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第五話「落チ紙」

「1」


 ーー「石山県松山市・棚木町」ーー


 その日は気分が最悪だった。

 道端に転がる空き缶を、鬱憤をぶつけるように蹴り飛ばす。

 名前は厚川真也(あつかわ・しんや)、32歳。

 職業? まあ、今はフリーター。コンビニ、居酒屋、倉庫バイト……漂う日々。


 彼女に浮気された。しかも、二股。

 おまけにその“もう一人”の男が、手切れ金まで出してきた。

 屈辱の中で「ごめんね」と言われた俺は、何も言えずにその場を立ち去った。


 その帰り道だった。

 ぺたり、と靴底に柔らかい感触。紙切れだった。

 その場で拾い上げる。封筒もなく、無造作に落ちていた便箋一枚。


 達筆というより、不気味にうねった赤茶色のインク。


 ⸻


「これは、オチがある手紙です。


 あなたが新しい恋人を作ったとき、あなたは死にます」


 ⸻


 ……は?

 妙にリアルな筆跡に、ぞわりと鳥肌が立つ。

 これは――まさか、呪いの手紙?


 ⸻


「2」


 ーー「喫茶 九華」ーー


「それ、もしかして……**落チ紙(おちがみ)**じゃないかしら」

 ミサキはコーヒーをすする手を止めた。


 元カノ。今は怪異専門のWEBライターをしている。

 俺たちは一度別れたけれど、今は友人としてたまに会う。


「落チ紙? なんだそれ」


「都市伝説系怪異の一種。呪詛の文書。

 血や怨念で書かれた手紙で、書かれた通りの“オチ”が起こるのよ。

 でもほとんどはデマ。封筒がなければまず偽物だけど……」


 俺は無言でテーブルに手紙を置いた。


 それを見たミサキの顔色が、すっと変わる。


「……これ、本物かも」

 彼女はそうつぶやいた。


「どうすりゃいいんだよ!」

 俺は思わず声を荒げた。

「俺、これ拾っただけで呪われてんのか!? どうすりゃ助かんだよ!」


「落ち着いて」

 ミサキは真顔で告げる。

「この手紙は、“新しい彼女”ができたら死ぬって書いてある。

 だったら――恋人を作らなければいい」


「はぁ!?」

 それが一番無理だってのに。


 ⸻


「3」


 ーー「居酒屋チェーン 丸山」ーー


 翌日。俺はバイトに出ていた。

 皿を下げ、酒を運び、オーダーを通す――

 この忙しさが、呪いの存在を一瞬だけ忘れさせてくれる。


「厚川くん、2番テーブルお願い」

「はいはい」


 だが、バイト終わりに後輩の神川に呼び止められる。


「……あの、真也さん。よかったら……付き合ってほしいです」


 神川は俺の好みのタイプだった。素直で、笑顔がかわいくて。

 でも――このタイミングで!? 俺の中の警報が鳴り響いた。


「……ごめん」

 断った。すぐに。感情を殺して。


 その夜、神川はバイトを辞めた。二度と姿を見せなかった。


 ⸻


「4」


 ーー「数年後・海岸沿いの断崖」ーー


「真也、早く早くーっ!」


 白いワンピースが、潮風に揺れる。

 ミサキ。あれから色々あって――また付き合うようになった。

 “新しい彼女”ではない。だから、落チ紙の呪いにも引っかからない。

 ……そう信じていた。


 けれど、その日は違った。


「しんちゃん。あの時、私……いなかったでしょう?」


 ミサキは、突然ふいに立ち止まった。

「数ヶ月、誰にも言わず失踪した理由……思い出したの」


 その声が、異様に冷たかった。


「あなたに近づく“何か”を払うため、私は自分を封じたの。

 でももう、限界みたい」


 彼女は崖の縁に立つ。


「ねえ、しんちゃん。一緒に――オチてくれる?」


 俺は走った。手を伸ばした。間に合わなかった。


 ⸻


「5」


 ーー「どこかの茶室」ーー


「……ふむ。よくできた話だねぇ」

 おばあちゃんがほうじ茶をすする。


「ズズズ……まあまあ怖かったわね」

「ありがとう。最新ネタなのよ」と、**鐘技友紀(かねわざ・ゆき)**は笑う。


「ところで友紀、お前に手紙が来てるよ」


「え? 誰から?」


 封筒を開ける。そこにはこう書かれていた。


 ⸻


「これはオチがある手紙です。

 あなたは、外に出かけてるでしょう」


 ⸻


「まさか、ラブレター……!?」


 そのままウキウキしながら外に出た友紀。

 頭上から何かが落ちてくる。


 べしゃっ


 ……カラスのフンだった。


「…………オチた。心底、オチこんだわ……」


 ⸻


 落チ紙 完


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