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第18話


 歩き続けてどのくらいが経ったのだろう。俺たちはようやく人間が住んでいる気配のある場所へと辿り着いた。


「目的の村に着いたみたいじゃぞ」


「ここが東の果ての、トウハテ村ですね」


 俺は地図を広げながら現在地を確認した。村の入り口には村の名前が書かれた立札のようなものは無かったが、地図を見る限り、ここが目的地であるトウハテ村で間違いなさそうだ。


「小さな集落みたいですが、飲食店はあるでしょうか?」


「ショーンはこの村へ来るのは初めてなのか? 勇者パーティーでは通らなかったのか?」


「ええ。だからこそ村の近くにあるダンジョンが残ってるんですよ」


 俺が魔王リディアの問いに、何を当然のことを聞いているんだ?という態度を返すと、彼女は力いっぱい俺の足を踏みつけた。


「痛てっ!?」


「そのくらい妾も分かっておるわ!」


 俺は少女の姿の魔王リディアに何度も頭を下げ、やっと足を退かしてもらった。

 今の見た目は俺の方が年上だが、相変わらず力関係は圧倒的に魔王リディアの方が上だ。

 しかし勇者パーティーにいた頃とは違い、魔王リディアに嫌われているわけではないことが分かるから、この関係性も悪くはない。


「さっそくご当地飯を食べに行くのじゃ。おーーっ!」


 魔王リディアが元気よく掛け声を発しながら、村を歩き回った。腕を掴まれた俺は、魔王リディアに引っ張られる形で彼女のあとを追う。




「飲食店が無かったのじゃ」


 村を歩き回った結果、飲食店らしき店は一つも無いことが分かった。それどころか店と呼べるものが一つも無かった。大きさに違いはあれど、村にあるのは民家だけだ。


「この立地だと観光客はなかなか来ないでしょうからね」


「さっそく妾の定めた旅のルールを破ることになってしまったのじゃ」


 この規模の小さな集落では、きっと個人間の販売や物々交換で十分なのだろう。


「とりあえず村長のところへ行きましょうか。宿泊施設……は無さそうですが、泊まる場所を提供してくれるかもしれません」


「ついでにご当地飯も提供してほしいのじゃ」


 しょぼくれた様子の魔王リディアの手を今度は俺が引き、村人に聞いた村長の家へと向かう。

 到着したのは、村で一番大きな家。ここに村長が住んでいるらしい。

 さっそく話をしに行こうと玄関へ向かうと、村長は先客と取り込み中のようだった。


「村長! いい加減に村の男衆で魔物の住処に乗り込む許可を!」


「気持ちは分かるが、落ち着きなさい」


 玄関では二人の男が話をしている。

 どうやら大きな声を出しているのが村人で、それを制している初老の男性が村長のようだ。


「ヘイリーが、娘が、さらわれてるんだ。落ち着いていられるわけがない!」


「そういった状況だからこそ、落ち着かないといけません」


 俺は魔王リディアと顔を見合わせてから、もう一度二人の男を見た。二人は俺たちに気付かずに話を続けている。


「あー……今はタイミングが悪いみたいですね」


「今夜は野宿かのう」


 ご当地飯にこだわっていた魔王リディアだが、寝床については頓着が無いらしい。

 圧倒的強者である魔王リディアは、外敵に襲われる心配がないため、どこでもぐっすりと眠ることが出来るからだろう。万が一襲われたとしても、相手を瞬殺できるはずだ。


 勇者パーティーにいた頃は、野宿の際は常に誰か一人が見張り役として起きていなければならなかった。毎日睡眠魔法で眠らされていたらしい俺も、見張りの役目に関しては例外ではなかった。時間ごとに見張りの担当を決め、その時間が終わると別のメンバーに見張りを交代して寝る。

 今思うと、俺の直前の見張りが必ず魔法使いだったのは、俺に掛けた睡眠魔法を解くためだったのかもしれない。それに魔法使いの前は、いつも僧侶が見張りだった。これも俺に回復魔法を掛ける関係で決まった順番なのかもしれない。

 何も知らない馬鹿な俺は、お決まりの順番としか考えていなかった。


「おい、ショーン。ボーッとしておっても、彼らに気付いてはもらえんぞ」


「えっ、あっ、そうですね」


 考え込んでいた俺の太ももを、魔王リディアが小突いた。

 今は取り込み中かもしれないが、村に部外者の俺たちが来たことは村長に知らせておくべきだろう。一声かけて、一旦ここを離れるのが良さそうだ。


「こんにちは。俺たちは旅の者です」


「旅の者じゃ。控えおろう」


 俺が二人の男に声をかけると、魔王リディアも続いて挨拶をした。

 ずいぶんと偉そうな挨拶だが、相手は初老の村長だ。子どもの言うことにいちいち腹を立てるほど狭量ではない……と願いたい。


「ですが、今はお取込み中のようですので出直します。この村に立ち寄ったことだけ報告をしておきますね」


「待ってください!」


 魔王リディアが失礼なことを言ったにもかかわらず、二人の男に怒っている様子は無かった。それどころか、すがるような目つきで俺たちを見てくる。


「こんな東の果てにある村までやってきたということは、あなたはさぞかし腕が立つのではありませんか? それにこんなに小さい子どもを連れての旅は実力者でなければ不可能です」


「いえ、腕が立つというほどでは……」


「腕が立つのじゃ!」


 謙遜をする俺の言葉を遮って、魔王リディアが断言した。

 確かに魔王だから腕は立つだろうが、今の可愛い姿で言っても説得力がない。


「おお、やはり! あなたたちは救世主様です!」


 しかし村長は魔王リディアの言葉を信じたのか、俺たちを拝み始めた。村長の真似をしてもう一人の男も俺たちに手を合わせている。

 救世主というか……目の前にいる少女が、悪の親玉と言われている魔王です。


「あのー、救世主とはどういうことですか? 俺たちは勇者でも何でもありませんが……」


 俺はついうっかり自分の古傷を抉りながら尋ねた。

 横では魔王リディアが大口を開けて笑っている。


「確かに妾とショーンは、勇者でも、勇者パーティーでもないのう。ワッハッハ」


 突然大声で笑い出した魔王リディアに、村長ともう一人の男は困惑している。

 俺は慌てて魔王リディアの口を塞いだ。これでは第一印象最悪だ。


「リディアさん、その豪快な笑い方は止めた方が良いですよ」


「妾の笑い方にケチをつけるとは。相手を自分の好きな姿に変えようとするのではなく、自分が相手のどんな姿でも好きになるように変わる方が、幸せに近付くと思うのじゃ」


「言ってることはごもっともですが……その笑い方、初対面の人は驚くので」


 俺たちが二人で話し込んでいると、ハッとした様子で村長が家の中へと手を伸ばした。


「こんなところで立ち話をさせて、すみません。どうぞ中へお入りください」




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