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義弟を選んだくせに、離婚して後悔?
義弟を選んだくせに、離婚して後悔?
綾瀬 ひより
現実世界ラブコメ
2025年08月01日
公開日
3.7万字
連載中
横浜。30歳の誕生日。娘と共にケーキを囲んで妻の帰りを待つ木村健介。 しかし、妻・晴美は「義理の弟」とされる年下の部下・裕介と豪勢な祝賀会の真っ最中だった――。 「ただの弟よ」と言い張る晴美。 「じゃあ、腕を組む必要があったか?」と怒りを滲ませる健介。 交差する視線と揺れる信頼、崩れていく家族の形。 父として、夫として、男として――健介は“本当の敵”と向き合う決意をする。 誕生日に始まった修羅場は、嘘と真実、愛情と裏切りが渦巻く泥沼劇へと発展していく。 彼女が選んだのは「家族」か、「弟」か――?

第1話 杯の出来事


横浜市、桐雲台。


「晴美、もう仕事終わった?莉央と一緒に家で待ってるよ」

木村健介は、娘の木村莉央が期待に満ちた目で見つめる中、妻に電話をかけた。優しい口調だった。

今日は彼の三十歳の誕生日で、ダイニングテーブルには大きなバースデーケーキが用意されている。


「あなた……」妻の木村晴美の声には迷いがあった。「帰りが遅くなるわ。会社で大きなプロジェクトが終わったから、みんなでお祝いすることになって……」

木村健介の笑顔が一瞬固まったが、それでもなお言葉を継いだ。「晴美、お祝いは明日でもいいだろ?今日は……僕の誕生日なんだ」


電話の向こうで沈黙が落ちる。

木村健介の胸が重くなった。

しばらくして、木村晴美が申し訳なさそうに言った。「お祝いは前から決まってたの。みんなの楽しみを壊したくない。あとで帰ったら一緒にお祝いしよう、ね?」


木村健介の顔から笑みが消え、低い声で呟いた。「……お祝い、あいつのためだろ?」

木村晴美はすぐに弁解した。「そんなことないわよ!プロジェクトは裕介が中心だったけど、みんなのためのお祝いなの!」


「自分に言い訳しても仕方ないだろ」

木村健介が皮肉っぽく笑った。

その言葉に、木村晴美が怒りをあらわにした。「もう、いい加減にして!何度言ったらわかるの?私と裕介の間にやましいことなんてない!たかが誕生日じゃない、帰ってくるって言ってるでしょ!」


「たかが誕生日、か……」

木村健介はこれ以上娘の前で言い争いたくなく、電話を切った。


六歳の莉央がしょんぼりと聞いた。「ママ、帰ってこないの?」

「大丈夫だよ、莉央。ママ、あとで帰ってくるから、先にテレビ見てて」

木村健介は無理に笑顔を作った。


ラフな服装で、すらっとした体格に端正な顔立ち。大学時代に晴美のような女性を射止めたのも納得だった。

もちろん、晴美も圧倒的な美しさで、まさに誰もが振り返るほどの存在。

28歳になり、少女のあどけなさを脱ぎ捨てたその姿は、一層の魅力と色気を放っている。社長という肩書きも相まって、横浜では有名人だ。


妻のことを思い出しながら、木村健介の口元に自嘲の笑みが浮かぶ。大学卒業前、晴美が予期せぬ妊娠をしたとき、家族の反対を押し切って自分と結婚してくれた。そんな晴美に感謝し、結婚後は彼女を大切にしてきた。晴美が起業し、彼は家で娘の世話をし、夫婦で支え合ってきた、満ち足りた日々だった。


しかし――すべてが変わったのは三か月前からだ。

その頃、晴美の会社にインターンの青年が入ってきた。最初は気にも留めなかったが、晴美がその青年――裕介の話をする回数が次第に増え、不安が募っていった。

そして今日、義理の弟のために祝賀会を開くという理由で、自分の誕生日を後回しにされた。


木村健介は、夫婦の危機を感じていた。小さくため息をつき、「晴美、いったい君は何を考えてるんだ……」と呟いた。


タバコを吸ってリビングに戻っても、晴美からの連絡はなかった。時計を見て、「莉央、ケーキ食べようか」と声をかける。


「うん!」莉央はすぐにソファから飛び降り、テーブルに駆け寄った。

木村健介はケーキのロウソクに火を灯し、あたたかな光が娘の笑顔を照らした。「莉央、一緒にロウソク吹き消して、お願いごとしようか」

「うん!」莉央は力強くうなずき、ふたりは顔を見合わせて微笑んだ。

「ふーっ」

ロウソクの火が消え、莉央が手を叩く。「パパ、お誕生日おめでとう!」


その瞬間、木村健介の目が熱くなった。娘の手を握り、かすれた声で「パパの願いは、莉央が毎日幸せでいることだよ」と伝えた。


夜の九時。

娘にお風呂を準備し、一人で入らせてからベッドへ運び、寝かしつけてようやく一息ついた。


ソファに座り、スマホで動画を見始める。

何気なくスクロールしていると、ふいに手が止まった。

スマホの画面に映った光景に、心臓を鷲掴みにされたような痛みが走る。

手が震え、画面を拡大する。間違いない――映っているのは、長年連れ添った妻その人だった。


画面の中、美しい女性がグラスを掲げ、その腕には男の腕が絡んでいる。

これは……まさに“杯の出来事”。

しかも、女性は木村晴美だった。


動画のタイトルは「晴美社長と裕介主任、末永くお幸せに!」とあった。


全身が凍りつき、心臓が締めつけられる。木村健介は震える手で画面をスクリーンショットし、苦しみと決意の入り混じった目で見つめた。自分は黙って我慢するような人間じゃない。


すぐに立ち上がる。

その目には、痛みの奥に強い決意が宿っていた。

自分の信念に背くことはできないし、見て見ぬふりもできない。

許せない。

こうなった以上、祝賀会の現場へ乗り込むしかない。


木村健介はスマホを手に取り、義姉の三浦雪絵に電話をかけた。

雪絵は同じマンションの一階下に住んでいて、独身。

五分後、晴美にそっくりな女性が不機嫌そうに部屋に入ってきた。「ちょうどお風呂に入ろうと思ったのに、何?」


三浦雪絵はいつも木村健介を良く思っていない。

「雪絵さん、急用で出かけなきゃいけない。莉央をお願いできる?」

木村健介は落ち着いた様子で頼んだ。


雪絵は怪訝そうに眉をひそめたが、姪のことは大好きだった。「わかったわ、莉央と一緒に寝てあげる」


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