俺の言葉を聞いた美少女は、ぱちぱちと何度か瞬きをした。大きな赤い目が何度も閉じては開かれる。まるで美少女は、自身の耳を疑っているかのようだ。
「聞き間違いじゃありませんよ。俺は、俺のスキルを魔王に奪ってほしいんです」
「お主は変なことを言うのう。魔王を倒せるほどの能力なんじゃろう?」
「魔王を倒せるほどの能力を持っている危険人物を、王国が放っておくと思いますか?」
「ほう?」
俺の言葉を聞いた美少女は、好奇心に満ちた瞳をギラリと光らせた。今の美少女は、どこからどう見ても子どもには見えない表情をしている。それにもかかわらず外見は子どもなのだから、いっそう奇妙で不気味だ。
「魔王を倒せるほどの能力を持ってるんですよ? そんな危険な存在、いない方が安心して眠れるとは思いませんか?」
「魔王の手から世界を救った英雄を、同じ人間の仲間が殺す、とな? そうはならんじゃろう」
「なるんですよ。それが人間です」
過ぎた力は身を滅ぼす。出る杭は打たれる。それが人間世界の常識だ。
俺はそう教わった。
「魔王を倒せるほどの力を持ったお主なら、人間の襲撃など、どうとでもなるのではないか? 魔王を倒せるとイキっているだけではないのなら」
美少女は棘のある言い方をした。俺のことを完全にイキり冒険者だと思っているようだ。
「能力を使っていない状態の俺は、とても弱いです。睡眠魔法で簡単に眠らされますし、いいように殴られます」
「そういえば勇者パーティーにそういう扱いを受けていたのだったな。可哀想なやつじゃ」
「だから狙われたら、ひとたまりもないんです」
美少女は完全には納得していない様子だったが、理解した、とだけ言った。
「お主の置かれた状況については分かったが、魔王に能力を消してほしいというのはなんじゃ? 魔王はそんなことが出来るのか?」
美少女は大袈裟なほどに首を傾げている。首を傾げすぎて頭が肩に付いているほどだ。
「とある村で、すごいユニークスキルを持っていたのに魔王にスキルを奪い取られた男の話を聞きました」
「それは……男が元からユニークスキルとやらを持ってもいないのに、強く見られたいから嘘を吐いただけではないかのう」
「とある村で、魔王にスキルを奪われた女の話も聞きました。女はスキルを返してくれと何百通もの嘆願書を魔王に書いていました」
「それは……その女は心の病を患っているのではないかのう」
薄々思っていたことをズバッと言われてしまった。さらに美少女は続ける。
「魔王は他人のスキルを奪うことなど出来んと思うぞ。まだ本人も知らん未知の能力を持っている可能性はあるが、本人が知らんのでは使いようがない。スキルを奪われる件は諦めた方がいいぞ」
「……まるで関係者のようなことを言うんですね」
咄嗟に俺は身構えようとした……が、やめた。美少女とは会ってまだたったの一時間だが、力量が違うことは分かっている。俺が身構えようと身構えなかろうと、この美少女の前では同じことだろう。
「……あなたは誰なんですか。魔王とどういう関係ですか」
緊張感とともに伝えたはずの俺の言葉に、美少女はあっけらかんと答えた。
「なんじゃ、気付いておらんかったのか。妾の名はリディア。魔王リディアである」
魔王と名乗る美少女は、髪を自身の尖った耳にかけ、指を使い口角を上げて牙を見せた。
絶句している俺の代わりに、焚火がぱちりと音を立てた。