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第9話


(三)


 ヘッドギアを装着したテスターたちの並ぶ部屋が、俺の主な仕事場だ。

 テスター同士の顔が見えないように仕切りが張られているものの、それぞれの椅子やヘッドギアから延びるコードは、同じ機材に繋がれている。

 彼らの様子を横目に見ながら別の仕事をしていると、一人のテスターが自力でヘッドギアを外した。ゲームからログアウトしたのだろう。


「嫌だ、怖い……もう行きたくない……嫌だ…………ひいいいっ!?」


 彼は怯えた目で俺のことを見ると、悲鳴を上げながら逃げてしまった。


「横井」


「了解です」


 逃げる彼を、部下の横井が追いかける。いつもはやる気の無い態度だが、こういうときは元陸上部の血が騒ぐのかとても頼りになる。

 しかし、きっと彼は引き留めたところで二度とここへは来ないだろう。

 大きな溜息が出る。


「また脱落か。彼は結構続いていたんだけどな」


 少しすると、横井が「彼はもうここへは来ないらしいですがー、口止めはオーケーでーす」といつものやる気の無い態度で戻ってきた。

 彼には期待をしていただけにガッカリしたものの、頭を切り替えて横井に次の指示を出す。


「新たなテスター候補を探しておいてくれ。どうせ今回のテスターも半数以上脱落するだろうからな」


「はーい……はあ。誰か早くエンジョウジサエコを見つけてくれないですかねー。これじゃあ私の仕事が増えるばっかりですよー」


 横井が不満そうにゲームプレイ中のテスターたちを眺めた。

 仕事が増えているのは俺も同じだ。しかしこの問題が解決しないことには、仕事さえ失くす可能性がある。


「良いテスターを集められないと、お前の仕事は増える一方だ。未来の自分のために頑張れよ」


「どいつもこいつも軟弱すぎるんですよー。テスターたちこそ、もっと頑張れって感じですー」


「それは俺も思う」


 ゲーム内で瘴気を浴びただの、死んでゲームオーバーになっただの、たったそれだけでゲームを放棄しないでほしい。何があろうと、所詮はゲームの中の話じゃないか。

 こちとら実際に仕事を失って路頭に迷う可能性があるんだぞ!?

 ……そんなことをテスターたちに言えるわけもないから、彼らはこのゲームに他人の人生がかかっているなんて思いもしないのだろう。


「これが発覚したら、私たちはクビなんですかねー?」


「発覚する前に見つけ出せばいい。そのために大量のテスターを送り込んでいるんだからな」


「つまり、発覚したらクビってことですねー……はあ」


 横井がまた大きな溜息を吐いた。


「せっかく大企業に入れたのにー。もう就活はしたくないですよー」


「それならクビにならないように頑張れ。俺だってクビは嫌なんだから」


「……それより、会長の容態はどうなんですか?」


 顔を上げた横井が、伺うように俺のことを見た。


「相変わらずらしい」


「マジですか!? 会長が死んだら、私クビにならないじゃん!」


「滅多なことを言うなよ」


 縁起でもないことを言う横井の頭を、持っていた書類で叩く。

 実際その通りではあるのだが、だからと言って他人の死を望むなんて褒められた行為ではない。しかも相手は、自分の勤める会社の会長だ。


「すみませーん。悩み事が多くて、ついー」


「悩み事が多いのは俺も同じだ」


 だから早く、この問題を解決しなければ。

 この問題が解決すれば、ほとんどの悩みは消え去ってくれる。


「……縦川さん。私たち、テスターに訴えられたりしませんよね?」


「俺たちは会社に命令されているだけだ。その設定で行くと決めただろう?」


「はーい。会社にやらされてるから嫌々やってまーす」

 横井が片手をあげながら、雑な言い方で同意を示した。





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