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第8話


「あたしは人間のナターシャ。こっちの美人はエルフのローレンで、こっちの可愛い子が猫型獣人のニャムよ」


「よろしくお願いします」


「よろしくニャ」


 自己紹介をされたので、僕も名乗る。


「僕はリュー。種族は人間。これからよろしく」


「リューね、覚えたわ。ちなみに戦闘スタイルは、ニャムとあたしが前衛でローレンが後衛。ニャムはグローブ、あたしは剣、ローレンは弓が武器よ」


 ここに魔法使いの僕が入ると、そこそこバランスの良いパーティーになるのではないだろうか。

 男女比的には男1:女3で、バランスが良いとは言えないけど。


「そういえば、この世界にレベルの概念は無いらしいけど、武器による攻撃力の差はあるんだよね?」


「かなりの差があるわよ。攻撃力は、武器の攻撃力がキャラクターの攻撃に乗る感じね。だから極端な話、高性能の武器を持ってれば、本人が弱くても勝てるわ」


「うわあ、課金ゲーだ」


「ええ。このゲームが発売されたら課金ゲーになるでしょうね。でもテスターのあたしたちは無課金でプレイするしかないのよね」


 課金ゲームなら課金ゲームで、ベータテストの段階から課金した場合のデータも取っておいた方が良いとは思うけど……もしかして課金している前提のプレイヤーもいるのだろうか。

 そういうプレイヤーは初期段階から無双が出来るはずだ。羨ましい。


「ニャムも、もっともっと強い武器が欲しいニャ」


「現状では、店で買うしか武器を入手する方法が無いんですよね。ゲーム内通貨は、地道にモンスターを倒して稼ぐか、宝箱やクエスト報酬で稼ぐか、あとは店に素材を売ると手に入ります」


「宝箱から武器が出てきたりはしないの?」


「まだ見たことはありませんね。宝箱から出てくるのは、ほとんどがショップで売れる換金アイテムです」


 せっかく見つけた宝箱から高性能の武器が出てこないのは少し残念だ。

 この世界にはレベルの概念も無いらしいから、ダンジョンに潜るうまみが無い。

 その上、ダンジョン内にエンジョウジサエコがいるとも限らない。


「なんかガッカリかも。他に気を付けるべきことはある?」


「いろいろあるけど、一番は回復が出来ないことかしら」


「回復が出来ない?」


 予想外の答えに、思わずオウム返しをする。


「そうなんです。この世界には回復薬がありませんし、回復魔法も無いんですよね」


「じゃあ怪我をしたときはどうしてるの?」


「一度ゲームをログアウトしてログインし直すと全快するのよ。死んだときも同じ。次にログインするときには全快してるわ」


 ログアウトが回復代わりなのか。

 もしかすると、これはゲーム中毒者を出さないための措置なのかもしれない。嘘みたいな話だけど、ゲームに夢中になって食事も睡眠も忘れてしまう人がいるから。しかしゲーム内で回復が出来ないのであれば、嫌でもゲームを中断する必要が出てくる。


「じゃあ怪我をしたら、すぐにログアウトすればいいんだね」


「そうね。ただし、次にログイン出来るようになるまで、しばらく時間が掛かるわ。所要時間は怪我の具合によるわね。ゲームオーバーのときほどじゃないけど、重症だと数時間は待たされるわ」


「なるほどね」


 ゲームの難易度調整としては無難なペナルティだ。ログアウトで回復し放題では、どんなモンスターにでも勝ててしまう。ゲームとして、それでは面白くない。


「ところでみんなは『エンジョウジサエコ』について、何か情報は掴んでる?」


 ざっとこのゲームの世界観を聞いたところで、本題を切り出した。


「この町にいないことは分かってるニャ」


「他にもいくつかの町にいないことは分かっています。聞き込みでの情報なので、見逃している可能性もありますが」


「というか、見た目が分からないんじゃ探しようがないのよね」


 三人は困ったように肩をすくめた。


「『エンジョウジサエコ』は、魔王に捕らわれてるお姫様とかじゃないかな?」


「やっぱりリューもそう思う?」


「お姫様と見せかけて、魔王の方が『エンジョウジサエコ』の可能性もあるニャ」


「なるほど……?」


 救いたい人物が魔王になっていた、という展開のゲームもたまに見かける。『エンジョウジサエコ』については何の情報も無いのだから、その可能性も十分にあるだろう。


「ですが、どちらにしても会ってみないことには分かりません」


「そもそもこの世界に魔王はいるの?」


「いるわよ。王道RPGだからね」


 そう言ったナターシャは、困ったように頬を掻きながら続けた。


「だけど、魔王の城って難易度が高すぎるのよね。あたしたちも一度挑戦したんだけど、一階の時点でやばいと思って帰って来ちゃった」


「無理をして魔王の元まで行った挙句に、お姫様も魔王も『エンジョウジサエコ』ではなかったら、骨折り損ですからね」


「だからあそこの捜索は他の強いパーティーに任せて、ニャムたちは地道に町を探してるのニャ」


 魔王の城にエンジョウジサエコがいるという保証は無い。「目的の人物が魔王城にいる」というゲームのお約束からの勝手な予想だ。

 しかし勝手な予想だけど、この世界は王道RPGっぽい世界観だからその可能性は十分にある気がする。

 とはいえ、強い武器を手に入れないことにはお話にならないようだ。


「町を探すと言っても、『エンジョウジサエコ』の姿が分からないので……とりあえず町民に聞き込みをして回っています。この名前に聞き覚えは無いか、と。今のところ成果はありませんが」


「この広い世界で姿の分からないキャラクターを探し出すなんて、難しいにもほどがあるわ。本当に発売するつもりなのかしら、このゲーム」


「『エンジョウジサエコ』探しはただのスパイスで、普通のオープンワールドRPGとして発売する予定なのかもしれない。それなら誰でも楽しめるだろうし」


 思わずゲームのフォローをすると、ローレンが険しい顔で唸った。


「このゲームはそれも難しい気がします」


「そんなにゲームバランスが悪いの?」


「ゲームバランスと言いますか、脱落者が多いんですよね。死のトラウマで来なくなってしまう人とか、瘴気を浴びて嫌になってしまう人とか、あとはプレイヤー間のトラブルで来なくなる人もいますね。このゲームを発売しても、ゲームレビューでボコボコに叩かれる未来しか見えません」


 プレイヤー間のトラブルに関しては、このゲームに限った話ではない気がする。しかしトラブルが発生しそうな事象には心当たりがある。


「やっぱり『エンジョウジサエコ』探しがトラブルの原因かな?」


「私はそうだと思っていますが、真相は分かりません。プレイヤーと現実世界で会うことはありませんので。ゲームに来なくなった詳しい理由も、その人がその後どうなったのかも知らないんです」


「実はニャムたちも、現実世界でのお互いの姿は知らないのニャ」


「ネットゲームってそういうものよね」


 現実世界では会ったことがないらしい三人は、まるで昔からの友人のように笑い合っている。

 姿形を気にせず仲良くなることが出来るのは、ネットゲームの醍醐味だ。

 この中に僕も入ることが出来たら……そんなことを思いながら、僕は楽しそうにする三人を見つめていた。





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