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第二十四話 群盗襲撃!

「物語を借りてきました」

 キヨが言った。


「物語って、どの?」

 二の姫がキヨに訊ねる。


 一口に物語と言っても沢山ある。

 継子いじめ譚に、恋愛ものに歌物語など。


 面白いものもあれば、紙は貴重なのにこんなつまらない話を書くなんてどこの金持ちなんだと思うようなものまで様々だ。


 そして長い物語というのは一話から数話が一冊に収められていたりするから分冊だし、それを順番に借りられるとは限らない。


 書き写した人も間の話が借りられなくて途中が飛んでたりすることがあるからだ。


 続きを借りてわくわくして読んでみたら大貴族と結ばれて幸せになったと思っていた姫君が何故か出家していたということがあったりする。


 間の巻を借りられるまで何があって出家するにいたったのか分からないなんて事もあるのだ。


 ちなみに元の本と書き写された本の巻数が必ずしも対応しているわけではないから途中の巻を借りられたけどやっぱり何があったのか分からない事もある。


 それはともかく――。


「……やしき群盗ぐんとうがやってきました」

 キヨが物語を読み始めた。


「ぐんとうって何?」

 三の姫が訊ねた。


「盗賊の集団です。大貴族の邸は警護の者が多いのでそういうところを襲う時は徒党ととうを組んでやってくるんです」

 キヨが答えた。


「怖いわ」

 三の姫がおびえたように言った。


「塀の外にいる群盗達は囮でした。目的は姫君を亡き者にすることだったのです」

 キヨが続きを読む。


 これはなんの物語だったかしら?


 私は首を傾げた。

 聞き覚えがないのだが、さすがに継子いじめ譚に姫君を襲う盗賊の話は出てこないはず――。


「姫君を亡き者にしようとした継母が群盗を装って邸を襲撃させたのです」


 まさか……!



 朝――



 私(左大臣の大君の方)は目を覚ました。

 横になって夕辺の夢のことを考えてみたが、この邸に群盗が侵入するというのは考えづらい。


 随身だけではなくお父様が雇っている警護の者も大勢いるし、随身達にも郎党がいるから警備の人数はかなり大勢だ。

 易々やすやすと警備を突破して屋敷に侵入できるとは思えない。


 それに夕辺の話はどの物語なのか分からなかった(継母と言っていたから継子いじめ譚ではあると思いますけど)。

 もし仮託継子いじめ譚でないのなら私達とは関係ない。


 きっと夕辺の夢は別の継子いじめ譚に違いありませんわ!


 群盗の襲撃があった継子いじめ譚は全く記憶に無かったものの(読んだことがあるのに覚えてない物語はないはずなのに)、それでも私は疑念を振り払ってお父様のところに向かった。


 私はまだ日記を書き写す手伝いをしていたのだ。


 中の君は縫い物やそうのお稽古をするらしい。

 確かに入内するにしろ婿をもらうにしろ楽器や縫い物ができなければ話にならない。


 それに、やはり殿方の日記は退屈ですしね。

『誰それが来たから何々を下賜かしした』とか『めすしかいない左大臣家の孔雀が卵を産んだ、不思議だ』(うちの孔雀が卵を産んだことをご存じだったことの方が不思議ですわ!)なんて読んでも面白くはありませんでしょ。


 殿方の日記は記録として付けているものだからたまに面白い記述もあるという程度なのだ。

 とはいえ私は楽しむために日記を読んでいるのではない。

 中の君を入内させられる方法がないか探しているのだ。少なくとも今回は。


 けれど今回の日記を書かれたのは実直な方で姑息こそくなことはなさらなかったらしく参考になりそうなことは見当らなかった。



 深夜――



 私(左大臣の大君の方)は騒がしい音で目が覚めた。

 辺りは真っ暗だからまだ夜中のはずだ。


「失礼致します」

 妻戸の外から頼浮の声がした。


「何事ですか」

 トメが頼浮に返事をする。


「姫様はご無事ですか?」

 頼浮の問いに、

「姫様」

 トメが小声で訊ねてきた。


 室内は闇に包まれているから声を聞かなければ分からないのだ。


「ええ、大丈夫だけど、一体何事なの?」

 私の質問をトメが頼浮にする。


「群盗――つまり盗賊の襲撃が……」

「なんですって!?」

「ただ、もしかしたらおとりかもしれないと思いまして」


 囮……。


〝姫君を亡き者にしようとした継母が群盗を装って……〟


 キヨの声がよみがえる。


「中の君の無事は!? 確かめた!?」

 私は思わず頼浮に直接訊ねてしまった。


「いえ、これからです」

「なら早く……」

 私が最後までいう前に頼浮が駆け出す足音が聞こえた。


 しばらくして男達の声と金属がぶつかるような音、絶叫などが聞こえてきた。


 やがて静かになったかと思うと足音が近付いてきて妻戸の前で止まった。


「大丈夫だったの?」

 私はトメに訊ねさせた。


「はい。中の君はご無事です」

「ツユや他の女房達は?」

「庭で止めることが出来ましたので。今は周囲の簀子すのこに郎党達を配置しております」


 大臣の邸に派遣される随身は八人しかいないのに家族はそれぞれが離れた建物で暮らしているから人数が足りないというのもあると思うが――頼浮が自分の郎党に見張りをさせているのは他の者が信用できないからだろう。


「あの……もし、中の君をここへ連れてこられそうなら連れてきてもいいわよ。中の君が来たいと言ったらだけど」


 別々の部屋にいるより一緒の方が警護の者を分散させずにすむはずだ。


 もちろんそれは安全に移動できるならだし、中の君が怖いから外には出たくないと言わなければの話である。


 頼浮はすぐに中の君の部屋に向うと、しばらくして中の君とツユを連れてきた。



 翌朝――



 私は御簾と几帳を用意させると箏のお稽古を始めた。


 すぐに橘の香りが近付いてくる。


「夕辺、中の君を襲ってきた賊は捕まえたの?」

 私が訊ねると、

「いえ、全員……」

 頼浮が言葉をにごす(女性にむごい話を聞かせない配慮ですわよ)。


「では誰が指示したのかは分からないのね」

「はい」

「だから、あなたの郎党に見張らせたの?」

「そういうことです」


 頼浮が駆け付けると他の警護の者達もやってきて賊は全員殺されてしまった。


 生け捕りにしようと思えば出来たのに殺してしまったということは手引きした者が賊の口をふさがせたという事も考えられる。


 だから頼浮は信頼できる自分の郎党に見張らせたのだ。


 あの継子いじめ譚と同じように中の君の命を狙ったの?

 でも、そんなことをする理由は?


「失礼ですが……」

 頼浮が躊躇ためらいがちに口を開いた。


「なぜ中の君が危ないとお分かりになったのですか?」

「私が狙いなら、賊はあなたとかち合ったはずよ」

「そうですが……」

 頼浮は納得していないようだ。


「三の姫や四の姫が狙いだったことも考えられなくはないけど……囮を使ってまで狙うなら入内が決まっている私か、春宮様から寵愛ちょうあいを受けている中の君でしょう」

「…………」

「あなたはどうして囮だと思ったの?」

 私が逆に訊ねた。


 夢の中であの継子いじめ譚を聞いていた私はともかく、頼浮は何故あれが囮だと思ったのだろうか。


「西の方で大騒ぎをしていたのですが……こちらが門から出ていくと離れていくのに邸の中に戻ろうとするとやってきていたのが変だと……」


 つまり、やけに注意を引こうとしているから不審に思ったらしい。

 その辺は素人の盗賊だからすぐに見抜かれてしまったということのようだ。


 群盗も、それを雇った者も素人だったようだけれど――。


「では中の君を狙う相手に心当たりはないのね?」

「…………」

「あるの?」

「……いえ、そういうわけでは……」

 頼浮は曖昧あいまいに否定すると立ち去った。


 私を狙うなら分かるけれど中の君を狙う理由は(今のところは)ない。

 春宮に寵愛されていると言っても中の君の入内は決まっていないのだ。


 即位してしまったら内裏の外に住んでいる姫に会いに来ることは出来なくなるのだから入内しない姫を脅威に感じる者はいないはずだ。


 どうして私ではなく中の君なの?


 私が考え込んでいると――。

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