(三)
ヘッドギアを装着したテスターたちの並ぶ部屋が、俺の主な仕事場だ。
テスター同士の顔が見えないように仕切りが張られているものの、それぞれの椅子やヘッドギアから延びるコードは、同じ機材に繋がれている。
彼らの様子を横目に見ながら別の仕事をしていると、一人のテスターが自力でヘッドギアを外した。ゲームからログアウトしたのだろう。
「嫌だ、怖い……もう行きたくない……嫌だ…………ひいいいっ!?」
彼は怯えた目で俺のことを見ると、悲鳴を上げながら逃げてしまった。
「横井」
「了解です」
逃げる彼を、部下の横井が追いかける。いつもはやる気の無い態度だが、こういうときは元陸上部の血が騒ぐのかとても頼りになる。
しかし、きっと彼は引き留めたところで二度とここへは来ないだろう。
大きな溜息が出る。
「また脱落か。彼は結構続いていたんだけどな」
少しすると、横井が「彼はもうここへは来ないらしいですがー、口止めはオーケーでーす」といつものやる気の無い態度で戻ってきた。
彼には期待をしていただけにガッカリしたものの、頭を切り替えて横井に次の指示を出す。
「新たなテスター候補を探しておいてくれ。どうせ今回のテスターも半数以上脱落するだろうからな」
「はーい……はあ。誰か早くエンジョウジサエコを見つけてくれないですかねー。これじゃあ私の仕事が増えるばっかりですよー」
横井が不満そうにゲームプレイ中のテスターたちを眺めた。
仕事が増えているのは俺も同じだ。しかしこの問題が解決しないことには、仕事さえ失くす可能性がある。
「良いテスターを集められないと、お前の仕事は増える一方だ。未来の自分のために頑張れよ」
「どいつもこいつも軟弱すぎるんですよー。テスターたちこそ、もっと頑張れって感じですー」
「それは俺も思う」
ゲーム内で瘴気を浴びただの、死んでゲームオーバーになっただの、たったそれだけでゲームを放棄しないでほしい。何があろうと、所詮はゲームの中の話じゃないか。
こちとら実際に仕事を失って路頭に迷う可能性があるんだぞ!?
……そんなことをテスターたちに言えるわけもないから、彼らはこのゲームに他人の人生がかかっているなんて思いもしないのだろう。
「これが発覚したら、私たちはクビなんですかねー?」
「発覚する前に見つけ出せばいい。そのために大量のテスターを送り込んでいるんだからな」
「つまり、発覚したらクビってことですねー……はあ」
横井がまた大きな溜息を吐いた。
「せっかく大企業に入れたのにー。もう就活はしたくないですよー」
「それならクビにならないように頑張れ。俺だってクビは嫌なんだから」
「……それより、会長の容態はどうなんですか?」
顔を上げた横井が、伺うように俺のことを見た。
「相変わらずらしい」
「マジですか!? 会長が死んだら、私クビにならないじゃん!」
「滅多なことを言うなよ」
縁起でもないことを言う横井の頭を、持っていた書類で叩く。
実際その通りではあるのだが、だからと言って他人の死を望むなんて褒められた行為ではない。しかも相手は、自分の勤める会社の会長だ。
「すみませーん。悩み事が多くて、ついー」
「悩み事が多いのは俺も同じだ」
だから早く、この問題を解決しなければ。
この問題が解決すれば、ほとんどの悩みは消え去ってくれる。
「……縦川さん。私たち、テスターに訴えられたりしませんよね?」
「俺たちは会社に命令されているだけだ。その設定で行くと決めただろう?」
「はーい。会社にやらされてるから嫌々やってまーす」
横井が片手をあげながら、雑な言い方で同意を示した。