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第一章 ノエルナ村を守れ!前編

第2話 チュートリアル

ファナのいる世界にやって来た大輔。

視界が一瞬、真っ白に染まり──気づいたときには、空だった。

かなり高い場所。雲が下に見える。

大輔の体は、まっさかさまに森へと落ちていく。


「うわああああ!」


風が耳を裂き、木々が迫ってくる。

枝葉が顔や腕をかすめ、葉がバサバサと巻き込まれる。

何度もバウンドするように枝に当たりながら、勢いを殺すように──最後は草地に、綺麗に着地した。

土と草の香りがむわっと鼻にくる。

脚がじん、と痺れ、全身が軽く震える。


「⋯⋯痛ってぇ⋯⋯けど、全然ダメージを感じない」


重力に耐えたはずの体に、骨も皮も異常なし。大輔は、信じられないというように自分の腕や脚をさすり、服の埃を払う。


「流石勇者様!頼もしいです!」


上空から声がして、大輔が顔を上げると──ふわりと降りてくるファナの姿が見えた。

金色の髪が風に揺れ、彼女の体はほんのりと輝いている。彼女の足元には魔法陣のような薄い光の輪が浮かび、まるで羽根のように空気をつかむ。

そして、彼女は音もなく、草の上に着地した。


「⋯⋯ファナさん、その魔法、何ていうの?」

「えっ?フワットです」

「胡散臭ぇけど⋯⋯俺にもかけてほしかったな⋯⋯ん?」


突然、大輔の目の前にウィンドウが現れて、ステータスを表示した。

大輔がまじまじと、空中に浮かぶウィンドウを見つめる。

ぼんやりとした光を放つその画面は、まるで半透明のホログラムのようで、風が吹いても揺れもせず、静かに彼の前に浮いている。


---


だいすけLv.99

しょくぎょう:ゆうしゃ

こうげき:999

ぼうぎょ:999

すばやさ:999

たいりょく:999

かしこさ:999

うん:999


---


「これ⋯⋯あのゲームの勇者のステータスだ」と呟いたその瞬間──


ピコン、と電子音が鳴り、すぐ隣にもうひとつウィンドウが出現する。

先ほどよりも少しだけ青みがかったその枠には、のろのろと文字が現れていく。


---


「ゆうしゃさま じっしつ にしゅうめ なので パラメータは ひきつがれていますぞ!」


---


文字のスクロールは、まるで昔のRPGさながらに遅い。

一文字ずつ、じっ⋯⋯じっ⋯⋯と浮かび上がるたびに、大輔の眉がじわじわと寄っていく。


「⋯⋯これジョルジュだな。セリフ流れるのめっちゃ遅い。わざとか?」


草木が揺れる静かな森の中で、ぽつんと響いたそのツッコミだけが、やけに鮮明だった。


「あ、ファナさん、これ見える?」


大輔は空中に浮かぶウィンドウを指差す。

 そこには、相変わらず輝くようなステータスが並んでいる。

ファナはその指の先を見つめ、くりくりとした瞳で首をかしげた。


「何も見えないですけど⋯⋯」

(そっか、見えるのは俺だけか)


「そう、ならいいんだ。じゃあ、ノエルナ村⋯⋯だっけ?案内してくれる?」


「はい、こちらです」


ファナは森の奥へと歩き出す。

風が枝を揺らしていく。

すると、ジョルジュウィンドウから、


---


「さすが ゆうしゃさま! じょうきょうの のみこみが はやい!」


---


と、メッセージが来た。

「⋯⋯はぁ。やらない選択肢は無いんだろ。しょうがないじゃん」


大輔はファナの背中を追いながら、深く息を吸った。

土と緑の匂いが肺に染みる。

(なんか⋯⋯ゲームの中ってより、本当にどこか知らない世界に来たみたいだ。でも、服装がスウェットのままだし、裸足なんだけど⋯⋯)


ファナの金の髪が、陽の光にに照らされてきらきらと揺れる。

(ファナさんも本物っていうか、“生身”って感じだし)


「⋯⋯しかし、このウィンドウさっき出っぱなしなんだよな。消えろって言ったら消えるのかな⋯⋯消えろ!」


ウィンドウが、ふっと消えた。


「単純だな⋯⋯でも、いちいち消えろって言うの、人としてどうなんだろ⋯⋯」


ぽつりとこぼしたそのひと言に、ファナがぴたりと足を止め、ゆっくりと振り返った。

彼女の表情は、少しだけ曇っていた。


「勇者様⋯⋯私は、消えたほうが⋯⋯」


「えっ!?違う違う!ファナさんは生きて?俺が守るから!」


反射的に、そんなセリフが口をついて出た。(あ、やべ。つい⋯⋯)


ほんの一瞬、風がふわりと吹いた。

ファナは、頬を赤らめながら呟いた。


「⋯⋯約束、ですよ?」


(いやいや、可愛すぎるし。守らないといけない気がしてきた)

大輔のやる気が3割増した。


しばらく歩いていると、ファナが気配に気づく。


「⋯⋯勇者様、敵です」

それまでほんわかした口調だったファナの声が、一瞬で凛としたものに変わった。

空気がぴたりと止まり、森のざわめきまでもが息を潜めたようだった。


「え?どこに?」


大輔があたりを見渡す。

陽の光が木漏れ日となって降り注ぐ静かな森。風の音しか聞こえない。


「何もいないけど⋯⋯」


その瞬間──


「グギャアアッ!!」


上空から、裂けるような声と共に影が落ちる。

木の枝をかき分け、ゴブリンの群れが雨のように襲いかかってきた。


「うわっ、マジかっ!?」


 大輔は反射的に飛び退く。


バサッ!ドサッ!

あたりにゴブリンがぞろぞろと着地し、武器を構え、不気味に笑う。


大輔は“マスターソード”を構える。

「やっぱりやるしかないのか⋯⋯」


すると、背後からファナが一歩前に出て、両手を翳す。

彼女の周囲に魔法陣のような光が瞬き、風が渦を巻き始める──


「清き風の流れのもとに、邪気を払い給え──スターキヴィン!」


ファナが詠唱を終えると同時に、風が森の空気を裂いた。


地をなぞるような光が広がり、巨大な暴風が生まれる。


ゴオォォォッという轟音とともに、ゴブリンたちはなすすべもなく吹き飛ばされた。


「えっ?強っ。俺来た意味ある?」


大輔は剣を持ったまま、その場に立ち尽くしていた。

思わず漏れた本音。

目の前で繰り出された魔法は、想像以上だった。


「勇者様──後ろ!」


ファナの声に反応し、大輔は条件反射で振り返る。


「うわっ!?」


ゴブリンの一体が、ボロボロになった体で立ち上がり、棍棒を高く振りかぶって大輔に襲いかかってきた。


「ぐっ! 危ねぇ〜っ!」


ギリギリで“マスターソード”を掲げ、棍棒を受け止める。

「お、おもっ⋯⋯っ!」

歯を食いしばりながら、じりじりと押される。


(うわ〜! モンスターもリアルだな〜! 臭っ、てか見た目キッツ! 気持ち悪っ!)


だが、その一瞬──大輔の中で、何かが“スッ”と整った。

(これ⋯⋯あのゲームと同じ。敵の腕の角度、振り下ろすタイミング──) 


「ッらあぁっ!!」


大輔は剣を捻り、ゴブリンの攻撃をいなすと同時にカウンターで斬りつけた。

一閃。

ゴブリンは呻き声を上げ、そのまま地に崩れ落ちた。


「⋯⋯やっべ、俺ちょっとカッコよかった?」ほんの少しだけ、勇者の自覚が芽生えた気がした。


「流石勇者様!と言いたいところですが⋯⋯ゴブリン相手に苦戦してませんでした?」


ファナは懐疑の目を向ける。


「いや、まぁ⋯⋯実戦は久しぶりで⋯⋯ハハハ⋯⋯」

(こんなにリアルだなんて聞いてないぞ!)


すると、ジョルジュウィンドウが現れ、


---


「ゆうしゃさま チュートリアル かんりょうです グッドラック!」


---


「今のはチュートリアルだったのか⋯⋯ってグッドラックって何だよ。いちいちノリが軽いんだよ」


そして、大輔は小声で呟く。

「⋯⋯消えろ」


ウィンドウはふっと静かに消える。

確認するようにファナの顔をちらりと見る。


「勇者様、どうしました?」

「いや、なんでもない!うん、風が気持ちいいなって!」


(バレてない。よし、これからはこのスタイルでいこう)


大輔はわざとらしく空を見上げ、背伸びをした。

木々の隙間からは、淡い陽光が差し込んでいる。

さっきまでの戦いが嘘のように、森は再び穏やかな気配を取り戻していた。



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