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第10話


 授業が終わり、夕食までの自由時間。この時間が唯一バレエのための身体作りができる時間であり、ファルファレルロと話ができる時間だ。カシモラルに騎士訓練の時に使う運動着に着替えさせてもらう。

 以前、着替えをせず昼用のワンピースのままスクワットをしていたらカシモラルに怒られた。それ以来短い時間だが必ず着替えさせてくれる。私としても運動着の方が心置きなくストレッチができて嬉しいのでお願いする。

 ちなみに私がストレッチや筋トレしている理由はもちろん『バレエダンサーになるための基礎訓練』なのだが、カシモラルは「軍務の重要性をご理解いただけて何よりです」と、喜んでいる。ごめんねぇ、違うんだぁ。


「では、夕食前の湯浴みの準備ができましたら声をかけさせていただきます」


 そう言ってカシモラルは退出した。

 自室にひとりきりになったのを確認してファルファレルロを呼び出す。


「ファルファレルロ様、お聞きしたいことがあります」

「なんだ?」


 手のひらからニュルリと出てくる。最初は怖かったけどもう慣れた。


「ヨートェンヘイム建国のお話を教えてもらったけれど、悪魔の書の話が出てこなかったんです。いつから封印されてたんですか?」


 前屈しながら質問をする。


「建国当初からだ。本当に出てこなかったのか?建国書紀をサーガ、聖書をエルダと呼ぶように悪魔の書はグリニアと呼ぶ。グリニアの記述はなかったか?」


 私は足首をぐりぐり回しながら思い返す。


「んー、無い」


 ファルファレルロの反応を伺う。怒り出すのか、嘆くのか。しかしどちらでもなかった。


「それは好都合だ。吾を警戒している者はいないということだからな」


 上機嫌。なら良い。

 しかし授業で少しもグリニアの情報が得られなかった。残りのグリニア入手方法を一応は考えなければならない、一応。ファルファレルロと同じく他の公爵家の祈りの間だろうという予想から一歩も先に進まない。


 ま、今日はこのくらいでいっか。


 明日は実母バティンと初めて一緒に祈りの間に入るのだ。祈りの間リベンジ。次はしっかりやり切るんだと、ファルファレルロに教えてもらった魔力を流す感覚を思い出しながら腹筋を始めた。






「おはようございます、お母様」

「おはようハーゲンティ」


 リベンジ当日。朝食を終え、バティンの部屋に入る。ここで注意事項を確認してから祈りの間へ向かうことになっている。


「どうぞ座って」


 バティンに席をすすめられる。


「帰敬式から1月と少し、祈りの間へ向かうことに忌避感はありませんか?」


 バティンの気遣いに微笑んで見せる。私は死にかけたのだ。普通の6歳なら怖がって入りたくないと泣いてもおかしくないだろう。しかし私としては自分の記憶というより後味の悪い映画を見せられた感覚に近い。トラウマにはなっていない。


「問題ありません」


 元気よく返事をする。


「では、祈りの間へ入る条件からお話しましょう」


 バティンが話し始める。祈りの間に入るのに血は関係がないとのことだった。魔法のカギが必要になるので、魔力を持っていることは必須条件だが、血族である必要はなく、また魔力量も関係がなかった。


「入るために必要なカギ、これは公爵が交代する時に王から与えられ、それまで使用していたカギは全て使えなくなります。その後も子が生まれ、必要なカギが増えるたびに王へ申請するのです。これ以上の詳細をわたくしは存じませんが、誰でもカギを手にできるわけではない、これは分かりますね?」


 バティンの言葉にうなづく。


「初代王が光の聖獣アルラディ様から賜ったエッダの中にある秘術だそうです」


 すごい。私は感動で目を輝かせる。神話の突拍子もない話は前世の世界にもたくさんあったが、実際に見たことも感じたこともなかったので異世界に来たのだと改めて感じた。この世界に来て魔法道具を使った私が最初に抱いた充電電池、家電みたいだという感想が神秘的な光景に上書きされる。

 この後は魔力を自分の意思で動かす練習として少しだけ、加工前の魔石を触らせてもらった。自由に魔力を操れるようにならないと、魔法道具に魔力を流しすぎてしまったり、魔力が尽きるまで魔法を止められなくなってしまい危険とのこと。

 自分で魔力の流れを止められなかったから祈りの間で魔力枯渇を起こしたのだとファルファレルロに言われたなと思い出す。


「ハーゲンティが魔力の扱いに慣れるまでは、ここで魔石を使って魔力を動かす練習をしてから祈りの間へ一緒に向かいましょう。領地の結界のための祓詞(はらえことば)は祈りの間の中で教えます。さ、移動しましょう」


 事前準備はここまでのようだ。バティンと一緒に廊下に出る。

 祈りの間は城の奥に位置しているため生活区域からそこそこ距離がある。移動中に魔法についてバティンに尋ねてみた。


「お母様、魔力を魔法に変えるのは魔獣を倒す時だけなのですか?その時も祓詞を唱えるのですか?」


 バティンが難しいけれど理解できるかしら、と言いながら答えてくれる。


「魔獣を倒す以外にも魔法は使われます。魔法道具を分解、させてあげられませんが、中に祓詞が刻まれ、そこに魔力を流すことで魔法に変えるのです。魔石と組み合わせることで長時間魔法道具を動かせるのですよ」


 祈りの言葉を直接書き込むのか、と話を聞いてお頭の片隅に耳なし芳一を思い出してしまう。あの方法はこの世界でも効果ありそうだな?


「そして魔獣を倒す時にも祓詞を唱えます。サーガに記されているように、聖獣様に祈ることで魔力が魔法に変わるのです。ただ、祓詞は長いので戦闘中に唱える時間はありません」

「一刻を争いますよね、どうするのですか?」


 ものすごい早口の練習をするのだろうか、神社のお札(ふだ)みたいに祓詞を書き込んだ紙を事前に大量に用意しておくのだろうか。と、色々考えてみたが、勉強ノートとして木札を使ってる国だから紙の普及率を考慮すると、戦場で紙ばら撒くなんて無理だろう。バティンの回答を待つ。


「7柱の聖獣様から与えられた叡智、呪文(ウケヒ)を唱えるのです」


 呪文、来た。


 私の頬が緩む。


「火を出す、水を出す、こういった単純な魔法は呪文を唱えます。呪文は祓詞の一種で、長さはそうですね、人の名前と同じくらいでしょうか」

「それなら戦いながらでも問題なく使えますね」

「騎士たちとの訓練が始まれば基礎呪文を教えられます。頑張って練習してください」


 騎士たちとの訓練の言葉にウっとなりながら、流れで呪文と祓詞の違いも教えてもらう。呪文は短く単純な魔法が多いため、子爵や男爵といった魔力量の少ない貴族でも使うことができる。祓詞は長く、必要な魔力量が増えるので伯爵家以上でないとなかなか魔法に変換されないそうだ。その分多くの効果が得られたり複数の現象を同時に引き起こすので、魔力量に関係なく使える魔法道具という形に落とし込む研究がされているとのこと。


 研究してくれた人たちありがとう、虫除けの魔法道具、ありがたく使わせてもらってます。


 心の中でいっぱい感謝していると、一つ疑問が湧いてきた。


「お母様、祓詞や呪文を唱えないと魔力は魔法にならないのですよね。なら、魔力をただ放出することは何も効果がないのですか?」


 ザブナッケに魔力を当てられ意識が朦朧としていたことがあるので、何の効果もないはずは無いが、今の話だとそうなる。どういうことだろう。


「伯爵、いえ侯爵家以上の魔力量があれば、魔力を自身の想像力で魔法のように使うこともできます」


 なんと!やはり呪文は絶対に必要なものでは無いようだ。


「ですが魔力効率が悪く、呪文を唱えた時と同じ効力を得るためには、その何倍もの魔力量を消費します」


 なななんと!

 意外や意外、祈った方が魔力の使用量が少なかった。なら祓詞と呪文を覚えるのは必要だ。この後祈りの間で祓詞を覚える予定になっているが、短いことを願う。


「それに、魔力量だけでなく想像力も必要です。例えで火を出すとしましょう。形、色、大きさ、温度、さまざまな様子をしっかり頭の中に描くことができなければ魔法になりません。これが呪文なら、唱えて必要な分の魔力を手から放出するだけで魔法になり火を出せます」

「火の温度って、触って確認できませんよね」

「えぇ、呪文を使わずに火を出せる人はきっといないでしょうね」


 ふ~ん、祓詞や呪文が重要で、聖獣様の存在は日常生活に結びついているんだ。面白いな。まぁ日本も何かあると神社でお祈りしてお守り買って帰るし、似たようなもんかぁ。あ、それより魔法使いになったのだから、1番重要なことを聞いておかなきゃ。


「お母様、空を飛ぶ時は呪文ですか?それとも魔法道具を使うのですか?ホウキとか」


 これだ。全人類の夢と希望。火を出すのもすごいけど、やっぱ空、飛びたいよね。


「なぜホウキなのです?その前に人は飛べません」

「え」


 絶句。表情を取り繕えないレベルのショック。


「ふふ、人には翼がないでしょう」


 そんな、呪文を使えば手から火が出せるのに空が飛べないなんて嘘だ。うそうそうそうそ。


 私は真剣に考え込む。空を飛ぶための魔法道具、呪文、一切なし。バティンは人間に翼がないからだと言う。前世の世界はどうだったか、西洋の妖精の絵を思い出すと羽が生えているし、日本の妖怪図も空を飛ぶ天狗は翼が生えていた。昔の人は翼なしに飛ぶことは人間じゃなくても不可能という考えだな。この世界は想像力で魔法が使える世界なのに、想像力が常識に負けてしまうなんてこんな悲しいことがあるだろうか。


 なら、試してみよう。


 私は立ち止まって全身に魔力を巡らせる。そして超能力バトル漫画の世界を想像する。今の私はサイコキネシス。物理法則に干渉する能力者だ。そう自分に言い聞かせてどんどんと魔力を体内で動かす。


「ハーゲンティ、いったい何を……」


 しているの、とバティンが言い切る前に私の体が宙に浮いた。

 というより勢いよく跳ねた。


「ハーゲンティ様!」


 いち早く気づいたケレブスがスカートを掴んでくれたおかげで、


ゴンっ


 と頭を天井にぶつけるだけで済んだ。


「ほああああああ」


 痛いもんは痛い。私は貴族らしくないマヌケな声をあげて座り込む。


「ハーゲンティ様ご無事ですか」


 側近たちに囲まれる。


「大丈夫です、これは、練習のしがいがありますね」


 顔を上げてケレブスを探す。一歩離れたところで跪いていた。


「ケレブス、ありがとうございます。あなたがいなかったら、わたくしきっと天井にめり込んでいました」


 助かりましたと声をかけるとケレブスは視線を上げでくれた。その顔は今にも泣き出しそうだ。


「どうしたのですかケレブス」

「ハーゲンティ様、どうしたと言いたいのはわたくし達です」


 ケレブスではなくカシモラルが青い顔で言う。私はなんと言えばいいか言葉が見つからないので今の感想を述べておく。


「人は、飛べました」


 グッと握り拳を作る。


「お母様がおっしゃった通り、魔力消費量が多いように感じます。長時間空を飛ぶのは難しいようです。ですが緊急回避など、短時間でも飛べるようになればかなり便利ではないかと思います」


 ケレブスの手を借りて立ち上がる。

 魔石に魔力を込めるのと、自身の体に魔力を巡らせ作用させるのとでは勝手が大きく違うと感じた。しかし上手く扱えるようになれば空を飛べるだけではない、アクロバティックなダンスを安全に踊れるようになる。バレエは靭帯損傷などあらゆる怪我と隣り合わせで、団員たちの怪我をたくさん見てきた。私自身もそこまで酷くはないが、肉離れやぎっくり腰に何度も悩まされた。これは、なんとしても習得しなければ。


 私のやる気がグングン上がっていった。





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