今回のダンジョンは先に勇者パーティーが入っていたわけではないためモンスターがいっぱいいる……のだが、どのモンスターも魔王リディアを見て逃げていく。
だから俺と魔王リディアは、ダンジョン内をサクサクと進んでいる。
「ショーンよ、モンスターは倒さんのか?」
「向かって来る相手ならまだしも、俺は逃げた相手を追いかけて殺すほど戦闘が好きなわけじゃありませんよ」
俺の発言を聞いた魔王リディアは、不思議そうな顔をしていた。
「モンスターを倒すことは、強くなる近道じゃろう?」
「勇者たちは自身を強くするために出会ったすべてのモンスターを倒してましたけど、俺は特に強さは要らないので」
もう俺は、勇者パーティーとして魔王を倒す必要はないから。強くなっても力の使いどころがない。クエストをこなして報酬を得る未来もあるかもしれないが、希望としては、どこかの店の店員として普通に働いて普通に過ごしたい。
……しばらくは普通に過ごす夢はお預けで、魔王リディアと旅をするという普通ではない日々を送ることになるのだが。
「しかし安全に旅をするには、ある程度の強さは必要だと思うぞ」
「自分で言うのもアレですけど、こんな俺でもある程度の強さはあると思います」
「モンスターを見逃してばかりなのにか?」
魔王リディアは訝しげに俺のことを上から下まで眺めた。
ダンジョン内のモンスターたちが魔王リディアを見て逃げ出すように、相手があまりにも強い場合はすぐに察せるが、案外その逆は難しいのかもしれない。つまり魔王リディアにとって俺はポンコツだが、ポンコツだからこそ、具体的な弱さの程度が分からないのだろう。
「勇者パーティーでは誰も俺のことなんか守ってくれなかったので、自分で自分の身を守る必要がありましたから。ボスモンスターにはユニークスキルを使わないと歯が立ちませんが、雑魚モンスターは物理で返り討ちにしてましたよ」
俺が短剣を取り出してモンスターを返り討ちにする動きをすると、魔王リディアは可哀想なものを見る目で俺のことを眺めていた。
「泣きたくなる理由なのじゃ」
「確かに理由は悲しいですが……おかげで出来ることの幅が広がったので感謝してますよ」
俺はまた短剣を振った。最近使っていなかったが、腕は鈍っていないようだ。
……もともと鈍るほどの腕は無いが。
「ポジティブじゃな」
「ポジティブに考えないと俺が可哀想すぎるので」
「ポジティブな理由も悲しいのじゃ」
魔王リディアは自身の懐をごそごそと探り、そして見つけたものを俺に手渡した。
「元気が出るように、飴をあげるのじゃ」
「少女から飴を施されるのは、逆効果ですけど!?」
本当はそうではなくても見た目が少女である魔王リディアから飴を渡されるのは、なんかこう、絵面が悲しい。少女からおやつの飴を譲られるほどに俺は可哀想なのか、と思ってしまう。
「いらんのなら、妾が食う」
俺に飴を拒否された魔王リディアは、飴を自分の口に放り込んだ。すぐにからころと飴の楽しい音が鳴る。
「ショーンは、強くなって勇者を見返したいとは思わんのか?」
「この前のダンジョンで、勇者のことは十分に見返せたと思います」
役立たずと勇者パーティーを追放した俺に、勇者パーティーが全滅する危機を救われた。
これ以上無いほどに、勇者を見返せたはずだ。
「これは妾の勘じゃが、ショーンと勇者の縁はまだ切れてはおらん気がするのじゃ」
「それは嫌ですねえ」
「ハッキリ言うのう」
「俺だけじゃなくて、あんな別れ方をしたので、勇者も俺と会うのは気まずいと思いますよ」
もしかすると、勇者は俺以上に気まずいかもしれない。きっと会っても他人の振りをしてやり過ごそうとするはずだ。
「……気まずかろうと、何だろうと、運命とは個人に気を遣ってはくれんものじゃ。それに直接会うことだけが縁ではないのじゃ」
「よく分かりませんが、早く縁が切れますように」