回路が限界を迎えただけで、阻害されたような感じは全くしなかった。逆に言うなら、阻害するような魔法を察知できなかった。もう訳が分からない。


「阻害魔法の隠蔽だ。こんなことをするヤバイところを捲って突き止めたんだろ? ちょっと面白いじゃないか」


サルベルト教授がにやりと笑ってレイを見た。このカップル、こういうところでテンション上がるの、似過ぎてないかだろうか。レイは逆にその言葉を聞いて、余計に自分が行使した魔法に自信がなくなった。


「阻害もされた感じもしませんでしたし、やっぱりあれは俺の空想を見たのかもしれません」

「んじゃ、検証してみる?」


マルキオン教授からの提案に、レイが意味が分からないと見つめ返す。そんなレイにマルキオン教授が親指で廊下の方を指し示した。


「僕の部屋のソファにかけてみればいいよ。昨日の夜のことは僕とサルベルトしか知らないんだから」

「絶対に嫌ですっ!」


レイの叫びが教授室に響き渡った。

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