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第18話

「好きだよ。……ずっと、見てた」


社長の言葉が、静かな会議室に落ちた。


息が止まった。


さっきまでの怒りも、苛立ちも、

いま目の前にいるのは、

ただひとりの男性として──わたしを見てくれている人。


その目がまっすぐで、

まるで、私の奥の奥まで全部見透かしているみたいで、

胸の奥が熱くなって、何かがあふれそうだった。


「……わたしも……」


かすれそうな声で、それでも必死に言葉を出す。


「わたしも、ずっと……社長のことが、好きです」


その瞬間、社長の瞳がゆっくり細められる。


そして、迷いも遠慮もなにもなく、

彼は私を抱きしめた。


「やっと聞けた」


その低く甘い声が、耳の奥を震わせる。


「どれだけこの言葉を待ってたか……君にはわからない」


ぐいっと引き寄せられて、

私は社長の胸元にぎゅっと押しつけられた。


香水じゃない、

社長の体温とシャツのにおい。


それだけで、涙が出そうになるほど、

安心した。


「……じゃあ、もう迷うな」


顔をあげさせられて、そのまま、唇が重なった。


熱くて、やさしくて、でもどこか必死なキスだった。


まるで、失ってしまいそうなものを確かめるような、そんな熱。


私の腰に回された手が、

迷いなく、でもそっと強く抱きしめてくる。


「こんなに好きになるなんて思ってなかった」


「……わたしも」


言葉の隙間に、またキス。

ひとつ、またひとつ。


今度は深く、

舌先が触れ合って、体の芯まで熱くなる。


彼の指が頬をなぞり、首筋に沿って撫でてくる。


細い吐息が混じり、息を合わせながら、

ふたりの熱が高まっていくのがわかった。


「……もう、他の誰にも触らせたくない」


その囁きに、胸がきゅうっと締めつけられる。


社長が私を見つめる。


「ここじゃ、足りない」


その言葉に、どきりとした。


次の瞬間、手を引かれ、

ビルのエントランスを抜けて、外へ。


黒塗りの車のドアが開き、

そのまま助手席に乗せられる。


ドアが閉まり、静かな密室に変わる。


社長はハンドルに手を添えたまま、

もう片方の手で、私の手をぎゅっと握った。


「うちに来て。……断られても連れてくけど。君の仕事は全部キャンセルだ」


「……はい」


小さくうなずくと、

社長はほんの少し口元をゆるめて、エンジンをかけた。


その笑みに、わたしの心はすっかり奪われていた。


ブレーキを外す音とともに、

わたしの人生が、少しだけ動き出した気がした。




タワーマンションの一室。


高層階から見下ろす夜景は、まるで宝石を散りばめたみたいにきらきらと輝いていて、

その光が窓越しに部屋の中をやさしく照らしていた。


彼の部屋には、洗練されたインテリアが並び、どこを見ても無駄がない。


机の上には各国の新聞や資料が丁寧に重ねられ、生活感よりも知性を感じさせる空間だった。


シャワーを借りて出てくると、バスローブの裾を直しながらリビングに向かう。


リモートワークを終えた社長が、ゆっくりと立ち上がった。


「……緊張してる?」


「……少し」


「大丈夫。絶対に、乱暴なことはしない。

君の気持ちが、ちゃんと乗ってくるまで……待つから」


低くてやさしいその声に、心臓が跳ねた。


彼がそっと手を伸ばし、頬を包むように触れた瞬間──

胸の奥にずっとしまい込んでいた不安や迷いが、ふっと消えていく気がした。


そして、再び唇が重なる。


さっきよりも深く、甘く、呼吸ができなくなるほどに。




「……触れても、いい?」


耳元に囁かれた声が、背筋を震わせた。


答える代わりに、私は目を閉じて、静かにうなずいた。




彼の手が、バスローブの帯をほどき、

そのままゆっくりと、肩をすべらせていく。


露わになった肌に、彼の視線がそっと落ちる。


その視線だけで、まるで触れられたような熱が灯る。


「……きれいだよ」


その一言が、身体の奥まで溶かしていく。




彼の手が、ゆっくりと私の髪を撫で、

首筋に唇が降りてきたとき、

全身に快感が走った。


優しさと情熱が入り混じった口づけは、

どこまでも丁寧で、どこまでも甘い。


指先が、背中をなぞり、

くちびるが、鎖骨を吸うように這っていく。




ベッドに移動してからも、

彼は何度も私の名前を呼び、

まるで祈るように、愛を重ねてくれた。


「……好きだよ、陽菜」


何度も、何度も。


その言葉に、涙がにじんだ。


ずっと欲しかった言葉。

誰よりも、彼の声で聞きたかった言葉だった。


指先の温度が、唇の熱が、

少しずつ深く身体に溶け込んでいく。


鼓動の重なり、息遣い、指の絡まり。


ひとつになるたび、

私は確かに「愛されている」と感じていた。


夜が明けるころ、

私は彼の胸のなかで静かにまどろんでいた。


「……絶対に、もう離さない」


ソファにかけた毛布を直しながら、

彼がぽつりとそう囁いた声は、

夜明けよりもあたたかくて、やさしかった。

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