夕食を食べ終わると食事の場は晩酌会へと変貌した。
おつまみに適した一部の料理を残し、他の皿は村長の妻によって綺麗に片付けられた。
酔っぱらいに絡まれることが苦手な俺は、片付けを手伝うことを口実に晩酌会を離脱しようとしたが、すぐヘイリーの父親に肩を組まれ、しっかりとホールドされてしまった。
そんな俺の様子を魔王リディアが愉しそうに眺めている。
「あのなあ、ヘイリーは俺の娘とは思えないくらい、よくできた娘なんだよお」
酒を飲み始めてすぐに、ヘイリーの父親は酔っぱらいの見本のような酔い方を始めた。酒を片手に粘っこい大声での娘自慢が止まらない。
「山へ行けば誰よりも山菜を採ってくるし、料理の腕は母ちゃんにも負けない。ヘイリーを狙う男が多いのも当然ってもんだ」
「ヘイリーさんを狙っていそうな男には、私も心当たりが数人いますね」
村長がヘイリーの父親の発言を肯定すると、ヘイリーの父親はその場で立ち上がって両手を広げた。
「並の男に娘はやらんぞお。ヘイリーが欲しいなら、まずは俺を倒してみろお!」
「こらこら。飲み過ぎですよ」
村長がやんわりとヘイリーの父親を注意する。まだ飲み過ぎというほどは飲んでいないから、ヘイリーの父親は単純に酒に弱いのだろう。
「可愛い一人娘なんだよお。誰よりも幸せになってほしいと願うのは親として当然だろう」
「俺はまだ親ではありませんが、娘が出来たら、きっとそう思うんでしょうね」
「本当に、まだ、なのかのう。ショーンには相手もいない状態だろうに」
確かに現時点で相手もいなければ、俺はすぐに相手が見つかるようなモテ男でもない。しかし世界の半分が女性であることを考えると、一人くらいは俺と付き合ってくれてもおかしくはないはずだ。
「ところが、世の中には一人で何人もの女を射止める男が存在するのじゃ。そうすると余っている女の数が減っていき……果たしてこの世界にショーンと付き合う女が存在するのかのう」
「うぐっ」
魔王リディアが嫌な現実を見せてきた。確かに勇者パーティーで旅をする中で、何人もの女性を侍らせる色男を見たことがある。
そのしわ寄せで俺の相手となる女性がいなくなっているとしたら?
……嫌だ! 俺だって人並みには女の子と付き合いたいと思っているのに!
「娘はいいぞお。家にいるだけで心が温かい気持ちになるからなあ」
ヘイリーの父親は、娘以前の問題の俺に、娘の良さを語って聞かせた。ついでに、息が臭いと言われたときの絶望感についても聞かせてくれた。
「……だからあの子には、苦労をせずに、幸せに暮らしてほしいんだよお」
ヘイリーの父親の娘自慢はいつまでも続いた。特にヘイリーは歌が上手いという話は、もう三度も聞いた。今日一日だけで耳にタコが出来そうだ。
「あなたは、とてもいいお父さんなんですね」
ヘイリーの父親は、いくら語っても飽きないほどに娘のことを愛しているようだ。娘自慢に絡み酒という面倒くさい癖は持っているが、これが理想的な親の姿なのかもしれない。
「えぐっ……んぐっ……」
感情の昂ったヘイリーの父親は、ついに酒を片手に泣き始めた。よくあることなのか、村長はヘイリーの父親の男泣きを気にもしていない様子だ。
「そんな目に入れても痛くないヘイリーが、魔物にさらわれて今も泣いているかもしれないと思うと……俺は毎日生きた心地がしないんだ……」
ヘイリーの父親が俺の肩を揺さぶった。助けを求めて魔王リディアをチラ見すると、彼女の冷めた瞳と目が合った。
あ。これは俺のことを助ける気ゼロだ。
「だからって無策で魔物の住処に飛び込むわけにはいかねえ。いや、一度は飛び込んだんだけどよ。あれは間違いだった」
俺の気など知らず、ヘイリーの父親は俺のことを揺さぶり続けている。もし俺が酒を飲んでいたら、激しい揺れのせいで今頃嘔吐しているだろう。
「俺が無駄死にしたら、家にいる母ちゃんを一人にしちまう。娘を失って、俺まで失うなんて、そんなの母ちゃんが可哀想だ。だから俺は、死ぬわけにはいかないんだよお」
「この人は愛妻家でもあるんですよ」
「……へ、へえ」
村長がヘイリーの父親が愛妻家だという情報を付け足してくれたが、情報の追加よりも俺を助け出すことをしてほしい。
「母ちゃんを一人残すなんて俺には出来ないが、だからってヘイリーを諦められるわけがないんだよお。大事な娘なんだもんよお、うおおお」
ついにヘイリーの父親は号泣し始めた。おかげで俺に対する激しい揺さぶりは収まったが、号泣は号泣で対処に困る。しばらく好きに泣かせていると、だんだんとヘイリーの父親は落ち着きを取り戻し、そして不穏なことを言い始めた。
「でもなあ、もし旅のお方でも魔物からヘイリーを救出できなかったら……村の男衆で魔物の住処に乗り込むつもりだ」
「本気ですか?」
「村の男衆には協力を頼んである。あとは村長が首を縦に振ってくれればいいだけだ」
これは村長も初耳だったようで、先程まで酒でとろんとさせていた目を見開いて驚いている。
「村人たちは、あなたへの協力を承諾しているのですね?」
「ああ。いざとなったら自分の命を優先するという条件付きだがなあ。一家の大黒柱がいなくなった場合に困る家は多い。だから俺もその条件は仕方がないと思ってる。むしろそんな状況なのに協力してくれるなんて、ありがたい話だあ」
「この人が一人で乗り込んだときには、魔物に全く歯が立たなかったんです」
二人の会話にただ耳を傾けている俺に、村長がまた補足情報をくれた。
「仕方ないだろお。人間対魔物じゃあ、魔物の方が圧倒的に有利なんだからさあ」
「その通りですよ。一人で魔物に挑んで、生きて帰って来られただけでも儲けものです」
「だが、武器を持って男衆全員で立ち向かえば、あの魔物を殺せるはずだあ。夜中に魔物の住処を焼き払ってもいいかもしれない。あの魔物は四肢を引き裂いて内臓を……」
「こら。子どものいる場で物騒なことを言うのはよしなさい……ああ、そうでした。子どもがいるんでしたね。少し早いですが、そろそろお開きにしましょうか」
部屋に戻った俺と魔王リディアは、布団を敷いて就寝する準備を始めた。
「酔っぱらいに絡まれた感は否めませんが……楽しかったですね」
「料理も美味じゃったのう」
「はい。みなさん、善い人たちでしたね」
「ああ、悪い人間ではない……明日になっても、そのことを忘れるでないぞ」
何となく魔王リディアが最後に言った言葉が気にかかり意図を尋ねようとしたが、布団に潜った彼女は瞬く間に眠っていた。
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