「1」
ーー「石山県松山市・棚木町」ーー
その日は気分が最悪だった。
道端に転がる空き缶を、鬱憤をぶつけるように蹴り飛ばす。
名前は厚川真也(あつかわ・しんや)、32歳。
職業? まあ、今はフリーター。コンビニ、居酒屋、倉庫バイト……漂う日々。
彼女に浮気された。しかも、二股。
おまけにその“もう一人”の男が、手切れ金まで出してきた。
屈辱の中で「ごめんね」と言われた俺は、何も言えずにその場を立ち去った。
その帰り道だった。
ぺたり、と靴底に柔らかい感触。紙切れだった。
その場で拾い上げる。封筒もなく、無造作に落ちていた便箋一枚。
達筆というより、不気味にうねった赤茶色のインク。
⸻
「これは、オチがある手紙です。
あなたが新しい恋人を作ったとき、あなたは死にます」
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……は?
妙にリアルな筆跡に、ぞわりと鳥肌が立つ。
これは――まさか、呪いの手紙?
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「2」
ーー「喫茶 九華」ーー
「それ、もしかして……**落チ紙(おちがみ)**じゃないかしら」
ミサキはコーヒーをすする手を止めた。
元カノ。今は怪異専門のWEBライターをしている。
俺たちは一度別れたけれど、今は友人としてたまに会う。
「落チ紙? なんだそれ」
「都市伝説系怪異の一種。呪詛の文書。
血や怨念で書かれた手紙で、書かれた通りの“オチ”が起こるのよ。
でもほとんどはデマ。封筒がなければまず偽物だけど……」
俺は無言でテーブルに手紙を置いた。
それを見たミサキの顔色が、すっと変わる。
「……これ、本物かも」
彼女はそうつぶやいた。
「どうすりゃいいんだよ!」
俺は思わず声を荒げた。
「俺、これ拾っただけで呪われてんのか!? どうすりゃ助かんだよ!」
「落ち着いて」
ミサキは真顔で告げる。
「この手紙は、“新しい彼女”ができたら死ぬって書いてある。
だったら――恋人を作らなければいい」
「はぁ!?」
それが一番無理だってのに。
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「3」
ーー「居酒屋チェーン 丸山」ーー
翌日。俺はバイトに出ていた。
皿を下げ、酒を運び、オーダーを通す――
この忙しさが、呪いの存在を一瞬だけ忘れさせてくれる。
「厚川くん、2番テーブルお願い」
「はいはい」
だが、バイト終わりに後輩の神川に呼び止められる。
「……あの、真也さん。よかったら……付き合ってほしいです」
神川は俺の好みのタイプだった。素直で、笑顔がかわいくて。
でも――このタイミングで!? 俺の中の警報が鳴り響いた。
「……ごめん」
断った。すぐに。感情を殺して。
その夜、神川はバイトを辞めた。二度と姿を見せなかった。
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「4」
ーー「数年後・海岸沿いの断崖」ーー
「真也、早く早くーっ!」
白いワンピースが、潮風に揺れる。
ミサキ。あれから色々あって――また付き合うようになった。
“新しい彼女”ではない。だから、落チ紙の呪いにも引っかからない。
……そう信じていた。
けれど、その日は違った。
「しんちゃん。あの時、私……いなかったでしょう?」
ミサキは、突然ふいに立ち止まった。
「数ヶ月、誰にも言わず失踪した理由……思い出したの」
その声が、異様に冷たかった。
「あなたに近づく“何か”を払うため、私は自分を封じたの。
でももう、限界みたい」
彼女は崖の縁に立つ。
「ねえ、しんちゃん。一緒に――オチてくれる?」
俺は走った。手を伸ばした。間に合わなかった。
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「5」
ーー「どこかの茶室」ーー
「……ふむ。よくできた話だねぇ」
おばあちゃんがほうじ茶をすする。
「ズズズ……まあまあ怖かったわね」
「ありがとう。最新ネタなのよ」と、**鐘技友紀(かねわざ・ゆき)**は笑う。
「ところで友紀、お前に手紙が来てるよ」
「え? 誰から?」
封筒を開ける。そこにはこう書かれていた。
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「これはオチがある手紙です。
あなたは、外に出かけて
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「まさか、ラブレター……!?」
そのままウキウキしながら外に出た友紀。
頭上から何かが落ちてくる。
べしゃっ
……カラスのフンだった。
「…………オチた。心底、オチこんだわ……」
⸻
落チ紙 完