「よし、契約成立じゃ。これから仲良くするとしよう、旅の仲間よ」
特に契約書を交わすこともなく、口約束だけで契約は完了した。
それでいいのかとも思ったが、魔王リディアからすれば、俺が契約を破ったら殺せばいいだけだから契約書など必要ないのだろう。それを思うと、契約書を作成したところで、魔王リディアが殺すと決めた瞬間に俺は殺されるのだから、俺としても契約書を作ることにあまり意味はない。
「ところでお主の名前を聞いておらんかったのう」
「ショーンです」
「ほう。ありふれた名前じゃのう」
「全国のショーンさんに謝ってください」
確かに特徴的な名前ではないが、俺自身は割と気に入っている。
「では、ショーンよ。出発は明日の朝で構わんか? それとも昼まで寝ていたいタイプかのう?」
「朝で構いません。一刻も早く呪いのアイテムを手に入れたいので」
「ふむ。せっかくこの山にいるのじゃから、最初に潜るのはこの山にあるダンジョンにするのはどうじゃ」
「え……この山のダンジョンですか……」
魔王リディアの発言に、俺は固まった。
この山にあるダンジョンは、勇者パーティーが行こうとしていた場所だからだ。
俺が昨晩、この山を下山しようとしていた――細かいことを言うと夜の下山は危険だから勇者パーティーから離れた場所で野宿をし、翌日下山するつもりだった――理由は、勇者パーティーから離れるためだ。
「ダンジョン内で勇者パーティーと鉢合わせたら、気まずいどころの騒ぎじゃありません」
「目的が別なのじゃから、喧嘩にはならんじゃろう」
勇者パーティーは、魔王城へ行く道すがら、良質なアイテムの入手と特訓を目的としてダンジョンに潜っている。この山もそういった理由で登っていた。
一方で俺は、ダンジョン内にある呪いのアイテムを得ることが目的だ。ダンジョンクリアなんて全く目指していない。良質なアイテムが手に入れば今後の旅が楽になるかもしれないが、それだって絶対に手に入れたいわけではない。だから勇者たちと目的は被っていないと言える。
とはいえ、だ。パーティーから追い出したばかりの俺がダンジョン内にいたら、勇者たちはどう思うだろう。
俺が勇者パーティーの邪魔をしようとしていると思われかねない。そうなると、勇者たちは俺を攻撃する気がする。もしかすると殺されるかも……。
「いやまさか、腐っても勇者だから……」
「健全な精神を持つ者が、眠っている仲間を毎日殴るものかのう」
殴らないだろう。それを思うと、勇者は、健全な精神を持っているかどうかで選ばれるわけではないのだろう。
「なあ、ショーンよ。勇者パーティーの前で勇者の欲しがっていたアイテムを入手したら、いい気分になるとは思わんか?」
「俺は勇者のように心がねじ曲がっているわけではないので、そんなことは……」
「勇者パーティーが手も足も出ないボスモンスターを簡単に倒したら、いい気分になるとは思わんか?」
「そもそも俺は弱いので、簡単にボスモンスターを倒したりは……」
スキルを使ったら倒せるかもしれないが、スキルを使って倒せてもイマイチ俺が勝ったようには見えないだろう。そのせいで勇者たちは俺のことを見くびっていたわけだし。
……って、違う!
勇者たちを見返すことには、何の意味も無い。そりゃあ少しは心が晴れるかもしれないが。
「ほらやっぱり。心が晴れるのではないか」
俺の考えを読み取った魔王リディアは、にやにやと嫌な笑みを浮かべている。
「ええそうですよ。俺は聖人じゃないですからね! 酷いことをしてきた相手を見返せたらスッキリはしますよ、もちろん」
「では決まりじゃな」
「決まりって……俺に拒否権は無さそうですね。分かりました。行きますよ、この山のダンジョンに」
行き先は俺に決めさせてくれるという契約を交わした直後にこれでは、先が思いやられる。
もう、なるようになれだ。
「それでよい。では妾は寝るぞ。ショーンもぐっすり寝て体力を回復させるといい。ショーンが寝ておっても、妾は勇者のように殴りはせんからのう」
魔王リディアは虚空に毛布と布団を出現させ、布団を地面に敷くと毛布をかぶってさっさと寝てしまった。
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