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第33話


 全身の力を抜き、因果の世界へのダイブを試みる。

 みるみるうちに意識が身体を離れていく。現実世界の輪郭が歪んでいく。

 すぐに俺の意識は真っ暗な因果の世界に到着した。目の前では幾千万の因果の糸が絡み合っている。


「あの二人の子どもが助かる未来……これはどうだろう」


 一本の因果の糸を掴む。このまま森で三人暮らしを続ける因果の糸だ。糸を掴むと、脳内に因果の先の映像が流れてきた。

 怒りに満ちた様子の男たちが、炎に包まれた森の家の近くに立っている。手には家に火を点けたのだろうたいまつを持って。家の前にいるのは、狂ったように泣き叫ぶヘイリーと、彼女を羽交い絞めにするヘイリーの父親。さらに家の前でアドルファスと村人たちが戦っている。炎に包まれた家に戻ろうとするアドルファスと、アドルファスを武器で攻撃して家に近づかせないようにしている村人たち。家の中にはきっと……赤ん坊がいるのだろう。


「この因果は駄目だ。この未来は二人の望んでるものじゃない」


 手にした因果の糸を離し、別の糸を掴む。今度は三人で森から逃げる因果の糸だ。

 どこかの洞窟にヘイリーと赤ん坊を残して、アドルファスが狩りに出た。するとアドルファスが出掛けるのを待っていたのだろう魔物が、洞窟に入って行った。洞窟からはすぐに悲鳴と泣き声が響く。少しして洞窟から出てきたのは、手と口から真っ赤な血を滴らせながら、満腹になったのだろう大きな腹をさする魔物。その後、慌てて洞窟に戻ってきたアドルファスの、怒りと悲しみに満ちた咆哮が轟く。


「これも駄目だ。別の因果を」


 また因果の糸を手放し、祈るように新たな糸を掴む。三人で村へ行く因果の糸だ。

 アドルファスがヘイリーの父親に頭を下げている。ヘイリーの父親は、アドルファスを家から追い出し、ヘイリーと赤ん坊だけを家に入れた。すぐに村長の家に村中の人間が集められ、会議が行われた。追い出されたアドルファスは、ヘイリーの家の前に座り、村人たちの結論を待っていた。村人たちはアドルファスを村に入れないことを決め、アドルファスは名残惜しそうに森へと帰って行った。アドルファスが大人しく森へ帰ったのは、アドルファスが森へ帰るならヘイリーと赤ん坊は村で生活してもいい、と村人たちに言われたからだ。しかし約束はすぐに破られた。村人たちは人間と魔物のハーフである子どもを、秘密裏に処分してしまった。


「酷い……」


 それならもしかして、と一見最悪に見える因果の糸を掴んだ。最悪の未来に繋がりそうでも、そうならないこともあるからだ。

 アドルファスとヘイリーと赤ん坊が、炎に包まれた村を眺めている。真夜中に火を点けたため、逃げ出せた村人はほとんどいなかった。そのわずかな生存者が王国と連絡を取り、アドルファスとヘイリー、そして人間と魔物のハーフである赤ん坊は指名手配となった。アドルファスと赤ん坊は、彼らを追ってきた兵士に殺され、ヘイリーは連行された。

「くそっ、どの未来でも子どもが殺される。子どもに罪は無いのに」

 その後も俺は、因果の糸を掴み続けた。そしてそのたびに落胆することになった。




「うっ、あ…………」


 ようやくダイブから現実世界に戻ってきた俺は、悲惨な未来を見続けたせいで疲労困憊だった。一度にこれほど多くの因果の糸の先を見たのは、初めてかもしれない。

 うっかりその場に倒れそうになる俺を、魔王リディアが支える。


「具合が悪そうじゃのう。横になるか?」


「……いいえ、平気です」


 今が横になっている場合ではないことくらい分かる。望む未来を掴むために、早く二人と話をしなければ。


「戻ってくるのが遅かったから、ショーンがダイブしておる間に、二人にはお主の能力を教えておいたぞ。『未来を占う能力』とな」


「……ありがとうございます」


 魔王リディアは、俺のラッキーメイカーを上手い具合にぼやかして二人に教えてくれたらしい。

 そういえば魔王リディアに俺のラッキーメイカーの内容を詳しく話しただろうか……待て。俺の心の中が読めるということは、初めて出会った瞬間にラッキーメイカーの内容を読み取っていた? 確かあのときの俺は、ラッキーメイカーの能力のことを考えていたから……。


「その通りじゃが、今はそれを考えるときではないのう」


 魔王リディアに言われてハッとした。というか、その通りなのか。


「あの子はどうすれば助かるのですか!?」


「それがですね……」


 この場の全員がごくりと生唾を飲んだ。


「このままこの家にいても、三人で逃げても、三人で村へ行っても、奥さんが赤ちゃんを連れて村に戻っても、赤ちゃんを連れずに村に戻っても、旦那さんが赤ちゃんを連れて逃げても、村を焼き払っても…………赤ちゃんは死んでしまいました」


 途端にアドルファスとヘイリーの顔には絶望の色が浮かんだ。


「そんな……」


「打つ手は無いのか!?」


「無くは、ありません」


 ぱあっと目を輝かせる二人に、俺は赤ん坊の生きる唯一の方法を伝えることにした。

 赤ん坊は生きるが、全員が幸せとはいかない、唯一の方法を。


「これを行なうかどうかは、あなたたちに判断を委ねます。辛い選択になりますので」




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