魔王リディアは、まだ町の入り口にはいなかった。いつ帰って来るかも分からないので、俺とヴァネッサは先に冒険者ギルドへ行くことにした。
ヴァネッサが冒険者ギルドにやってきたことを確認したギルド受付の女性は、ホッと胸を撫で下ろしていた。本気で俺のことを、女冒険者を弄ぶクズだと思っていたらしい。
「おかえりなさい。早かったですね」
「ただいま。これ、巨大グモの目玉よ」
ヴァネッサに促されて、俺は背負っていた巨大グモの目玉を受付の机の上に置いた。六個の目玉がごろんと飛び出す。
「すごい。綺麗な状態の目玉ですね!」
さすがはギルドの受付。目玉を気持ち悪がるどころか、嬉しそうな声を上げた。
「大抵は戦闘の際に傷が付いてしまって、全部は引き取れないんですよ……うん、うん、これも綺麗な状態ですね」
ギルド受付の女性は目玉を一つずつ、様々な角度から観察していく。そのたびに巨大グモの目玉と目が合って変な感じだ。
「はい。六個すべて引き取ります。クエストおつかれさまでした!」
すべての目玉を確認したギルド受付の女性は、俺とヴァネッサに向けて満点の営業スマイルを見せた。
「あとこれ。クエストのついでに手に入ったんだけど、引き取ってくれるかしら?」
ヴァネッサが袋に入れていた毒蜂の針を取り出した。
ギルド受付の女性は、すぐにこれも状態の確認をした。
「毒蜂の針ですね。はい、引き取ります」
そして毒蜂の針を専用の袋に入れながら世間話を始めた。
「最近、町の近くに毒蜂が出て困ってたんですよ。一匹減らしてくださって助かりました」
「毒蜂退治のクエストは出てないの?」
「出ているには出ているのですが……まだ毒蜂の巣がどこにあるか分からないので、巣を探すところからになっちゃうんですよね。そうなると割が悪いので、誰も受けてくれなくて……」
強い冒険者なら毒蜂退治はすぐに出来るが、巣を探し出すところからとなると、どうしても時間がかかる。それならば誰でも、別のクエストを短時間で済ませることを選ぶだろう。
「町の人が危ないっていうのに、誰もクエストを受けてくれないなんて」
「冒険者にも生活がありますからね。それはヴァネッサさんが一番よく理解しているじゃないですか」
「それはそうだけど……ううん、その通りね。誰だって生活費を稼いで生きていかないといけないもの。確実にお金が手に入るクエストを選ぶのは仕方がないわ」
会話をしながらもギルド受付の女性は換金を済ませたらしく、机の上にはクエスト報酬が置かれていた。
「わあっ、こんなにクエスト報酬をもらったの初めて!」
報酬を受け取ったヴァネッサは、子どものように報酬の入った袋を抱きしめてスキップをしている。
「良かったですね」
「うん! でも、やっぱりあたしが三分の一も報酬をもらうのは悪い気がしてきたわ」
巨大グモの目玉を六個すべて綺麗な状態の価格で引き取ってもらえ、その上毒蜂の針の売却額も上乗せされたため、クエスト報酬は当初の予想よりも高いものとなった。金額が大きいこともあって、ヴァネッサは報酬をもらうことを躊躇しているのだろう。
「ヴァネッサさんが言ったんですよ。正当な報酬は受け取れって」
「そうだったわね……でもあたし、何もしてなくない?」
「道案内をしてくれたじゃないですか」
「そう、ね?」
ヴァネッサはイマイチ納得していないようだったが、俺だって約束以上の金額をもらうつもりはない。きっと魔王リディアも同じことを言うだろう。