「好きだよ。……ずっと、見てた」
社長の言葉が、静かな会議室に落ちた。
息が止まった。
さっきまでの怒りも、苛立ちも、
いま目の前にいるのは、
ただひとりの男性として──わたしを見てくれている人。
その目がまっすぐで、
まるで、私の奥の奥まで全部見透かしているみたいで、
胸の奥が熱くなって、何かがあふれそうだった。
「……わたしも……」
かすれそうな声で、それでも必死に言葉を出す。
「わたしも、ずっと……社長のことが、好きです」
その瞬間、社長の瞳がゆっくり細められる。
そして、迷いも遠慮もなにもなく、
彼は私を抱きしめた。
「やっと聞けた」
その低く甘い声が、耳の奥を震わせる。
「どれだけこの言葉を待ってたか……君にはわからない」
ぐいっと引き寄せられて、
私は社長の胸元にぎゅっと押しつけられた。
香水じゃない、
社長の体温とシャツのにおい。
それだけで、涙が出そうになるほど、
安心した。
「……じゃあ、もう迷うな」
顔をあげさせられて、そのまま、唇が重なった。
熱くて、やさしくて、でもどこか必死なキスだった。
まるで、失ってしまいそうなものを確かめるような、そんな熱。
私の腰に回された手が、
迷いなく、でもそっと強く抱きしめてくる。
「こんなに好きになるなんて思ってなかった」
「……わたしも」
言葉の隙間に、またキス。
ひとつ、またひとつ。
今度は深く、
舌先が触れ合って、体の芯まで熱くなる。
彼の指が頬をなぞり、首筋に沿って撫でてくる。
細い吐息が混じり、息を合わせながら、
ふたりの熱が高まっていくのがわかった。
「……もう、他の誰にも触らせたくない」
その囁きに、胸がきゅうっと締めつけられる。
社長が私を見つめる。
「ここじゃ、足りない」
その言葉に、どきりとした。
次の瞬間、手を引かれ、
ビルのエントランスを抜けて、外へ。
黒塗りの車のドアが開き、
そのまま助手席に乗せられる。
ドアが閉まり、静かな密室に変わる。
社長はハンドルに手を添えたまま、
もう片方の手で、私の手をぎゅっと握った。
「うちに来て。……断られても連れてくけど。君の仕事は全部キャンセルだ」
「……はい」
小さくうなずくと、
社長はほんの少し口元をゆるめて、エンジンをかけた。
その笑みに、わたしの心はすっかり奪われていた。
ブレーキを外す音とともに、
わたしの人生が、少しだけ動き出した気がした。
*
タワーマンションの一室。
高層階から見下ろす夜景は、まるで宝石を散りばめたみたいにきらきらと輝いていて、
その光が窓越しに部屋の中をやさしく照らしていた。
彼の部屋には、洗練されたインテリアが並び、どこを見ても無駄がない。
机の上には各国の新聞や資料が丁寧に重ねられ、生活感よりも知性を感じさせる空間だった。
シャワーを借りて出てくると、バスローブの裾を直しながらリビングに向かう。
リモートワークを終えた社長が、ゆっくりと立ち上がった。
「……緊張してる?」
「……少し」
「大丈夫。絶対に、乱暴なことはしない。
君の気持ちが、ちゃんと乗ってくるまで……待つから」
低くてやさしいその声に、心臓が跳ねた。
彼がそっと手を伸ばし、頬を包むように触れた瞬間──
胸の奥にずっとしまい込んでいた不安や迷いが、ふっと消えていく気がした。
そして、再び唇が重なる。
さっきよりも深く、甘く、呼吸ができなくなるほどに。
「……触れても、いい?」
耳元に囁かれた声が、背筋を震わせた。
答える代わりに、私は目を閉じて、静かにうなずいた。
彼の手が、バスローブの帯をほどき、
そのままゆっくりと、肩をすべらせていく。
露わになった肌に、彼の視線がそっと落ちる。
その視線だけで、まるで触れられたような熱が灯る。
「……きれいだよ」
その一言が、身体の奥まで溶かしていく。
彼の手が、ゆっくりと私の髪を撫で、
首筋に唇が降りてきたとき、
全身に快感が走った。
優しさと情熱が入り混じった口づけは、
どこまでも丁寧で、どこまでも甘い。
指先が、背中をなぞり、
くちびるが、鎖骨を吸うように這っていく。
ベッドに移動してからも、
彼は何度も私の名前を呼び、
まるで祈るように、愛を重ねてくれた。
「……好きだよ、陽菜」
何度も、何度も。
その言葉に、涙がにじんだ。
ずっと欲しかった言葉。
誰よりも、彼の声で聞きたかった言葉だった。
指先の温度が、唇の熱が、
少しずつ深く身体に溶け込んでいく。
鼓動の重なり、息遣い、指の絡まり。
ひとつになるたび、
私は確かに「愛されている」と感じていた。
夜が明けるころ、
私は彼の胸のなかで静かにまどろんでいた。
「……絶対に、もう離さない」
ソファにかけた毛布を直しながら、
彼がぽつりとそう囁いた声は、
夜明けよりもあたたかくて、やさしかった。