「は……!? 今夜、
いよいよ
『
これをもって妻の家族や親戚から正式な婿として認められ、男は朝になっても妻の家から帰らなくても良くなる(ただの恋人は帰らなければならないんですのよ)。
露顕に招かれるのは妻の親戚縁者だけだから頼浮が三日間通う前に知られてしまうとは思わなかったらしい。
しかしその縁者の中に
今日、露顕ということは今夜が三晩目。
左大臣家と大志、同時に両方には行かれないのだから
ああ、もう……!
よりによって通ってくる前にお母様の耳に入ってしまうなんて……。
まさに『
信じられない!
「大君、心配しないで。すぐに中の君に良い婿を見付けてあげますからね」
お母様が安心させるように言った。
ああ……。
どうしよう……。
私は急いで人払いをすると
すぐに橘の香りが近付いてきた。
どうやら呼ばれると思って待機していたらしい。
「どうなってるのよ! よりによって通い始める日に露顕なんて!」
私は声を潜めて言った。
「申し訳ありません。自分が通うわけではないので日取りを勘違いしていたそうで……」
頼浮が通い始めるのは明日からだと思っていたらしい。
それならどちらにも三日続けて通えるから大丈夫だと考えたというのだ。
二人続けて妻にするなんて周りからおかしいと思われるとは考えませんでしたの!
これでも殿方が通ってくるというので、とてもどきどきしていたんですのよ!
髪だって念入りに洗ったし……。
髪が長いと洗った後、渇くまで頭がものすごく重くて大変なんですのよ!
「それで……申し訳ありませんが
「府生って?」
「中の君の次の婿です」
頼浮の答えに
「もう次が決まったんですの!? 少将が通ってくるのは今夜からのはずでしょう!」
なんで通ってきてもいないうちから次が決まってるんですの!?
「どうやら万が一に備えていたようです。それで……」
頼浮が訊ねる。
「死体でもなんでも置いて邪魔して! 牛車も細工と言わず叩き壊して! 後でお父様に弁償して頂くから遠慮なくやって!」
「牛車は壊したところで借りられますが」
頼浮の言葉に私は几帳を思いきり睨み付けた。
「……とりあえずやるだけやってみます」
見えなくても私の怒りが伝わったのか、頼浮はそう言うと立ち去った。
こうなると中の君が心配だから早く婿を、などと言ってしまったことが悔やまれる。
お母様達が府生の次の婿を見付けてきてしまったりしたら――。
それくらいなら、一人では心細いから中の君に付き添ってほしいとかなんとか言って内裏に連れていってしまった方がいいだろう。
いざとなったら女官でも仕方ない。
左大臣の娘なのだから
他の妃達が中の君をいじめるようなら私が左大臣の権威を笠にして脅せばなんとかなるだろう。
父親を左遷させるといえば逆らえないはずだ。
あら、なんだか物語に出てくる悪役みたいですわ。
それはともかく――。
あの様子では普通に頼んでも無理なはずだ。
なんとかいい方法を考えなければなりませんわ。
「トメ、物語を……」
「ご希望はございますか?」
「そうね……」
私は考え込んだ。
どの物語も暗唱できるくらい読んでいるのだ。
松姫から頂いた継子いじめ譚に至っては前世の段階で暗唱できたくらいである。
となると――。
「日記にしようかしら」
借りるのは物語だけではない。
随筆は当然として、日記や文も人に見られるのが前提なのだ。
だから日記といえど人に見られたら困るようなことは書けないのである。
そのため宴の途中で突然終わって次の日になっていたりする(悪口を書かないようにするために、そこで記述を切り上げたからですわ。他の人はしっかり書いてしまっていて配慮が台無しになっていましたけど)。
「それでしたら殿が今、日記を書き写してらっしゃるそうですよ」
トメが言った。
殿方の日記は内裏などでの作法とか慣習などを記録して子供に伝えるのが主な目的である。
作法や慣習を知っているかどうかが出世に直結するからだ。
同じ人の息子でも北の方の子供の方が他の妻の子より出世できるのもこれなのだ。もちろん
夫と同居している妻の子は父親から作法や慣習などを教えてもらえる機会が多いから出世しやすいのだ。
だから、そういう差を少しでも埋めるために作法や慣習などを書いた日記を借りるのである。
作法などを記録するものだから誰かの
大昔に亡くなった方のお名前を見ると、この方もこんな形で後世に名を残したくはなかっただろうと同情を禁じ得ませんわ。
その他にも『あいつは和歌が下手で哀れだから(歌は日記に)書かないでおく』とか『あいつは宴でろくでもない和歌を詠んでいた』などという悪口が書いてあると、それも読まれた上に書き写されて後世に残ってしまうのである。もちろん左大臣家の孔雀を羨ましがっていたことも。
うちには男の子はいないし、お父様はもう左大臣にまで出世したけれど何かあった時に備えて借りた日記を書き写しているのだろう。
「どなたの?」
私の問いにトメが答えた。
あまり策を
自分ではしなくても誰かが使った手を書き残しているかもしれない。
私は中の君を誘ってお父様のところに向かった。
「お父様、お手伝いしますわ」
「すまん。なら、そっちを頼む」
お父様がそう言うと女房が私達の前に日記と紙を持ってきた。
女性は男手(漢字)が読めない(ことになっている)ので男性が書いた日記を読むことはあまりない。建前としては。
難しい男手が読める女性は殿方に嫌われるので私も表向きは読めないことになっているんですの。
とはいえ男手が読めればそれだけ本も沢山読めるでしょう。
殿方の日記は内裏での仕来りなどが書いてあるので入内した時の参考になりそうなことが書いてありますのよ。
まだ入内してないので断言はできませんけど。
「……あの、これ、男手なんですね」
中の君が困ったように言った。
「私、男手は……」
「まぁ! なんて女らしいの!」
私は感心した。
「そうだな。それが普通だな」
お父様も頷いている。
私は普通ではないと仰りたいんですの? と言いたいところだけれど読めないのが普通なのだ。
「私、お役に立てそうにないので戻り……」
「あら、私が読んであげる。時々面白いことも書いてあるわよ」
私はそう言って読み上げながら書き写し始めた。
残念ながら中の君を入内させられそうなことは書いてありませんでしたわ。
その夜――!