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第三十二話「シノビ笛」

 「1」


  ※この話は夢想家はとべるの終了したすぐ後の話です。


 ーー「石山県夢山市夢野町夢山大学病院」ーー


「和田岡さん。では私たちはこれで」

 そう言って、夢見飛鳥のいる病室の個室から、八木楓、永木桜、梅田虫男の順に出て、最後は楓がドアを優しく閉めた。

 病院内は広く、医師と看護師、患者や見舞い客が頻繁に行き来する。

 突然、グゥーと空き腹する大きな音が病院内鳴り響き、病院にいる人々がこちらに振り向く。

「あら、先生はお腹空きましたか?」

 と、楓の指摘に対して、虫男は必死に首を左右振って否定する。

「俺じゃないぞ?」

「では、もしかして……」

 さっきから俯いたままの桜はそっと手を挙げて。

「……わたし」

 桜はあまりにも恥ずかしいのか、赤面してる。

「丁度ここでお昼しましょう」

 と、楓は提案して桜は両手で顔を隠しながら頷いた。

「ま、おまえの腹の虫が鳴くハラナスコールはわかりやすくて気づきやすいな。はははは?」

 グギュルルと虫男の腹から鳴き声もなり、彼は腹を押さえてうずくまる。

「あら、先生もハラナスコールですか?」

「いい虫鳴いたね~」

 桜の両手はすでに降ろして微笑んでいた。

「い…や。……すまんが先にトイレ行ってくる」

 虫男は腹をおさえながら、ゆっくりとトイレに向かって歩く。

「先に食堂行ってきますよー」と楓の掛け声に対して虫男は了解の返事したので楓と桜は目的地に向かうことにした。


 ーー「食堂」ーー


「いただきまーす♪」

「いただきます」

「いただきますカット」

 楓と桜は食堂で昼食を取った。

  途中に合唱部3人組の1人である右山高子もいたので同席する。

 ここでは病院関係者も多く利用される。特に看護師がかなり多い。

「~♪」

 楓達はこの食堂で注文した日替わりなすび定食に舌鼓を打ってる。

「美味しいね。八木さん。このなすび」

「そうね。このあたりではなすびが有名だからね」

 この夢山市はなすびがたくさん採れることで有名である。特に『夢山なすび』はブランド化されて高級なすびとして全国に出荷されている。

 そのため夢山市の住人はなすびをほぼ主食として捉えるほどだった。

「あふれ?」

 桜はなすびの天ぷらを口に咥えたまま何かに気がつく。

「桜さんどうしたの?」

 楓はなすびそうめんの麺をすすって言った。

「あふれ、ひゃひはんのひりあい?(あれ、八木さんの知り合い?)」

「……何をおっしゃってるのは分からないけど?」

 咥えたなすびを小さな口によく噛んで飲み込んでから、桜はその方向を指でさした。

「あら?叔母さまじゃないの」

 楓達の視線には1人で黙々と食事して肌が白粉にしてる長髪を束ねた女性看護師がそこにいた。

「よう。おまえら待たせたな。高子も来てたか。お、美味そうななすびだな」

 トイレから戻ってきた虫男は楓達が食べてるなすびに注目した。

 そこに白粉肌の女性看護師が楓の視線を感じたのか、手を振ってくれた。

「ん?おまえ達どこを見てるんだ?おふ。これもまた楓よりも超えた美人の女神様だなはは……いっつ!?」

 虫男は驚愕な表情する。

「……先生、帰りに後でお話しあります」

 異様なオーラを放つ楓が持っていた割り箸が真っ二つに割れた。

「……はい」

「八木さんは腹の虫の居所悪いみたいね」

「そうみたいだね」

 と、桜と高子は食事を再開した。


「2」


「こんにちは楓」

「こんにちは叔母さま」

 楓達は食事終えた後、仕事の休憩してる楓の叔母と話すことができた。

 彼女の名前は八木なぎさ。歳は36。

 煌めく黒のロングヘアーにモデルみたいなスラリとした体型である。左手は中古のアナログ腕時計を身につけている。

 楓と同じく白粉肌にしている。凪の勤務先では八木家のしきたりは知ってるため特別許可を得ている。

「あのー。その角見たいな物はなんですか?」

 桜は凪が身につけてる物に注目した。

「あー、これね。これは一種特別な加工した笛なの」

 と、凪は首元に身につけた角笛を取り出した。

「これ笛なんですか?奇妙な変わった形してますね」

 虫男はこの角笛に興味深々だ。

「そうね。この笛は昔のこの辺り伝わるシノビ衆が連絡や伝達に使われた笛。『シノビ笛』ていうの」

「シノビ笛?」

 桜はキョトンとしていた。

「私たちが通常では聴こえない独特な小さな音を出して、シノビ達がこの笛の音を駆けつけてくれるの。この笛はいくつか種類が多くあるので彼らは聴き分けることができる。この病院で例えるならばナースコールみたいな物ね」

 楓達は関心そうに笛を見ている。

「しかし、なんでそんな昔の笛を看護師達は身につけてるのですかね?」

 虫男の指摘に病院内にいる看護師の多くはシノビ笛を身につけている。

「ここは、かつてはお城だったの。今の形の病院になるのは明治初期あたりね。で、最初がきっかけになるのは、この城の近くで起きた合戦で重傷者や病人をこの城でシノビ達が看護や治療したのが始まりと言われてるわ」

 凪は角笛を持ちながら話続ける。

「でね。彼らが合戦時に使用されたシノビ笛を今のでいうナースコールとして使用したの。それが今現在の名残りとして私たち看護師が身につけるようになったわけ」

 凪は茶を一息つく。そして再び口を開く。

「それがきっかけになる夢山怪異談『シノビ笛』が文献として残ってるのよね」

 桜はざわりと周囲から嫌な感じをした。

「叔母さま、先生達にもその怪異談聞かせてもよろしいのでは?」

 桜、虫男、高子は恐る恐るうなずく。

「そうね。あれは今から戦国時代の末期の夏頃ー」

 凪はゆっくりと怪異談を語ってくれた。


「3」


 ーー「夢山城内」ーー


「門を開けよ!」

 城主山尾蟹定英やまおかにさだえいの鶴の一声で頑丈な門戸を開く。

 そこの近くで起きている夢山河原合戦により多くの負傷者、病人、重傷者の兵士達がはこばれていく。

「殿!!ただいま戻りました」

 山尾蟹の家来である金山が同盟相手である紀良長城主の坂場年山さかばとしやまに援軍求めてこちらに戻ってきた。

「して、返答は如何に」

 山尾蟹自身は赤の甲冑を着込んでいて、軍配を携えながら座っている。

「はっ!兵三千ほど援軍寄越すのこと。3日後にはこちらに到着するかと」

 夢山河原合戦では約三千人同士拮抗している。こちらと坂場の援軍に合わすことで大幅に優勢なる。相手敵軍は他の武将から孤立しており、援軍は見込まれない。

「この戦勝ったな……」

 山尾蟹はゆっくりと立ち上がった。

「全軍に告げよ!!援軍来るまで持ちこたえよ。また重傷者や病人は城内に運び出せ!わしからは以上だ!」

「はっ!」と了解した金山は法螺貝を鳴らした。



 山尾蟹は城内の外の庭を歩き手でパンパンと叩き出した。

「お菊いるか?」

 すると廊下の障子からスッと現れてきた。

「殿およびで?」

 野良着を着た歳24になる女子のシノビ衆の若頭領お菊が尋ねた。

「この戦は勝ったもんだ。おまえ達シノビの者にこの城内にいる患者達を診て欲しい」

「はっ!では、そう伝えます。では殿にもこの笛をお持ちください」

 手渡された角笛を見て山尾蟹はじっくりと観察してる。

「この笛を吹けば、我々はこの城の中なら、どこでも駆けつけます。では」

 スッとお菊は消えた。

 (ふむ。一見普通の笛ようじゃな)

 と、山尾蟹は試しに笛を吹いてみることにした。

 スー。スー。

 (ありゃ?この笛は、音はならんぞ?)

 山尾蟹は何度も笛を鳴らす。すると廊下から急いで駆けつけるお菊が向かってきた。

「殿!!何用ですか!?まさかこちらに刺客が?」

「あ、いや……試しに吹いてみただけじゃ」

 と、山尾蟹は照れ臭そうに頭をかいた。

「殿?」

 お菊はジト目する。こうなると山尾蟹は慌てて弁解する。

「すまん、すまん。笛は壊れてなかったし。あとは頼むぞ」

 そそくさと山尾蟹はどこかへ立ち去って消えた。

 お菊は軽く頭押さえて城内にいるシノビ衆の所に戻った。


「4」


「そっちに重傷者が運ばれたわ!診てきて!」

 城内ではシノビ達がいろいろ現場は混雑して治療など往来が激しい。

 (~♪)

「笛の音色が聴こえた!田辺殿からだ。行ってくる」

 シノビ衆は幼少期から笛の音色を聴き分ける訓練をしてる。

 お菊もその例外なく今も昔も音色を聴き分けて駆けつける。

 お菊はその笛の音色がする場所に向かう。


「田辺殿!どうした?」

 田辺は腹を押さえ続けている。

「……腹が痛くて」

 田辺はどうやら、食あたりで腹痛を起こしていた。

 お菊は懐から黒い丸薬を田辺に渡した。

「これを飲めば少し楽になる。ゆっくり飲むといい」

 田辺はうなずくと丸薬を口に入れて飲むとお菊の言う通りに少しずつ楽になった。



「みんな眠ったみたいね」

 そっとシノビ衆の姉御にあたる左子は障子の戸を閉めた。

 城内の外は暗くなり、虫の鳴き声が聴こえる。

 シノビ衆は少し息があがり汗をかいてた。

「さあ、さあ、あんたたちお殿様から差し入れだよ」

 恰幅のいい料理番お春が女中にお膳を持ってきてくれた。

「ほー。これは見事ななすびだな」

 お膳の料理にはこの地で取れたなすびが振る舞われた。

「しっかりと英気を養いな」

「ふむ。かたじけない。なすびは我々の大好物だからな」

 シノビ衆は料理に舌鼓打っていた。

 (~♪)

 お菊は突然食事を手につけるの辞めて立ち上がった。

「どうしたんだい?お菊」

 春は何か心配そうに尋ねた。

「笛の音が聴こえた」

 シノビ衆はキョロキョロと周囲を確認する。

「そうなのかい?わたしには全然聴こえなかったよ?」

 と、春は首をかしげる。

 (~♪)

「かすかに聴こえる。間違いない。少し様子見てくる」

 お菊は灯りを持ち音色がする場所に向かった。


「5」


「この辺りだな」

 お菊が周囲を探索すると部屋で笛を何度も鳴らしている眼帯男の患者がいた。

 お菊は灯りをおろして、患者に近づいた。

「大丈夫か?もう来たから、安心だ。お主の名前は?」

「……佐田山」

 お菊は佐田山の様子を診ると傷口が痛むようだ。

 お菊は急いで替えの包帯を取りにきて、古い包帯を取り外した。

「ぐーうう」

 傷口にはシノビ衆直伝の塗り薬を塗った。

 佐田山の傷口に新しい包帯を巻いてお菊は一安心する。

「佐田山、もう安心だゆっくり眠るといい」

 佐田山はすやすやと眠った。

 お菊はシノビ衆が集まる部屋に戻った。


 ーー「次の日」ーー


「佐田山の具合がどうなってるか、一応確認後してみるか」

 一通り朝の見廻りしたお菊は先日の晩を診た佐田山の様子を見に来た。

「佐田山殿。様子見に来た?佐田山?」

 お菊が佐田山のいた部屋を開けるとそこは空き部屋となっていた。

 お菊はその部屋に入り周囲を確認する。

 (まさか、合戦に戻ったのではないだろうか?あの傷具合では、とてもじゃないけど戦は難しいだろう)

 お菊は佐田山を気にかけていた。

「お菊ーー!!」

 左子がお菊を呼びに来た。

「どうした?左子」

「新しい急患がたくさん来たわ!すぐに来てくれる?」

 お菊はうなずく。

「わかった。今すぐいく」

 お菊はその急患場所に向かった。


「6」


 場内の外では怪我人や重傷者が次々と集まってくる。

「ふむ。この薬を塗れば大丈夫だ」

「かたじけない」

 城内では、部屋の布団の空きがないため、外で治療と看護にあたった。

 中には助けが間に合わなかった者やすでに事が切れた者もいる。

「大将はもうダメだな」

 身内の兵士らしきが筵を被せる遺体に待ったをかける

「待ってくれ」

 お菊は筵を取り外し顔を確認する。

「佐田山……」

 眼帯男の佐田山本人だった。

 身内の兵士がお菊に語ってくれる。

「大将と知り合いか?お気の毒だな。なんでも先日の晩に夜襲遭い、今朝ここに初めて運ばれた時には事が切れたみたいだ」

 兵士は少し俯いた。

「佐田山……ん?これは」

 佐田山が持ってた笛を注目する。

「あー。それか?夜襲にあったときに大将がもうダメだなと思ってたとき、大将がいつのまにか持ってたんだよな。峠を越えた時にはあの大将の安らかな寝顔初めて見たぜ」

「………………」

  お菊は佐田山に笛を離さないよう佐田山の自身の手を優しく握らせた。

 佐田山から離れると身内の兵士は筵を被せて、城内の兵士達を呼んでどこかへ運ばせた。

 お菊は立ち上がり、自分の身につけてる笛をそっと握り締めた。


「7」


 ーー「夢山大学病院」ーー


「合戦は無事勝利してその後、お菊はシノビ衆と一緒にいくつか合戦場で巡り活躍して兵士達の治療と看護にあたったわ」

「お菊の最後はどうなったのですか?」

 桜は興味津々に質問する。

「……それが細かな史料が残ってないの。シノビ衆のわずかな書物とシノビ笛が残ってるだけね」

 凪はお茶を一口飲む。

 そこに凪に尋ねてくる若い女性看護師が向かってくる。

「八木さん。すみません。例の患者なんですけど……」

「ああ、田上さんね。わかったわ。あなたも隠れた患者さんも見つけるようにならないとダメよ」

 凪は仕事に戻る準備する。

「そう言えば叔母さまは視えるでしたね」

 と、楓の指摘に対して凪は、

「あなたたちもここに見つけるといいわね。ここはそういう病院でもあるから、じゃあ私は仕事に戻るわね。おねいさんによろしくね。楓」

 虫男は無視無視無視と唱えていた。

 桜は周囲がまだ気になるようだ。

 高子は喉声の調子を測っていた。

「ええ。お母様にも伝えておきます。叔母さまいってらっしゃいませ」

 楓は凪を見送ると桜と虫男、高子を連れて食堂から出た。


 ーー「とある病室」ーー


「八木さん。本当にここに田上さんいるのですか?」

「ええ。バッチリいるわよ。田上さーん。今きましたよ」

 すると何もない病室から青白い老人男性が現れた。

「ひぃぃぃ」

 若い女性看護師は怯えて驚く。

「田上さん。うちの新米看護師にからかわないでくださいよ」

 凪はクスクスと笑う。

 凪は検温と血圧をチェックした後、田上の病衣を脱がせ巻いてる包帯を確認する。

「あら?この包帯新しいわね。誰がやったのかしら」

 青白い田上は口元動く。

 そして凪はうなずく。

「八木さん。田上さんはなんて?」

「どうも先輩方がやってくれたみたいわよ。あの人たちも隠れた患者をすぐ見つけるのは専売特許だからね。あなたも見習いなさい」

 若い女性看護師は何度もうなずく。

 田上の病衣を整えた後、凪達は別の患者に診て回った。


 シノビ笛 完

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