またしても二人にかける言葉を失っている俺に、アドルファスが深々と頭を下げた。
「ヘイリーを奪還しに来たあんたらにこんなことを頼むのはお門違いかもしれないが、あの子を、俺たちの子どもを、救う方法があったら教えてほしい」
出来ることなら、俺だって、この二人と赤ん坊を救いたい…………出来ることなら。
「申し訳ありませんが、もう手詰まりに思えます。ヘイリーの父親はここへ乗り込んでくる気満々でしたから。村の男たちにも協力を承諾してもらっているみたいでした。俺たちが成果無しで村へ帰ったら、すぐにでもこの家を襲撃するでしょう」
「そんなことになったら、子どもは……!」
俺の言葉を聞いたアドルファスの顔が、みるみるうちに絶望に満ちたものへと変わっていった。一方で、ヘイリーの顔には決意がみなぎっていた。
「仕方がありません。殺られる前に村を襲いましょう」
「なっ!?」
ヘイリーの発言に驚いたのは、俺よりもアドルファスだった。口をパクパクさせるが、言葉が出てこない。
「子を守るためなら、母は時として鬼にならなければいけないのです」
「俺は……俺は、嫌だ。自分の欲望のために、人間を殺すなんて……」
アドルファスの口からやっと出てきたのは、およそ魔物のものとは思えない言葉だった。
「覚悟を決めてください。村人を殺さなければ、あなたと私の子どもが殺されます」
「俺は、理不尽に人間を殺す魔物たちに嫌気が差したから、一人で暮らしていたんだ。それなのに、人間を殺さないといけないなんて……そんなこと……」
ヘイリーと恋に落ちる前から、アドルファスは優しい魔物だったのだろう。町で他の魔物たちとともに人間を襲うよりも、辺ぴな村でたった一人で暮らすことを選ぶほどに。
「あなたは優しい魔物なんですね」
俺の言葉に、しかしアドルファスは首を横に振った。
「俺は優しいわけじゃない。ただ、自分の正義に背きたくないだけだ」
それでもアドルファスのことを優しいと感じるのは、彼の掲げる正義自体が優しいものだからだろう。
「ですが、それでは私たちの子どもが……」
「あの子を『大量殺人犯の子ども』として生かすことが正解だと思うのか?」
「それは……」
自分の子どもにそんな異名を持たせたい親はいないはずだ。その異名を持った子どもが幸せに生きることは、異名を持たない子どもよりも格段に難しい。
「俺はどうなってもいい。だが、君にも子どもにも、重い十字架を背負わせたくはないんだ」
「私だって、そうです……本当は家族を、家族のように育った村人たちを……殺したくなんて、ありません……」
強い言葉を発していたヘイリーが泣き崩れた。
最後に発した言葉が本心で、彼女もまた、誰も殺したくなどないのだろう。
しかし、この詰んでいる状況では、俺は二人に何もしてあげることが出来ない。悔しくもどかしいが……。
俺が自身の無力さに奥歯を噛んでいると、魔王リディアがニヤリと笑みを見せながら俺を見つめていた。
「こんなときに、リディアさんはどうして笑って……」
「ショーンよ。お主、大事なことを忘れてはおらんか?」
「大事なこと? 特には忘れてないと思いますが……」
ここで魔王リディアは、顔に浮かんだ笑みをさらに濃くした。
「忘れておるじゃろう。ショーン、お主のユニークスキルは何じゃ」
「ラッキーメイカー……そうか!」
俺はなんて馬鹿なんだ! このチートなスキルを、今使わずにいつ使うんだ!?
「お二人の一番望む未来は何ですか」
俺はアドルファスとヘイリーに向かって、半ば答えの分かっている問いを投げかけた。
「あの子が殺されないことだ!」
「その通りです。そのためなら、私は何でもします!」
二人からは想像通りの答えが返ってきた。
それなら、俺に出来ることはたった一つ。
「俺が、お二人の子どもが殺されない未来へと繋がる因果を、見つけてみせます!」