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第21話


「おかえりなさい、リディアさん。さっぱりしましたか?」


「…………」


 しばらくして風呂から戻ってきた魔王リディアは、見るからにふてくされていた。湯加減が合わなかったのだろうか。


「どうかしましたか?」


「……なぜ……じゃ」


「はい?」


「……なぜ……来なかったんじゃ」


 もしかして魔王リディアは風呂から俺のことを呼んでいたのだろうか。呼ばれた記憶は無いが、風呂場とこの部屋が離れているから聞こえなかったのかもしれない。


「風呂場で何かトラブルでもありましたか?」


「トラブルではない! なぜ風呂を覗きに来なかったのかと聞いておるのじゃ!」


 ……はい? もしかして俺は今、ものすごく理不尽な理由で怒られようとしてます?


「妾、ショーンを驚かせようと思って、大人の姿で風呂に入っておったのに。とんだ肩透かしじゃ」


「大人の姿で!?」


 それはちょっと見たかった。この前はいきなり魔王リディアが大人の姿になった上に全裸だったからパニックを起こしてしまったが。湯気越しにお湯に浸かっている姿程度なら、目の前での全裸よりは刺激が少なそうだから……いや、異性の入浴を覗く行為は倫理的に良くない。たとえ見たかったとしても!


「はあ、まったく。美女が風呂に入ったら覗く。これはお約束じゃ!」


 魔王リディアが謎のお約束を説いてくる。


「そんな約束は無いと思いますけど」


「そうやって腑抜けたことばかり言っておるから、ショーンはモテないのじゃぞ。もっとエロに貪欲であれ!」


「……俺は今、何を怒られているんでしょうか」


 エロに貪欲じゃないことを怒られた経験のある者は少ない気がする。しかも可愛い少女に。


「もうよい! さっさと風呂に入ってこんか!」


 イマイチ納得していない俺に今度は魔王リディアがタオルと夜間着を押し付けて、部屋から追い出した。



   *   *   *



 久しぶりに入る風呂は、とても気持ちが良かった。

 旅の途中に川や湖で水浴びはしたが、温かい湯に浸かることは出来なかった。


「疲れが溶けていくみたいだ」


 これまで意識していなかったが、歩き続けた足には疲労が溜まっていたようだ。湯に浸かると、足に軽いだるさを感じた。


「いろんなことが起こりすぎて、勇者パーティーで旅をしていたのが遥か昔の出来事みたいだ」


 彼らは今も、四人で旅をしているのだろうか。倒すべき魔王は、魔王城にはいないのに。今、魔王城にあるのは、魔王の等身大パネルなのに。

 やっとのことで魔王城の最奥まで進んで、魔王との決戦だと思ったら魔王の等身大パネルと対面することになった四人は、膝から崩れ落ちるだろうか。しかも等身大パネルの人物が、俺と一緒にいた魔王リディアだと知ったら、どんな顔をするだろう。魔王リディアの顔を知っているのは勇者だけだが、きっと唖然とするだろう。

 勇者の唖然とした顔は、ちょっとだけ見てみたい。


「勇者パーティーを追放されたときは絶望したけど、むしろ良かったかもしれないな」


 あのまま勇者パーティーにいたら、俺も四人と一緒に、魔王城で魔王の等身大パネルと対面して膝から崩れ落ちていた。それが、何の因果か今では魔王と自由気ままな呪いのアイテム探しの旅をしている。人生とは分からないものだ。


「それにリディアさんはたまにワガママだけど、勇者のワガママに比べれば可愛いものだし」


 少なくとも魔王リディアは色恋沙汰でトラブルは起こしていない。

 英雄色を好む、というやつだろうか。勇者パーティーにいた頃は、勇者の女遊びの火消しを何度もした記憶がある。それを思えば、被害者が俺だけの、魔王リディアの痴女行為や破廉恥な発言の数々は可愛いものだ。


「でもリディアさん、今日は様子がおかしい気がする……?」


 いつもよりもワガママと言うか、イラついているような……。

 そのとき、風呂場の外から魔王リディアの大声が響いてきた。


「おーい、ショーン。夕食が出来たらしいぞ。お主が来るまで食べ始めんらしいから、とっとと風呂から上がれ! 妾は腹が減っておるのじゃ! お主の風呂よりも妾の飯が優先じゃ!」


「……やっぱり、リディアさんのワガママ度合いは勇者とあんまり変わらないかも。見た目が可愛いから許せちゃうだけで」


 俺は温かい風呂に名残惜しい気持ちを抱きつつ、湯船から上がった。




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