山の中で二体の鬼が戦っていた。
小柄な青い鬼と、それより二回りは大きい赤い鬼。
二体とも傷だらけだった。
小柄な青鬼は
角は生えていないが、肌は青く、爪は恐ろしく長い。
大きい鬼は頭に二本の角があった。
流は大きな鬼が腕を振り上げた時、相手の懐に飛び込み喉元に手を突っ込むようにして爪を突き刺した。
そのまま横に手を払うと鬼の首がおかしな方向に
大きい鬼は首から血を流しながら倒れた。
流は近くの樹に手を付いた。
喉、渇いた……。
流は木で身体を支えながら斜面を転がるようにして降り、河原へ向かった。
水を飲むと後ろに倒れ込んだ。
こんなところを別の鬼に見付かったら今度こそ殺される。
流は常に鬼に襲われ、その度に戦ってきた。
どうして襲われるのかは知らない。
多分鬼とは他の鬼を襲うものなのだろう。
流の方から襲ったことはないが。
とにかく気付いたら鬼に襲われて、それに応戦する、と言う日々が続いていた。
もう、いつからだったか思い出せない。
ただ自分はまだ子供らしいからそんなに昔からではないと思うのだが。
そんなことを考えながら、いつしか意識を失っていた。
目を覚ますと流は家の中にいた。
起き上がって周りを見回す。
古くて粗末な狭い小屋だった。
「あ、起きた?」
振り返ると十歳くらいの
着ているのは粗末な
流は自分の手を見た。
人間の手だ。
見た目が人間に戻っているらしい。
水に映る自分の顔を見た感じだと流は人間の姿の時は十歳くらいの子供に見える。
他の鬼は知らないが流は普段は人間と同じ見た目をしている。
大ケガをした時だけ鬼の姿になる。
自分の意志では変えられない。
この童女は人間の姿で倒れていた流を見つけたのだろう。
流の
流を襲ってきた鬼達も大抵身体のどこかに文字が書かれていて、それは鬼ごとに違った。
鬼の身体には文字が書かれているものらしい。
字が書いていない鬼もいたが、見える部分に書いてなかっただけなのか、字がない鬼もいるのかは分からない。
しかし童女はまるで字が見えないかのように振る舞っている。
漢字だし子供だから文字だとは思ってないのかもしれない。
あるいは字が読めないか。
貧しい人間の中には読み書きを教わっていない者がいるからこの童女もそうなのかもしれない。
「これ、お
流は椀に目を向けた。
「それ、お前のじゃないのか?」
「あ、私はいいの」
と言ったとき童女の腹が鳴った。
童女が恥ずかしそうに俯いた。
「お前が食えよ」
流が断ろうとすると、
「いいの、食べて。傷が早く治るように」
と言って椀を差し出した。
童女の手はひどく荒れている。
この様子では流が食わずにいても自分だけ食ったりは出来ないだろう。
「じゃ、半分ずつだ。器、もう一個あるか?」
「うん」
童女は立ち上がって
流は童女が持ってきた器に粥を移すと二人で食った。
粥はすぐに無くなった。
童女は二人分の器を持つと竈のそばの桶で洗い始めた。
「ね、名前、なんて言うの?」
童女が訊ねた。
「流」
「私は
水緒が振り向いて笑顔を見せた。
そのとき、
「水緒!」
いきなり
「あ、おばさん」
「なんだい、この子は!」
女は流を指した。
「河原でケガして倒れてて……」
「この村には
「でも……」
「口答えすんじゃないよ! とにかく食料は一人分しか渡さないからね!」
女はそう言うと障子をぴしゃりと閉めて帰っていった。
「流ちゃん、ごめんね。気を悪くしないで。悪い人じゃないの」
「別に」
器を洗い終えた水緒は部屋の隅にあった小さな長持ちから古い着物を引っ張り出した。
「流ちゃんの着物、破れちゃってるから、起きられるようになったら、これ着て。古いし粗末なものだけど」
そう言って流の脇に膝を進めた。
「身体、傷だらけだね」
水緒はそっと古い傷に触れた。
「痛かったよね」
母親以外の誰かがそんな優しいことを言ってくれたのは初めてかもしれない。
「大したことない」
そう答えてから改めて家の中を見回した。
掃除はしているようだが痛んだ部分は自分では直せないからか、そこら中に
「一人で住んでるのか?」
「うん。お母さん、ずっと前に……死んじゃったから。流ちゃんは? お
「俺も一人だ」
「そっか。一緒だね」
水緒はそう言って
もう夕方だったらしく、すぐに辺りは暗くなった。
「灯りがなくてごめんね」
「いらない」
流はそう言うと床に寝転がった。
流は暗闇でも物がはっきり見えるから元々灯りは必要ない。
その言葉に水緒も流の隣に横になった。
「お休み、流ちゃん」
水緒はすぐに寝息を立てて眠ってしまった。
流は出て行くか迷った。
自分がいたら水緒はいつまでも満足に食事も出来ない。
でも……。
何故か去りがたかった。
……ま、飯なら兎でも捕ってくればいいか。
まだ身体も治りきってない。
流は言い訳するように自分にそう言い聞かせるとそのまま眠った。
翌朝、目を覚ますと水緒が
他人がいるのに熟睡したのは初めてかもしれない。
いつも何かの気配を感じる度に目を覚まして身を隠し息を潜めていた。
「おはよう、流ちゃん。はい、朝餉」
流が受け取って中を見ると粥に緑色の物が沢山混ざっている。
量を増すために草を摘んできて入れたようだ。
それでも食事はすぐに終わった。
水緒は桶で器を洗うと、
「流ちゃんはゆっくりしてて。私は仕事があるから」
そう言って出掛けていった。
流は起き出すと水緒が出してくれた古びた着物を着て戸口に立った。
周りは山に囲まれた小さな村だ。
戸口から見ていると水緒は子供達の面倒を見ながら各家の掃除や朝餉の後片付けなどをして回っていた。
小さい村だといっても全部の家を回るのだとしたら一日掛かるだろう。
水緒が夕辺横になってすぐに眠ってしまったのも無理はない。
子供の面倒を見ながら家事をして回るのは相当疲れるだろう。
流は食い物を