送り出された世界には、緑豊かな大地が広がっていた。見たことのない草木が青々と茂っている。
空を飛ぶ鳥にはツノが生えていたり、地面を走る小動物には目が三つ付いていたりもする。
「おおー! ザ・RPGの世界観だ!」
感動しながら拳を握り締めると、手には一本の杖が握られていた。これが魔法使いの杖なのだろう。
「魔法、使えるかな?」
呪文を教えられていないということは、魔法は無詠唱で使うのだろうか。それとも自分で詠唱呪文を決める?
さすがに呪文が必要なのに、何も教えられずに放り出されることは無いはずだ……親切設計のゲームならば。
「こんにちは。君は新人だよね?」
そわそわしながら周辺を見回していると、近付いてくる人影があった。
人間の少女と猫型の獣人娘とエルフのお姉さんの三人だ。
「どうして分かるの?」
「分かるよ。だってきょろきょろしてたもん。初めてこの世界に来たことがモロバレだよ」
「なるほど」
きっと今の僕は、都会の様子に圧倒されている田舎者のように見えるのだろう。
実際、その通りだ。僕はVRMMOで体験するファンタジー世界に圧倒されていた。
「でも、どうして僕に話しかけてくれたの? 新人は何人もいるのに」
「イケメンだからよ! ちょっと童顔気味だけど、そこがまたいいわ。これからの成長が楽しみなアイドルの卵みたい!」
人間の少女が興奮気味に言った。
「……そんな理由で話しかけたの?」
羞恥に耐えつつイケメンキャラを作成したことが、こんなにもすぐ結果に表れるとは。
しかし当然のことながら理由はそれだけではないらしく、獣人娘とエルフのお姉さんが、俺に向かってイケメンと連呼する少女を後ろに下がらせた。
「顔面だけじゃなくて、お前が魔法使いだからニャ。掘り出し物だったらパーティーに欲しいニャ」
獣人娘が僕の持つ杖を興味深そうに眺めた。
「パーティーへの勧誘……だね?」
「はい。私たちは魔法使いのいないパーティーなので……と言いますか、この世界には魔法使いが極端に少ないんです。なので、もしあなたが魔法の使える新人なら、ぜひパーティーに加わってほしいんです」
「でも僕はまだこのゲームを始めたばっかりだから、レベルは一だと思うよ」
僕の言葉を聞いた人間の少女が、ニヤニヤと笑った。
「へーえ、ふーん。まだ知らないんだあ。そうだよね、新人だもんね。じゃあ親切なあたしが教えてあげる」
人間の少女が得意げな顔で解説を始めた。
「このゲームにはね、レベルの概念が無いのよ」
「レベルの概念が……無い?」
「はい。攻撃力は、脳から送る信号によって決まります。そのため同じプレイヤーでも、調子の良いときと悪いときで攻撃力に劇的な差が出るんです」
「逆に言うと、新人でも上手く信号が出せれば、超強力な攻撃が可能だったりもするニャ」
解説を始めた少女は、すぐにエルフのお姉さんと獣人娘に解説の役目をとられてしまった。
「僕が強力な魔法使いだったら、新人だとしてもパーティーに入れたいってことだね? 魔法での全体攻撃とか強そうだし」
「違うニャ。攻撃要員は間に合ってるニャ」
獣人娘が肉球の付いたグローブをはめた手をクロスしてバツ印を作った。
「間に合ってる? じゃあ僕に望むものって何?」
「瘴気を無効化してほしいんです」
「無効化まで行かなくても、軽減するだけでもいいわ」
「瘴気って何?」
説明会では聞かされていない単語だ。しかし「瘴気」と言うからには、良くないものなのだろう。
「瘴気はこの世界で発生する、嫌な気持ちを運んでくる霧ニャ。浴びると頭の中に責めるような声が響いてくるニャ」
浴びると精神的ダメージの入るデバフ沼のようなものだろうか。
「うーん、百聞は一見に如かず……ですが、体験するのはオススメしません。瘴気を浴びたせいでプラントワールドに戻って来なくなった人は多いですから」
「瘴気はそんなに強烈なものなのか」
そんな厄介なものがある世界で、この世界に関する知識の無い僕が一人で行動をするのは危険かもしれない。まだ僕自身、自分が魔法を使えるかどうかさえ分からないのに。
もし魔法が使えなかった場合は、魔法使いの杖を棍棒代わりにして敵をひたすら殴るしかない。そうなった場合、ゲームオーバーが目に見えている。
……そういえば、この世界でのゲームオーバーはどういう扱いなのだろう。
「最初の説明時に聞き忘れたんだけど、ゲームオーバーになったらどうなるの?」
「強制的にログアウトさせられるわ」
「ゲームオーバーのペナルティみたいなものはある?」
「お金は減らなかったわよ。ただ次にログイン出来るようになるまで時間が掛かったわね。それがペナルティと言えるかしら。でもそれよりも、死ぬ瞬間がリアルだから精神的なダメージが入るわ。あたしは二度とごめんよ」
「あー……それは体験したくないなあ」
もしかするとそれが、テスターたちが入院する原因なのかもしれない。
リアルな死の瞬間を体験するのは、僕だって怖い。
「だから、なるべく死なないことをオススメするわ。そのためには、パーティーを組むことが最適解なの」
「……そうだね。一人旅よりもパーティーの方がずっと安全そうな気がする」
ふと少女の横を見ると、エルフのお姉さんが目を輝かせていた。
「どうですか? 他に約束しているパーティーがあるなら無理強いはしませんが、私たちのパーティーなら悪いようにはしませんよ?」
「ローレン、気が早いニャ。まだこいつが魔法を使えるかは分からないニャ」
獣人娘が先走るエルフのお姉さんを止めたが、それよりも今、気になる発言があった。
「『私たちのパーティーなら』ってどういうこと?」
エルフのお姉さんは、まるで他のパーティーはメンバーの扱いが悪いと言っているようだった。
僕に問われたエルフのお姉さんは、少し声を潜めて、先程の言葉の意味を教えてくれた。
「大きい声では言えませんが、右も左も分からない新人を、甘い言葉で勧誘して酷使する悪い人たちがいるんです。特に『漆黒の翼』に声をかけられた場合は注意をしてください。彼らは新人を働かせ放題の奴隷としか見ていませんから。ブラック企業ですよ、ブラック企業。漆黒だけに!」
……今のは笑うところなのだろうか。
困って少女と獣人娘を見ると、全く笑っていなかった。
どうやら笑う必要は無いようだ。
「やつらは成功報酬に目が眩んでるのニャ」
考えてみると、成功報酬が絡んでいるからそういうこともあるかもしれない。
何をしてでも、他人を踏みつけてでも、報酬を得ようとする人が現れても不思議ではない状況なのだ。
「みんなは違うの?」
恐る恐る三人に聞いてみる。もしそうだとしても、自分から「お前を踏みつけるつもりだ」なんて言わないだろうけど、反応を見ることは大事だ。
「そりゃあ成功報酬は欲しいわよ。でもそのために他人を踏み台にするのは違くない?」
「ニャムは楽しくゲームをクリアしたいニャ。楽しくゲームをプレイして、金に目の眩んだやつらに勝ったら、きっと気持ちが良いニャ」
「人海戦術は正しいとは思いますが、それにしたってやり方があると思います。あんなやり方は恨まれますよ。現実世界で刺されてもおかしくありません」
見た感じ、三人に嘘を言っている様子は無い。
とはいえまだ出会って数分の相手だから、心のうちは分からない……けど、三人は悪人には見えない。
さて、どうするべきだろうか。