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第44話


 巨大グモの目玉を背負って坂道を歩く。荷物を持っている俺の代わりに、ヴァネッサが先導してくれている。


「重かったら言って。荷物運びを交代するから」


「お構いなく。荷物運びは得意なんです、俺」


 勇者パーティーでは、大抵の荷物は俺が運んでいたから。荷物運びに関しては、その辺の冒険者には負けない自信がある。


「そう? あ、ちょっと待って」


 前を歩くヴァネッサが足を止めた。彼女に続く俺も足を止める。


「毒蜂だわ」


 言われて確認すると、前方に毒々しい紫色の蜂が飛んでいた。この蜂は旅の途中で何度も見たことがある。攻撃的な蜂で、この蜂に刺された箇所は腫れ上がり鋭い痛みを伴う。


「見た感じ、一匹しかいないようね」


「はい。この辺に巣があるわけではなさそうです」


 だから安心といえば安心だが、ここは町からそう離れてはいない。クエストを行なう冒険者はもちろん、木の実を採りに町民も来る可能性のある場所だ。


「ここを縄張りにしていたら厄介ですね」


「ええ。それにこの毒蜂が町へ行く可能性もあるわ。毒蜂は攻撃的だから放置したら危険かも」


「じゃあ倒しておきましょうか」


「倒すって言われても、あたしは遠距離魔法とか使えないわよ。ショーンは使えるの?」


「俺も魔法は使えません。でも毒蜂なら短剣で十分ですよ」


 俺は毒蜂に気付かれないように、そっと背負っていた巨大グモの目玉を地面に下ろした。

 強い冒険者なら荷物を背負ったままでも毒蜂くらい簡単に倒せるのだろうが、俺ではそうはいかない。ちなみに勇者パーティーの中では、勇者、戦士、魔法使いなら、荷物を背負ったままでも毒蜂を倒すことが出来る。


「長剣ならまだしも短剣は危険よ。毒蜂に近付かないといけないから」


 俺が短剣を取り出すと、ヴァネッサが俺のことを止めた。


「じゃあ長剣を持っているヴァネッサさん、毒蜂の退治をお願いします」


「無茶言わないでよ! あたしの弱さを知ってるでしょ!?」


 長剣を持っている自分が戦うと言っているのだと思って譲ると、ヴァネッサからは悲しいセリフが返ってきた。

 考えてみると、ヴァネッサは巨大グモの巣に自分から引っ掛かるような実力だ。毒蜂と戦わせたら、無傷では済まないだろう。


「それならやっぱり、俺が退治しますね」


「だから、短剣じゃ危険だって言って……」


 話が堂々巡りになりそうだったので、俺はさっさと毒蜂を退治することにした。重心を落としてから、一気に地面を蹴る。毒蜂がこちらに気付いたが、構わずに短剣を振り下ろす。


「えいっ」


 羽を切られた毒蜂が地面に落ちる。やはり俺では、魔王リディアが巨大グモにやったように真っ二つとはいかなかった。俺は地面に転がる毒蜂を、靴で踏んで潰した。


「倒せました!」


 達成感を胸にヴァネッサを見ると、彼女は困惑した表情を浮かべていた。


「えー。毒蜂ってそんなに簡単に倒せるものだったっけ?」


「倒せちゃいました」


「倒せちゃったわね……」


 ヴァネッサは動かなくなった毒蜂に近付くと、自身のリュックサックから軍手と袋を取り出した。


「さあ、ヴァネッサさん。障害が消えたことですし、早く町へ戻りましょうか」


「その前に針を回収しないと」


「針? 毒蜂の死骸を放置すると危険なんですか?」


 ヴァネッサは手際よく毒蜂から針の部分を回収すると、袋に入れて袋の口を縛った。


「危険というか、毒蜂の針は売れる素材じゃない。放置するのはもったいないわよ」


「そうだったんですか!?」


 知らなかった。だって勇者パーティーでは、毒蜂を倒してもその場に放置していたから。


「そうだったんですか、って何よ。どうして冒険者なのに知らないのよ」


「元いたパーティーではいつも放置していたので……きっと頻繁にダンジョンに潜っていて、手持ちアイテムが多すぎたせいですね」


 あとは、いちいち毒蜂の針を回収するのが面倒くさかったのかもしれない。毒蜂の針にはその労力に見合う価値は無いと判断したのだろう。


「ショーンは頻繁にダンジョンに潜るパーティーにいたの!? それにアイテムを持ちきれないくらい入手するって何!? どれだけ強いパーティーなのよ!?」


 勇者パーティーとは言えないので、微笑むことで誤魔化した。


「……はあ。ショーンと一緒にいると、自分の価値観がおかしいんじゃないかって不安になるわ」




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