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第3話 疑い

ふたりは再び歩き出す。


「ファナさん、ノエルナ村って、どんなとこ?」

「小さな村ですけど、ちょっと特殊というか⋯⋯あ、パンが美味しいんですよ?」

「パンかぁ⋯⋯」


その響きだけで、大輔の腹がぐうと鳴った。

思わず照れ笑いを浮かべ、ファナも小さく笑う。


ふたりの足音が、森の小径にゆっくりと重なる。

その先には、木立の切れ間から姿を見せ始めた──素朴な屋根と煙突の並ぶ、小さな村の影。


ファナが指差しながら言う。

「勇者様、あれがノエルナ村です」

「わぁ、本当にファンタジー世界の村って感じだなぁ」


胸に漂っていた“ここはどこなんだ”という不安が、少しずつ和らいでいくのを感じる。

この世界も、悪くないかもしれない──そんな錯覚すら抱きかけた、そのとき。


──カツン、と空気が変わった。


村の目前で、見えない何かが空を切り裂いたような音。


次の瞬間、村の境界を包むように、淡く揺らめく透明なドームが展開された。

光の膜が陽に反射し、幻想的でありながら、どこか拒絶の意志を感じさせる。


そして──そのバリアの中から、ひとりの男が現れる。


切れ長の目。

銀髪を後ろで束ねた長身のエルフ。

その顔には明らかに、見下す者の表情があった。


「ファナ、遅かったじゃないか」


その声に、ファナの表情が固まる。

「リーシュ⋯⋯これはどういうつもり?」

「部外者をすんなり村に入れるわけないだろ?⋯⋯本当にそいつは勇者なのか?」


彼の視線が、大輔を値踏みするようにすっと流れる。

その視線に、冷たい何かが混じっていた。


「ファナさん、この人⋯⋯誰?」


戸惑いを隠しきれずに問う大輔。

ファナは小さく息を呑み、少しだけ声を落とした。


「リーシュは、この村の兵をまとめる団長なの。この世界で唯一の“聖戦帰り”よ」


「“聖戦帰り”⋯⋯?」


言葉の意味を咀嚼しきれないうちに──リーシュが、低い声でファナに向き直る。


「ファナ⋯⋯これで“何人目の勇者”だ?」


その言葉に、ファナはわずかに目を伏せる。

答えは、静かだったが、重かった。


「⋯⋯7人目」


「ちょっと待って⋯⋯ファナさん、どういうこと⋯⋯?」


「お前は黙っていろ」


リーシュは切り捨てるように言い放ち、言葉を重ねる。


「他の地域のエルフの村は襲撃され、既に壊滅した。それだけではない。周辺の街や村も同様だ。奴らはすぐそばまで迫っている。お前もそれは分かっているはずだ。そして、このノエルナ村が陥落すれば──我々エルフは絶滅する。恐らく、これが最後の戦いになるだろう⋯⋯」


一拍置いて、鋭く問う。

「それでも、この男に賭けるのか?」


ファナの目がわずかに揺れる──が、すぐに真っ直ぐ前を見据えて、言った。


「⋯⋯何もやらないよりかマシでしょ」


(あ、俺「マシ」ってレベルなのか⋯⋯ってこれ、エルフ狩りどころか世界征服だろ⋯⋯)


そんな内心のぼやきも束の間──

リーシュの手に、火球が灯る。


「え?」


──その火球を突然、容赦なく大輔めがけて放った。


「ぐっっっっっ!!!」


大輔はとっさに“マスターソード”を抜き、なんとか受け止める。

だがその勢いのまま、背後の結界──村を守るバリアへと吹き飛ばされ──


「勇者様ぁぁぁ!!」


ファナの悲鳴と同時に、大輔は空中でぐるりと回転しながらバリアへ突っ込む!


「⋯⋯もう終わりかぁ。早っ」


──そう思った瞬間、


バリアに触れた大輔の背中に、奇妙な感触が走る。

ぐにゃっ、と柔らかく、波のようにバリアが“破れた”。


次の瞬間、大輔は反動で地面に叩きつけられ、勢いよく尻もちをつく。


「いってぇ!!ケツ割れた!!それに⋯⋯背中がサランラップに突っ込んだみたいな感覚⋯⋯」


リーシュは、愕然とその様子を見ていた。

「何っ!?この世界では誰も破れなかったバリアを⋯⋯破った⋯⋯」


──その瞬間、彼は初めて“大輔”という存在を、ただの異邦人ではないと理解した。


「勇者様!大丈夫ですか?」

ファナが駆け寄り、大輔の手を取りながら心配そうに覗き込む。


「う、うん。大丈夫⋯⋯たぶん。でも、バリアっぽいの破っちゃったんだけど⋯⋯リーシュ怒ってない?また火の玉飛んでこないよね⋯⋯?」


すっかり弱気になった大輔の横に、リーシュが静かに歩み寄る。


「あらー、これは流石にいよいよゲームオーバーかも⋯⋯」

ぐったりと尻もちをついたままの大輔の前に、すっと影が差した。


「⋯⋯貴様、認めたくは無いが、“本物”のようだな」

そう言って、リーシュは静かに手を差し伸べた。


一瞬、信じられないというような顔でその手を見る大輔。

けれど、戸惑いながらも、その手を取る。


「⋯⋯ありがと。でも、もうちょい柔らかく迎えてくれても良かったんじゃないかな?」

「この程度で死ぬ勇者など、勇者ではない」


どこか苦笑しながら立ち上がった大輔の顔に、ようやく“村の一員”としての色がにじみ始める。


「ようこそ、ノエルナ村へ──第7の勇者殿」


その瞬間、村のバリアがふわりと波打つように光り、透明だったその結界が、まるで“歓迎の門”のようにゆっくりと消えていった──。



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