帆に穏やかな風を受け、船はどこまでも続く海の上を進む。
あれから一時間ほど経った。あの後ピカネートが「みんな持ち場について! 仕事をするよ!」と号令を出したため、今はみんなそれぞれの仕事に取り掛かっている。ゴルタヴィナは船の舵を取り、ココはご飯の支度。
「あれってどういう仕事なの?」
音楽家の仕事は演奏することだというのは理解できる。しかし船の上で演奏することにいったいどんな意味があるのか、とふと疑問に思い、宇海はピカネートに尋ねた。
「サミニクはあれでも一応見張りをしているのさ。何か異常があると音で教えてくれる。と言っても、あの演奏はただの趣味でやっているだけなんだけどね。でも、船に乗っていると案外娯楽も限られてくるんだ。だからアイツの演奏は、アタシたちにとっては娯楽の一つなのさ」
「へぇ」
「それにいざ敵と出会ったって時は、恐ろしい音を出して威嚇することもできるからね。音楽家も立派な戦闘員の一人さ」
「……そうなんだ」
(それはちょっと、聴きたくないかも……)
知らないことはまだまだ沢山あるんだな。新たに覚えたことを頭に入れて、宇海はピカネートの後を続いた。
あれから宇海は、ピカネートの案内で船内の見学をしていた。この船は元々〝ちょっとしたお出掛け〟用のものだそうで、大きさとしては小さい部類に入るらしい。そのため船室の数も少なく、寝る時はココとサミニクと同じ部屋を使ってほしいと言われた。室内も狭いが、夜中も交代で見張りをしているため、よっぽどのことがなければ三人揃って寝ることはないだろうとのことだった(ちなみに宇海は夜中の見張り当番を免除された。夜中に起きていられるか心配だったため、これを聞いて宇海は安心した)。
小さな船ではあるが、船内を見て回るだけでも宇海には冒険をしているような気分になれた。飲食物の入った樽の置かれた倉庫(ここに入っている飲み物は飲んじゃ駄目だときつく言われた)。数羽のニワトリが駆け回る小屋(このニワトリたちの辿る運命を思うと、宇海は少々複雑な気分になった)。ココの仕事部屋とも言える調理室(この時ココから干した果実を一粒貰った)。四門の大砲(ピカネート曰く、危ないから使う気はない)。宇海が目覚めた場所でもある医務室(飲み忘れていたスープがすっかり冷めていた)。
そして最後に船長室を訪れた。
「わぁ……!」
壁に固定されたキャビネットの中には書物が所狭しと並び、室内のあちらこちらに色とりどりの宝石や航海に必要なのであろう大小様々な道具が乱雑に置かれている。頑丈そうな大きな机の上には海図が広げられ、今までこの船が辿ってきた軌跡が記されている。ものすごく、海賊っぽい。宇海はこの光景に胸がいっぱいになった。
「お。ウミもこの部屋が気に入ったのかい?」
「うん! 何て言うか、凄く〝海賊!〟って感じで、かっこいい!」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるねぇ」
座ってみるかい? とピカネートが椅子を指した。いかにも船長が座るに相応しそうな、上等なデザインのものだ。宇海は遠慮しようとした。しかしピカネートが椅子を引いて「さあどうぞ、お嬢様」と恭しく誘ってくるものだから、無下にしては失礼な気がした。
「えと……失礼、します」
緊張しながら椅子の前まで行くと、宇海が腰を下ろすのに合わせてピカネートが椅子を前に動かした。
(うわ、うわ、うわ……!)
お嬢様待遇だ!
高級なお店でしか味わえなさそうな体験に、宇海は胸を高鳴らせ頬を紅潮させた。凄い。何が凄いって、全部凄い。自分が思い描いたような女海賊の乗る船で、かっこいい船長に、理想的な船長室の中で、お嬢様のような扱いを受けている。
「どうだい、ここからの眺めは」
「う、うん……。すごく、すてき……」
ピカネートの質問にもうわずった声で答えるほど、宇海は舞い上がっていた。神様、これは本当に現実ですか。現実でこんなことがありえるんですか⁉
「いいだろう。この椅子に座って、海図を見ながら、次はどこへ行こうか、誰も見たことの無いお宝はどこに眠っているんだろう——。そう考える時間が、アタシは大好きなんだ。海は自由だ。誰にも指図されない。誰も次に何が起こるのか知らない。新たな発見や、新たな出会いが、アタシを待っている。……アンタと出会えたみたいにね」
そう言ってピカネートは宇海の肩を軽く叩きながらウインク一つ。目の合った宇海はそれでまたどきりと心臓を跳ね上がらせた。ピカネートと一緒にいると、いい意味で心臓に悪い。
少し話したいことがあるんだ。と言って、ピカネートは雑多に置かれた物をかき分けてベッドの上に——物がありすぎてそれがベッドだとは今の今まで気がつかなかった——腰掛けた。
「ねえ、ウミ。神様の存在は信じるかい?」