「それでピカネート。その子はどうするの?」
アーレフが尋ねると、ピカネートは大仰に頷いた。
「コイツはなんたって神様、それも創造神だそうだからね。交渉の道具に使うよ」
「交渉⁉」
ピカネートの言葉に、
(って言うか、わたし、神様じゃないんだけど……)
宇海が色々と困惑していると、それを見たピカネートが慌てて訂正した。
「ああ、ごめんよウミ。怖がらせるつもりはなかったんだ。なんて言うか……そう。アタシたちを助けてほしいんだ」
「助ける……?」
「そう。アタシは悪いことをしたとは思っていないんだけど、悪いことをしたって言ってくる奴らもいる。人を攫ったとか、オレをフッた、とか言ってね。ちなみに人を攫ったってのは、アタシがこいつらを攫ったってことなんだけど、アタシとしては攫ったんじゃなくて、救ったんだ」
「あの新月の夜の逃避行は、実に心躍る冒険だったよ」
サミニクがミリーを奏でながら言った。
「ああ、あれは最高だったね。で、アタシがあの男をフッたのは」
「「「「あの男がマヌケな腰抜けだったから」」」」
今度は船員たちが口を揃えて言った。
「その話は聞き飽きたよ船長」
「この子にまで聞かせるんじゃないよ」
ココとゴルタヴィナは呆れ顔で文句まで言ってきた。
「泥の中につっこまされた挙句盛大に笑われたら、誰だって怒るわよ」
とアーレフ。思わぬ反撃を受けたピカネートは、唇を尖らせながら「あんな簡単な罠にハマる方がおかしいだろ」とぼそぼそ言った。
「話を元に戻すけど、つまりはそうやって色んな人から怒りを買っちゃったから、アタシらは追われている身なんだ。今はこの通り他の船は見当たらないけど、アタシらを追っている船の旗が今にも水平線の向こうに見えるかもしれない。そういう状況だ。アイツらはきっとアタシたちを地獄に落とす気だよ」
そう言ってピカネートは水平線の彼方を鋭く見つめた。
「簡単に捕まってやる義理はないけど、もし追いつかれたら戦闘は免れない。でも……ウミ。アンタは戦いたいと思うかい? 大砲で撃ってきたり、ピストルで狙ってきたり、剣を持って襲ってくる奴らと」
宇海は首を横に振った。そんなことは絶対にしたくない。銃や剣を持った人と戦うなんてまっぴらごめんだ。怖いし、想像するだけで痛そうだし、そもそもそんな風に戦ったことなんて一度もないし、何より戦争や——この場合は戦争ではないのかもしれないけど——人殺しはいけないことだ。
「ああ、アタシも嫌だ。それにもしかしたら、相手もできれば戦闘はしたくないと思っているかもしれない。怪我をしたら、最悪手足を切断することになるからね」
宇海は「ひぃっ」と息をのんだ。手足を切断⁉ この話は本当なのかと問うように、先程お医者さんだと言っていたアーレフを恐る恐る見た。その視線に気づいた彼女は苦い顔をしながら頷いた。本当なんだ……。
二人の様子を気にすることなく、ピカネートは話を続けた。
「敵と出会ってしまったけど戦闘はしたくない。そんな時に必要なのが交渉だ。大抵の場合は、船に乗せてるお宝は全部あげるから命だけは見逃してくれ~って弱い方がお願いするような感じなんだけど……」
そこでピカネートは言葉を切り、イタズラっぽい顔をして宇海を見た。
「もしもたったの五人しか乗っていない船が、こっちには本物の神様が乗っているんだぞって言ってきたら、アンタならどう思う?」
「え? え~っと、本当に神様なのかどうか疑うと思うけど、でも、もし本当のことを言っていたらどうしよう……って考える、かも」
宇海の回答にピカネートは満足そうに頷いた。
「それじゃあもしも、その神様はこれから何が起こるのか知っているんだぞって言われたら、どうだい?」
「ええ⁉ それって、どっちが勝つのか知ってるってこと?」
「ああ、その通りさ。その神様が〝戦えばあなたたちは負けて全員死にますが、戦わなければ全員無事に家に帰れるでしょう〟なんて言ったら、戦わずに逃げるのが得策だと思うことだろうさ」
キュンッ。
突然鋭い音が聴こえてきた。宇海が何の音だろうときょろきょろと探してみたら、それはどうやらサミニクがミリーの弦を素早く鳴らした音らしかった。他のみんなも突然聴こえた音に驚いて——特にゴルタヴィナは顔をしかめて——いたが、当の本人は涼し気な顔で「なるほど」と呟いた。
「つまりこういう訳だ、船長」
サミニクがミリーの弓の先を宇海に向けた。
「この子が本当に神であるかどうか? それは重要ではない。では何が重要であるか? それはこの子に神を演じさせ、敵を欺くこと。この子の指示通りに我らが動くこと」
パチン、と今度はピカネートが指を鳴らした。
「さすがはサミニク。理解が早くて助かるよ」
「ちょっと、ピカネート。まさか本気なの⁉ まだこんな子供なのに——」
何かに気づいたようなアーレフが声を上げたが、ピカネートが手を上げてそれを制した。アーレフはまだ何か言いたそうな顔をしたものの、もどかしそうな息を吐くにとどまった。
「いいかい。アタシは利用できるものなら何でも利用する。子供であろうとね。それにアイツらはココよりも幼い子供が船に乗っているなんて、知る由もないだろう?」
「ボクはもう子供じゃないってば」
ココは頬を膨らませながら反論したが、ピカネートに「そういうところがまだまだ子供なんだよ」と指摘されて押し黙った。
「なるほどね。あの人たちもいくら私たちを憎んでいたって、私たちの船に神様がいるって言っても信じてもらえなくたって、何の罪もない小さな子供がいればおいそれとは攻撃できない。今までなら気の進む話じゃないって断っていたところだけど、もしかしたらこれも神様のお導きってやつかねぇ。近くに港も見当たらないし、いいんじゃないの?」
最後にゴルタヴィナが言うと、ピカネートは頷いて宇海に向き直った。
「全員一致で賛成! ってことで……ウミ。アンタ、船に乗って冒険したいんだって? だったら、アタシたちと一緒に冒険しようじゃないか!」
「……!」
宇海の前に、ピカネートの手が差し出された。宇海はその手とピカネートの顔をまじまじと交互に見つめる。女海賊と一緒に、海で冒険。これは本当に夢ではなく、現実なのだろうか。自分で考えたお話と同じ状況。夢でもいいからと願った世界。
(本当に、神様が叶えてくれたの……?)
もしこれが夢ならば、どうか覚めないでいてほしい。
もしこれが本当の本当に現実ならば——。
「わたし……みんなと一緒に、冒険していいの?」
「ああ、もちろんさ。ウミなら大歓迎だよ」
宇海はピカネートを、船のみんなを順番に見た。みんな笑顔でこちらを見つめている。
(わたしは……)
これが現実ならば、わたしは、この人たちと、冒険したい!
「うん。わたし、みんなと一緒に冒険したい!」
そう宣言してピカネートの手を取ると、彼女は力強く握り返しながら顔を綻ばせた。
「ああ! エタリップ海賊団へようこそ、ウミ!」