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第46話


 俺たちが町の入り口に戻ると、そこにはすでに魔王リディアがいた。


「やっと戻ってきたか」


「リディアさん、野暮用はもう終わったんですか?」


「当然であろう。妾を誰だと思っておる」


 魔王リディアに近付くと、彼女の後ろには大きな袋が置かれていた。


「しかし、アイテムを集めるのに時間がかかってしまった」


「リディアさんの野暮用って何だったんですか?」


「ちょっくら近くのダンジョンに潜ってきた」


 そうだったのか。魔王リディアはちょっくらダンジョンに潜ってきたのか。


「ダンジョンはちょっくら潜るものじゃないわよ!?」


 俺が納得している横で、ヴァネッサが驚きの声を上げた。

 確かにダンジョンは一人でふらっと潜るものではない。しかし、ここにいるのは魔王リディアだ。「普通」は通用しない。


「近くにダンジョンがあったんですか?」


「あんたもあんたで平然と受け入れ過ぎよ!?」


 ヴァネッサが、魔王リディアのめちゃくちゃ具合に慣れてしまった俺にツッコんだ。

 しかしこの場にいるのは、魔王リディアと、彼女に慣れた俺だ。よって、ヴァネッサのツッコミを肯定する人物はいない。


「ダンジョンはあったぞ。ただし呪いのアイテムが無いようだったからスルーしておった」


「それなら俺は用のないダンジョンですね」


「そうであろう?」


 俺たちの旅は、呪いのアイテム探しの旅だ。そのため呪いのアイテムが存在しないダンジョンに用は無い……はずなのに、なぜ魔王リディアはダンジョンに潜ったのだろう。


「ダンジョンにあったアイテムと、ボスモンスターを倒した討伐報酬じゃ」


「気軽にダンジョンに潜っただけじゃなくて、ダンジョンをクリアしてきたのね……たった一人で……」


「妾は魔王じゃからな」


 ヴァネッサはツッコむのをやめて、頭を抱えることにしたらしい。


「もしかして。リディアって、本物の魔王なの?」


「最初からそう言っているであろう」


 ヴァネッサが今度は天を仰ぎ見た。そして空に向かって諦めと疲れの入り混じった溜息を吐いた。


「リディアがめちゃくちゃ過ぎて、すべてを受け入れてしまいたくなるショーンの気持ちが分かったかもしれないわ」


「剣に防具に、アイテムも色々ありますね。さすがはリディアさんです」


「それにしたって受け入れ過ぎよ!?」


 大きな袋を漁って、魔王リディアがダンジョンから持って帰ってきたアイテムを確認する俺の肩を、ヴァネッサが叩いた。




「…………ん?」


 魔王リディアの獲得したアイテムを漁っていると、透き通ったガラス細工のような二つの玉が出てきた。球体の中には星空を閉じ込めたような模様が見える。


「綺麗な合図玉ですね」


「合図玉?」


 ヴァネッサが興味津々といった様子で覗き込んできたので、合図玉を彼女の手の上に乗せた。ヴァネッサは二つの合図玉をころころと手のひらの上で転がしている。


「合図玉は、二個で一組になっているアイテムです。二人で玉を片方ずつ持って、何かあった際に玉を割ると、もう片方の玉に居場所を知らせてくれるんです」


「こんなに綺麗なのに、割っちゃうのはもったいないわね」


「使わない方がもったいないですよ。そのためのアイテムですから」


 そういえば勇者パーティーで魔法使いもヴァネッサと同じようなことを言って、合図玉を割ることを渋っていた。そのたびに僧侶に説得されていたのが懐かしい。


「このアイテム、便利なんですよ。ダンジョン内で二手に分かれて探索して、ボスモンスターを見つけたら玉を割って仲間に知らせる。という方法でよく使ってました」


「じゃあパーティー用なのね」


「そうでもないですよ。冒険者が片方の合図玉を家に残した家族に持たせて、問題が起こった際に割ってもらい、家族を助けに戻る。という用途でも使われます。この場合はほとんど合図玉を割ることがないので、綺麗な模様の合図玉を用意して装飾品として飾ることも多いようです。この合図玉は綺麗なので、こちらの目的で売買されるタイプでしょうね」


 俺の解説を聞いたヴァネッサが不思議そうな顔で俺を見た。


「ショーンって、毒蜂の針が売れることは知らないのに、アイテムについては詳しいのね」


「アイテムについてというよりも、高値が付くものについては詳しい、ですかね。ドロップ素材でも、龍の逆鱗や鳳凰の羽については詳しいですよ」


「嫌な特技ね」


 高価なものにだけ詳しい俺に、ヴァネッサが若干の嫌悪感を見せた。

 しかし俺がこうなったのには訳がある。

 勇者パーティーでの旅は、安いものと性能の低いものを無視する傾向にあった。安いものを採取して売買していると時間を浪費するし、性能の低い装備やアイテムを使ったせいで全滅でもしたら困るからだ。


「ショーンの変な特技の話は置いておいて。ほれ、合図玉はショーンとヴァネッサが一つずつ持つのがよいじゃろう」


 魔王リディアがヴァネッサの手のひらの上から合図玉を一つ持ち上げ、俺に手渡した。


「え? ヴァネッサさんから合図があっても俺は別に助けに行きませんよ?」


「それを本人の前で言うのはどうかと思うわ」


「助けを待たれるのは申し訳ないので……俺は行かないですから」


 俺の反応を見た魔王リディアが、俺の背中をバシリと強めに叩いた。


「痛っ!?」


「何をやっておる。妾のナイスアシストを、無駄にするどころかヴァネッサの好感度を下げてどうするのじゃ。これだから童貞は嫌なんじゃ」


「どっ!? バラさないでくださいよ!?」


 今日出会ったばかりのヴァネッサに俺の童貞を伝えるのはあんまりだ。魔王リディアが言わなければ隠しておけたのに。


「リディアが言わなくても、ショーン自身の態度で分かるわよ」


「ええっ!?」


 童貞の素振りなんて見せていないはずなのに。いつそんな風に思われたのだろう。


「まあいいわ。気が向いたら、あたしは助けに行ってあげる。あたしは、薄情なショーンとは違うからね」


 ヴァネッサはそう言うと、合図玉を懐にしまった。

 魔王リディアと一緒に旅をしている俺に危機が訪れるのかは疑問だが、特に断る理由も無いので、俺も合図玉を懐にしまった。


「お揃いの品を持つなんて、青い春じゃのう」


 魔王リディアは俺たちの様子を見ながら満足げに頷いている。

 そしてアイテムの入った大きな袋を持ち上げると、ヴァネッサの前に置いた。


「残りのアイテムは、ヴァネッサ、お前にやる」


「……へ?」


「アイテムを売って美味いものを食べるでも、装備を揃えて旅に出るでも、好きに使うとよい」


 魔王リディアは、突然のことで混乱しているヴァネッサに向かって、不敵な笑みを見せた。


「あとはヴァネッサ、お前次第じゃ」


 それだけを言うと、魔王リディアは俺に向き直り、親指と人差し指でお金を意味する形を作った。


「ところでショーン、巨大グモのクエスト報酬は受け取ったか?」


「はい。報酬の三分の二を頂きました」


「そんなにもらったのか……まあよい。さっそくご当地飯を食いに行くぞ」


 ご当地飯が絡むと、途端に魔王リディアは楽しそうな顔になる。ここはトウハテ村とは違いそこそこ大きな町のためレストランはいくつもあるが、どこで食べるのが良いだろう。


「ヴァネッサさん、この町のご当地飯って何ですか?」


「そうねえ。ヒナトマトが丸ごと乗ったトマトシチューかしら。ヒナトマトはこの町の特産品なのよ」


「ヒナトマトのシチューですね! リディアさん、ヒナトマトのシチューを売っているレストランに行きましょうか」


「もちろんじゃ!」


 ご当地飯と連呼しながらさっさと進んで行ってしまう魔王リディアを追いかける。その最中ハッとして、一度後ろを振り返りヴァネッサにお礼を言った。


「ヴァネッサさん、教えて下さってありがとうございました」


「どういたしまして、って……ええっ!?」


 このままこの場を去ろうとする俺と魔王リディアに向かって、ヴァネッサが叫んだ。


「ちょっと待って!? これ、どうすればいいのよ!?」


「言ったであろう。お前の好きにするがよい」


「ええーーーーっ!?」


 こうして俺たちとヴァネッサは、突然出会い、突然別れた。



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