俺の話した方法を聞いたアドルファスとヘイリーは、一旦は顔を曇らせたものの、これを承諾した。そして最後の別れを交わす。
「君のことも、子どものことも、生涯忘れない。どうか幸せになってくれ」
「私もあなたのことを忘れません。この子は立派に育てます」
「いつまでも愛している」
「私も、いつまでも愛しています」
二人のやりとりを、魔王リディアと俺は黙って眺めていた。
その後、ヘイリーとの熱い抱擁を済ませたアドルファスは、俺たちに向き直った。
「お前は俺が幸せにはなれないと言ったが、そうでもない。妻と子どもが元気に生きられるなら、俺はそれだけで幸せだ」
「本当に?」
「……本当なわけがないだろう。今にも泣きそうだが、最後くらい格好つけさせろよ」
俺が尋ねると、アドルファスは小声でそう言った。
愛し合う夫婦の子どもを救う方法がこれしかないなんて、やるせない。
「そうだ。最後に親子三人で写真を撮りませんか?」
「そりゃあ撮りたいが、カメラなんて高級なものは持っていない」
ふと思いついて提案をすると、アドルファスが悲しそうに首を振った。しかし運の良いことに、俺は今、カメラを持っている。
「俺がカメラを持ってます。ちょっと特殊なカメラですが……」
「頼んでも良いか?」
「もちろんです。じゃあ三人でくっついてくださいね。ハイ、チーズ!」
俺はカメラから出てきた写真をアドルファスに渡した。ヘイリーが写真を見ながら羨ましそうな顔をしていたが、俺は首を横に振った。三人で写っている写真を、ヘイリーが持っていては問題だからだ。そのことはヘイリーも分かっているようで、写真が欲しいとは口に出さなかった。
「別れの挨拶は終わったかのう」
最後にアドルファスが、ヘイリーと子どもの額にキスをしてから、魔王リディアの言葉に頷いた。
「なら全員外に出ておれ。戦闘の痕を残すために妾が暴れるからのう」
アドルファスとヘイリーと彼らの子ども、それに俺が家の外に出ると、魔王リディアが家の中でものすごい音を立てた。
「たまに暴れるとスッキリするのう」
少ししてそんなことを言いながら魔王リディアが外に出てきたので、家の中を覗いてみると、めちゃくちゃ以外の表現が見つからないほどに家の中は荒らされていた。テーブルは真っ二つになり、布団は切り裂かれ、床には椅子だったものと思われる残骸が散らばっていた。木でできた壁にも天井にも、無数の引っかき傷が残されている。
一緒に暮らした思い出の家の無残な様子は、アドルファスとヘイリーには見せない方が良いと思った俺は、二人を家に近付けないようにしつつ、森の中を歩き始めた。
* * *
トウハテ村にヘイリーを連れて戻った俺と魔王リディアは、村人たちから熱烈な歓迎を受けた。同時に、帰還したヘイリーが抱いている赤ん坊についての質問が飛んできたが、個別の質問はキリがないとして明言を避けた。ただし村人全員を集めた場でなら話す、と条件を付け、村人たちの前でヘイリー救出の経緯を語ることになった。
てっきり村長の家に集まるのかと思ったが、村にはもっと広い集会場があり、そこに村人全員が集められた。
俺は集会場の真ん中に座ると、ヘイリー救出の経緯を語り始めた。
嘘で固めたヘイリー救出の経緯を。
「…………そんなことがありつつも、俺たちは魔物の住処に到着しました。そして俺たちは、すぐに家に踏み込むのではなく、まずは窓から家の中を観察することにしました」
村人たちは俺の語るヘイリー救出の経緯を、一言も逃すものかと聞き入っていた。嘘ばかりなので若干の罪悪感を覚えたが、グッとこらえて嘘の救出劇を真実のように語り続ける。
「すると家の中には、魔物に怯えるヘイリーさんと赤ちゃん、そして舌なめずりをしながら二人を見つめる魔物がいました。魔物は赤ちゃんを見ながら『もう少しだ。もう少しで食べ頃だ』と呟いていたのです」
ここでヘイリーに目配せをする。合図を受けたヘイリーは、目に涙を溜めながら話し始めた。
「魔物は……新鮮な子どもが食べたいと、妊婦の私を村からさらったのです。そして赤ん坊が太って食べ頃になるまで、あの家で私とともに生かしていました。私を生かしていたのは、赤ん坊に飲ませるミルクを確保するためと、自分の子どもを食べられてショックを受ける母親の顔が見たかったからだと言っていました」
「外道な魔物め!」
「絶対に許せない!」
「というか、ヘイリーは妊娠してたのか?」
あまりにも酷い話のため村人たちは口を挟んだが、俺は片手を前に出してこれを制した。
「質問は話が終わってからでお願いします」
村人たちが静かになったところで、話の続きを語る。
「一刻も早くヘイリーさんを助けたかったのですが、俺は魔物が寝静まるのを待ちました。家にはヘイリーさんだけではなく赤ちゃんもいます。下手に動くと彼女たちを人質に取られる危険があったからです。そしてついに……」