「野菜は野菜で美味いのじゃが、この村では肉は食わんのか?」
さんざん料理を平らげてから、魔王リディアが尋ねた。これに村長が丁寧に答える。
「山にいくつも罠を仕掛けているのですが、どうも今日は何もかからなかったみたいですね」
「村長の奥さんは肉料理も得意なのに、ツイてないなあ」
ヘイリーの父親のガッカリした顔を見るに、お世辞ではなく村長の妻は肉料理も上手いのだろう。今食べている夕食がその証拠だ。素材の味を活かしつつ料理によって味付けが違っているから、食べる手が止まらない。
「私も食べ盛りの子どもには肉を食べさせてあげたかったんだけど、ごめんね」
「罠とはそういうものじゃ。獲物がかかる日もあれば、かからぬ日もある。成果はのんびり待つものじゃ」
村長の妻は魔王リディアに謝ったが、魔王リディアに怒っている様子は無かった。
当然だろう。これだけご馳走になっておきながら料理に文句を言ったら罰が当たる。
「野菜のおかげで飢えは凌げるので、村人たちも肉に関しては気長に待っています。年を取ったせいか、私は肉よりも野菜を使った料理の方が好きですがね」
「妾は肉も野菜も両方好きじゃぞ」
村長の意見を聞いた魔王リディアがそう言うと、村長の妻が魔王リディアの頭を撫でた。
「好き嫌いが無いのは偉いわねえ。可愛いお嬢ちゃん」
「妾は偉いのじゃ!」
村長の妻は魔王リディアの威圧感を知らないため、ニコニコと微笑みながら子ども相手のタメ口で話している。普通の可愛い女の子扱いだ。魔王リディアも子ども扱いが嫌ではないのか、上機嫌で対応している。
しかし先ほど魔王リディアから感じ取った威圧感を忘れられないのだろう村長とヘイリーの父親は、ぎこちない笑みを浮かべている。
「気長に待つとは言っても、罠を確認しに行って収穫ナシだと悲しいですね」
俺はぎこちない笑みを浮かべる男二人に話しかけた。
その間も村長の妻は魔王リディアの頭を撫で続けている。
「罠を確認しに行くついでに山菜採りが出来るから、収穫ナシってことはないんだ」
「猟はしないんですか?」
俺が何気なく尋ねると、村長と村長の妻とヘイリーの父親の三人全員が若干遠い目をした。何かしらの昔の出来事を思い出しているのだろう。
「猟か。懐かしい響きだなあ。あの頃は罠を仕掛けなくても毎日肉が食べられたよなあ」
「ええ、猟の達人のおかげで。年齢を感じさせない方でしたよね」
「猟も毎日獲物が手に入るわけではないでしょうがね、普通なら。いやあ、達人でした」
三人だけで進む会話を俺と魔王リディアが見守っていると、俺たちを置いてけぼりにしていることに気付いた村長が頭を下げた。
「お客様の前でいない人の話をしてすみません」
そして三人が誰の話をしていたのかを教えてくれた。
「猟が得意な者が数年前に亡くなったのです。それからは他の村人が猟に出たのですが、あまり結果が伴わず……罠の方が肉が手に入る確率が高いので、いつの間にか猟はしなくなりました」
「今日は罠でも手に入らなかったけどな!」
ヘイリーの父親が豪快に笑った。それにつられて村長も村長の妻も笑い出した。
「小さな村ですからね。代わりの人材がいくらでもいる都会とは事情が違うんです。それでも、私はこのトウハテ村が好きです」
「俺もだ。ここで生まれてここで育ったからなあ」
「何も無いところですが、村人の絆だけはどの村にも負けないと、自信を持って言えます」
三人ともとても穏やかな顔をしている。
ここには都会のような刺激は無いが、人の温かさと安らぎがある。
「この村はいいところですね」
俺は心からそう言った。
「熱で動けない者がいた場合は、村の誰かが飯を作ってやる。その誰かが倒れた場合は、また別の誰かが助けてやる。小さいコミュニティだから、村人全員で協力して生きてるんだ」
「村人全員が結束することが、このような小さな村での生き方なんです」