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第3話 魔導図書館を脱出~外の世界へ

 メミニと名づけた使い魔。

 黒髪の短髪で肌も浅黒い。おまけに真っ黒なポンチョに身を包んでいる。

 とにかく黒い塊という印象……。


 その黒い塊――メミニが後ろで手を組み、わたしの顔をジロジロと眺めてくる。

 無遠慮な視線。

 紫紺色の瞳が怪しく光っている。


【ありがとう、リアンナ。だいたい1,000年振りだね。といっても、今のリアンナとは初めましてってことになるのかな? もしかして、ちょっと老けた? なんてね。フヒヒヒ】


 クソガキ……。

 初対面の印象は最悪。

 こんなのと世界に2人きり……? 冗談でしょ……。


【冗談だよ~。怒ったの? リアンナはおいらが知っている女の人の中で1番の美人だよ~】


 今度は見え見えのご機嫌取り。

 美人なんて言われたことないわ!

 わたし、一緒に生まれた姉さんの引き立て役でしかなかったもの。姉さんは美人で背も高くて、細身でスラっとしていて、耳も大きくて、稀代の魔力オドを有していて、いつかはエルフを束ねる長になるって……。わたしはその付き人。まあ、姉さんとは双子だし、魔力オドの相性だけは良かったのよね。


【わかっていると思うけれど、一応口に出して言っておくよ】


「……何よ?」


 改まった感じで、ちょっと不気味ね。


【おいらはリアンナの使い魔だから】


「それはわかっているわよ。だから何?」


 使い魔って言っても、わたしの体内で練り込んだ魔力オドを提供しなくても、自力で大気から魔力マナを吸収できるんでしょ?


【それはそう。だからそっちの心配はいらないよ。それにおいらは空間魔法も使えるから、離れたところにある食べ物を取ってきてあげることもできるし】


 へぇ、空間魔法! レアな魔法が使えるのね! わたしも一緒に転移させてもらえるの?


【おいらが練ることができる魔力オドだと、リアンナのサイズはギリギリかな~】


 ギリギリ……。

 たしかにメミニはわたしよりもかなり身長が低いし、体も……。


「って、あなた今!」


 しゃべっていない!

 わたしの心に直接話しかけてきていなかった⁉


【だから~、さっき言おうとしたんだよ。使い魔として契約したから、心がつながっているからねって。考えていることはお互いに隠せないんだ。そのつもりでよろしく~】


「よろしくって……。普通に嫌なんだけど。わたし、プライベートは大切にしたいほうなの」


【1,000年引き篭もっちゃうくらいプライベートを大切にしているのは知っているよ~】


 そういうことじゃなくて……。


【じゃあそろそろ行こうか】


「え? どこに?」


【もちろん外の世界へ】


 外!

 あまり記憶がはっきりしないのだけれど、わたし、外に出るの1,000年振りなのよね……。少し心の準備が……。


【その準備には何年かかりそう? この空間が消滅する前に抜け出さないとおいらたちも一緒に消えてなくなっちゃうんだよ】


「わ、わかっているわよ……」


 でも外の世界って、もうわたしの知っている人たちが誰もいないんでしょ……。それに一度消滅した空間……大丈夫なの?


【ここよりは安全だと思うよ。薄いながらも魔力マナは安定しているし、おいらたちが存在できないほどじゃない】


 そう……なのね……。


【じゃあ空間魔法を使うよ。そこにあるおいらが封印されていた本だけは持っていってくれないかな。とても重要なものなんだ】


「……わかったわ」


 グズグズしていられなそうだし、ここは勢いで何とかしましょう!


 メミニに言われた通り、赤茶色の封印の書をローブの内ポケットに差し込んで仕舞った。

 準備OK!


【ありがとう。じゃあ外の世界と空間をつなげるね。ここの魔力マナはかなり薄いし、短時間しか開けられないから、合図したら急いで通ってほしい】


「わ、わかった!」


【あ、そうそう】


 メミニが何かを思い出したように手を叩いた。


「今度は何……?」


【さっきも言ったけど、おいらが開けられる空間の歪みはとても小さいんだ。このままだと、リアンナの胸とお尻がつっかえちゃうかも?】


「なっ!」


 反射的にローブで身を隠す。

 このエロガキ!


【おいらガキじゃないよ。たぶんリアンナと同じくらいは生きているだよ。使い魔になる時、リアンナの心象イメージから作られたこの体が子どもみたいなだけだよ~】


「まるでその見た目がわたしの趣味みたいに言わないで……」


 わたしにそんな趣味はないわ!


【リアンナが子ども好きかどうかは置いておいて~】


「置いておけないんだけど⁉」


【ちょっとその胸とお尻を引っ込めながらがんばってすり抜けてね】


 そんなのどうやって……。


空間転移spatium detorquere。さあ、開いたよ! 急いで通って~!】


 1mもないくらいの小さな穴が虚空に開いていた。


「ホントに小さい……」


 冗談じゃなくて引っ掛かりそう……。


【おいらが押さえておいたあげようか? ニヒヒヒヒ】


「エロガキ……燃やすわよ……?」


【使い魔を燃やすと、ご主人様も痛い思いをするよ? おいらたち、心も体も全部つながっているからね】


 言い方がすごい嫌……。


【リアンナ! グズグズしていると閉じちゃう。おいらが中から引っ張るから、そのスタッフを差し出して!】


 メミニが空間魔法で空いた穴に飛び込んでいく。

 わたしは言われるがまま、両手でスタッフを握り締め、穴に向かって突き出した。


【引っ張るよ~。絶対放しちゃダメだよ~】


 絶対放さないわよ!

 うぅ、空間魔法を通るなんて初めて……怖い……。


「い、痛い痛い痛い! ホントに引っ掛かっているから!」


 ちぎれる! もっとやさしく引っ張って!


【おいらだって痛いのガマンしているんだよ……】


 メミニの痛みなんて知らないわよ!

 ホントに痛いのはわたし!


【理不尽だなあ。ヨイショ~】


「ぎゃ~~~~~!」


 ち、ちぎれるかと思った……。


【そんな睨まないでよ……。リアンナの胸がすくすく育っているのは昔からだし、おいらのせいじゃないから……】


 また昔の話……。

 ホントに昔のわたしのことを知っているのよね?


【その話は追々にしよう。今はほら、周りを見て】


「あ……」


 外だ……。


【お日様の日差しが暖かいね】


 外だわ……。

 1,000年振りの外の空気。


「なんだかとても懐かしい景色な気がする……」


 あんまり覚えていないけれど。

 それにしても魔力マナが薄い……。下手したら、魔導図書館の中よりも薄い……。


【自然回復はすると思うけれど、魔力マナリソースを大量に使う魔法の使用は避けてね。何が起きるかわかっていないから、少しずつ確かめながらやっていこう】


「何が起きるかわからないってどういう意味?」


【一度、ここの空間が消滅した理由がわかっていないからね。もしかしたら、魔力マナリソースを使い過ぎたことで、空間が自壊したのかもしれないし?】


「そんなことありえるの……?」


【あくまで可能性~。実際降り立ってみてわかったけれど、安定はしているからそこまで心配はしていないけれど、やっぱり魔力マナがかなり薄いし、魔法をバンバン使用する環境には適さないと思うからね】


 それはたしかにそうかもしれないわね……。


 と、急に見慣れないものが目に飛び込んでくる。


「あああああれ! あれ! メミニ、あれ見て! 見たことない人がいる!」


 空間が消滅してみんな死んでしまったって言っていたのに、人がいるじゃない!

 ゆっくりと人が歩いてくるわ!


【落ち着いて。あれは人じゃないよ。この世界では『家畜』と呼ばれているモンスター……でもないか。人を襲ったりはしないおとなしい生き物だよ】


「カチク……? 新しい種族が生まれたということなの?」


【ほら、よく見て。うわ、顔を舐められた! ちょっと臭い……】


 とても体が大きくて、四つん這いになって歩いていて、つるっとした茶色っぽい肌で……背中に大きな荷物を背負っているわね。旅をしているのかしら。


【これは『牛』と呼ばれる家畜だよ。力持ちでたくさんの荷物を運べるんだってさ】


「そうなの……」


 荷物なんて風魔法に乗せて飛ばせば重さなんて関係ないのに。


 何かしら……遠くのほうが騒がしい。


「あっちは何かしら? 火が燃えている? 人⁉ あれは人よね⁉」


 かなり遠くのほうになるけれど、人がたくさん集まっているのが見える。


【あれは……人だね。あれこそが新しい種族ってやつだよ。おいらたちのあとに生まれてきた魔力マナ魔力オドも使わない新しい人類】


魔力マナ魔力オドも使わない? そんなことがありえるの?」


【おいらもにわかには信じられなかったけれど、食物の経口摂取だけでエネルギーを手に入れて生きる種族らしいよ。この目で見たのは初めてだなあ。もうちょっと近寄ってみようよ】


 なんだかたくさん集まっていて楽しそうだし、友好的な種族だと良いわね。



 近寄ってみると、思っていたのと違ったみたい……。


「……メミニ? あれ……は友好的な行為なのかしら?」


 どう見ても、良くない雰囲気を感じるのだけれど?

 小さな人……子どもかしらね。子どもが縛られて木に吊るされていて、火でぐるりと囲まれていて……。


【おいらからも、あれは友好的には見えないね】


「そうよね……」


 比較的大きな人……大人たちが地面に這いつくばっているわね。


「真ん中の子どもがかなり苦しそうよ。なぜ誰も助けないのかしら……⁉」


【助けたくても、火魔法への対抗手段がないのかもしれない?】


「もしかして、魔力マナ魔力オドも使えない種族だから⁉」


 だったらわたしたちが助けないと!


【あ、リアンナ! 軽々に行動しないで!】


 メミニの言葉を無視し、雑に初級の魔法術式を組んで唱える。

 子どもの頭の上から火に向かって流れるイメージ!


水流aqua fluctus!」


 ふぅ……なんとか間に合った……みたいね。


【ああ……やっちゃった……。周辺一帯の魔力マナが完全に枯渇しているよ……】


 うーん。ちょっと波の威力を間違えてしまったかも?

 這いつくばっていた大人たちがどこかへ流されてしまったし……。でも子どもが吊るされていた木は無事ね!


「とにかく子どもを助けましょう!」


魔力マナ不足が原因で、この辺りの空間がねじれたらどうするの……】


「うっさい! もうやっちゃったものは仕方がないでしょう。ねぇ、キミ! 大丈夫⁉」


 息はある⁉

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