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第20話


「取り返す……ですか」


 横に魔王リディアがいる手前、俺はとても動きづらい状況だ。

 とはいえ魔物が人間たちによって犯人に仕立て上げられているわけではないのなら、魔王リディア的には別にいいのだろうか。魔物によってさらわれた村娘を取り返すわけだから、要は誘拐犯から誘拐された娘を取り返すだけだ。そこに魔物も人間も関係ないはずだ。


「村がピンチのときに腕の立つ旅のお方が通りかかるなんて、本当にありがたい話です」


 そう言って村長はまた俺たちのことを拝み始めた。ヘイリーの父親も村長の真似をして手を合わせる。十数分前にも見た光景だ。


「リディアさん、どうしましょう」


 心の読めない俺には魔王リディアの胸中は分からないので、口頭で確認をしてみる。


「手を貸してやると言ったら、この村のご当地飯を食わせてくれるかのう?」


 あれ。いつの間にか、この村に来たばかりではしゃいでいたときの魔王リディアに戻っている。


「もちろんです! 何も無い村ですが、精一杯おもてなしをさせていただきます!」


 頼みを聞いてもらえそうだと踏んだ村長が、全力で魔王リディアの発言に肯定の意を示した。

 ヘイリーの父親も同じように感じたらしく、そわそわし始めた。


「決まりじゃな」


 魔王リディアの言葉に俺は頷いた。俺自身は誘拐された村娘を救うことに反対する理由はない。呪いのアイテム探しとは無関係だが、誘拐犯を放っておくわけにはいかないからだ。

 俺たちが話に乗ってくれたことを喜んだヘイリーの父親は、すっくと立ちあがると、気合いの入った声を出した。


「そうと決まれば、さっそくヘイリーを助けに向かってくれ! 俺からも礼は弾む!」


「飯が先じゃ」


 しかしヘイリーの父親の気合いの入った発言は、魔王リディアによって却下された。


「ヘイリーが誘拐されてるんだぞ!?」


「娘が誘拐されたのは、いつのことじゃ」


「半年ほど前に」


「そんな前に誘拐されたんですか!?」


 これには魔王リディアよりも俺が驚いた。勝手な憶測で今日か昨日に誘拐されたものだとばかり思っていたからだ。


「そうだ。ヘイリーはずっと辛い思いを……」


「半年前に誘拐されて今も生きておるなら、一日や二日延びても変わらんじゃろう」


 ヘイリーの父親の嘆きを、魔王リディアは無情に切り捨てた。


「リディアさん。言い方というものがありますよ」


 さすがに今のは、娘を誘拐された父親に対する言葉としてはあんまりだ。こうなったら魔王リディアが良くないことを言う前に、俺がヘイリーの父親と会話をしなくては。


「お伺いしたいのですが、犯人からの要求は何でしょう?」


「それが……魔物の住処に村人が近付くと襲いかかってくるので、要求を聞くことが出来ないんですよ」


 俺の質問に答えたのは村長だった。ヘイリーの父親も村長の言葉にうんうんと頷いている。


「おい、ショーン。話はご当地飯を食いながらでも出来るであろう」


 俺が二人と会話をしても、魔王リディアはお構いなしだった。俺たちの会話を遮って自分の主張を述べてくる。


「あー……すみません。どうやらこの子、お腹が減ってイライラしてるみたいです」


 それらしい理由を付けて、俺は魔王リディアの無礼を二人に詫びた。


「そうだったのですね。今、家内が料理を作っている最中ですので、もう少々お待ちを。料理が出来るまで風呂にでも入ってのんびりしていてください。その前に、お客様用の部屋に案内しますね」


 そう言って村長は、俺たちを居間とは別の部屋へと案内してくれた。居間ほど広くはないが、二人で泊まるには十分すぎる部屋だ。


「ではごゆっくり」


 部屋から村長が去ると、魔王リディアはまるで初めて宿泊施設にやってきた子どものように、部屋の中を探検し始めた。

 それにしても。魔王リディアは、ここまで自分勝手な人だっただろうか。

 俺は釈然としないものを感じつつ、水差しに入っていた水をグラスに注いで飲み干した。


「リディアさん、お先にお風呂をどうぞ」


 村長は、夕食の前に風呂に入ることをすすめてきた。確かに旅をしていた俺たちは、服も身体も相当汚れている。リュックに入っている着替えもすでに使用済みで汚れているため、風呂の後に着たくはない。しかし部屋に用意されているのは、簡素な夜間着だった。

 俺は今着ている服と、夜間着を見比べた。

 汚い服よりも清潔な夜間着の方が、食事の場には相応しいだろう。不潔な者と一緒に夕食を食べるよりは、夜間着の方がマシなはずだ。


「リディアさんも夜間着をどうぞ」


 俺が魔王リディアに小さいサイズの夜間着を手渡すと、彼女は不思議そうな顔をした。


「一緒には入らんのか?」


「入りませんけど!?」


 何を言い出すかと思えば。付き合ってもいない男女で、一緒に風呂に入るわけがない。


「子どもの妾をやたらと意識するのは、逆に変態っぽいのじゃ」


「俺は変態じゃありません!」


 今の魔王リディアの姿は子どもかもしれないが、すでに俺は大人の姿の彼女も見ているわけで。今さら子どもの姿だからと子ども扱いは出来ない。


「大人にも変身できるが、今は可愛らしい少女の姿じゃよ」


 ……と言うか、見た目はどうあれ彼女の精神はずっと大人だ。


「心が少女じゃないリディアさんに裸を見られるのは嫌です」


「なんじゃ。妾を見るうんぬんではなく、妾に自身の全裸を見られることが恥ずかしいのか。初心よのう」


「いいから早く行ってください!」


 俺は頬に熱が集まるのを感じながら、魔王リディアにタオルと夜間着を押し付けつつ、彼女を無理やり部屋から追い出した。




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