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第43話


 巨大グモの前に残された俺とヴァネッサは、二人で協力して巨大グモの目をくり抜いた。気持ち悪いと嫌がるかと思ったが、冒険者ギルドに登録しているだけあって、ヴァネッサはテキパキと巨大グモをさばいていた。


「よし。どれも綺麗な状態の目ね。傷一つ無いわ」


「身体を真っ二つにして倒してましたからね」


「これだけ売れば、三等分しても結構な額になりそうね」


「三等分……ですか?」


 俺がヴァネッサの言葉を繰り返すと、途端にヴァネッサは焦りだした。


「あっ、図々しいわよね。あたし何もしてないのに、むしろ足を引っ張ったのに、三等分だなんて」


 俺はそういう意味で三等分に驚いたわけではない。むしろその逆だ。


「いえ、そうではなく。俺とリディアさんは無理やりヴァネッサさんの引き受けたクエストに同行したのに、三分の二も俺たちにくれるつもりなんですか?」


「……謙虚なのは長所になることもあるけれど、損をするわよ」


「確かに倒したのはリディアさんですけど、何もしてないのは俺も同じですし」


 それなのに報酬の三分の二も俺たちがもらうのは気が引ける。

 そもそも魔王リディアがいれば食事に困ることはないので、俺たちが金銭を欲しているのは生活のためではなく、いわば娯楽のため。腹を膨らませるためではなく、より美味しいものを食べるため。魔王リディアがご当地飯を食べるため。ついでに俺も食べるため。

 そんな俺たちが、旅に出たいのにお金が無くて旅に出られないヴァネッサから、報酬のうちの三分の二も掠め取るのは良くない気がする。


「正当な報酬は受け取りなさい。遠慮をしても、相手に舐められるだけなんだから。良いことなんか無いわよ」


 しかしヴァネッサにはこの配分を変える気は無いらしい。ここは俺が折れるべきだろうか。


「それにしても、あんたたちってすごいのね」


「すごいのはリディアさんだけですよ」


「言ったそばから謙遜してる。謙遜が癖になってるのかもしれないわね」


 謙遜ではなく事実だ。ユニークスキルこそチートだが、それ以外の部分に関しては、俺は冒険者として中の下程度だろう。


「俺が強くないのは本当のことですから。巨大グモだってリディアさん一人で倒しましたし」


「あんただってなかなかの身のこなしだったと思うわよ。そりゃあリディアみたいな桁違いの強者が隣にいたら、自信が無くなっちゃうのかもしれないけれど」


「そうなんです。リディアさんは桁違いなんですよ」


 俺が自分のことのように魔王リディアを褒めると、ヴァネッサは何かを考え込んでいるようだった。


「……何者なのよ、あの子」


「リディアさん自身が名乗っていたじゃないですか。魔王だって」


 魔王リディア自身に自分の素性を隠す気が無いようだったので、俺も隠さずに伝えた。

 するとヴァネッサは大きな溜息を吐いた。


「あのねえ。魔王だなんて言われても、信じる人はいないでしょ?」


「信じる人はいなんですか?」


「……え。あんた信じたの?」


 ヴァネッサは、目をパチパチと瞬かせた。


「信じましたよ。だってリディアさんは強いですし」


「強い魔物なんていくらでもいるでしょ」


「でもリディアさんの強さは半端じゃないですよ」


「それはそうだけど……」


 ヴァネッサは、呆れたとでも言うように、またしても大きな溜息を吐いた。


「あのね、ショーン。あんた、パーティーを抜けた途端にあの子に拾われたのよね?」


「はい」


「タイミングが良すぎるとは思わなかったの?」


「タイミングよく拾ってもらえて助かったと思いました」


「あんた馬鹿なの?」


 剛速球が飛んできた。今の俺の発言に、馬鹿と呼ばれる箇所があっただろうか。

 考えが顔に出ていたのか、ヴァネッサが諭すような口調で追加の質問をしてきた。


「考えてもみて。山の中で所属していたパーティーを追放される確率ってどのくらいよ」


「三十パーセントくらいですかね」


「そんなに確率高くないでしょ!?」


 そうなのか。確かにパーティーを追放されたという話は聞いたことがあるが、山の中でパーティーから追放されたという話は聞いたことがないかもしれない。


「まあいいわ。じゃあ山の中でパーティーを追放されたところを他の旅人に拾われる確率は?」


「二十パーセントくらいですかね」


 俺の答えを聞いたヴァネッサは頭を抱えた。

 もしかして、これも俺が思っているよりももっと低い確率なのだろうか。


「……もういいわよ。じゃあその旅人が魔王である確率は?」


 さすがにこれは俺でも分かる。そして間違っていないと思う。


「ほぼゼロですね」


「そうよ! ほぼゼロパーセントなのよ!」


 ヴァネッサはやっとほしい答えが返ってきたとばかりに声を張り上げた。


「たまたま山の中でパーティーから追放されたら、たまたまあの子に拾われて、たまたまあの子は魔王!? こんなに偶然が重なることがあるかって言ってるのよ!」


「偶然ってすごいですよね」


 俺の言葉を聞いたヴァネッサは、身体中の力が抜けたようだった。ふらついた身体を、近くの岩に手をつくことで支えた。


「……あんたって、今まで生きてきて嘘を吐いたことがないの?」


 俺だって嘘を吐いたことはある。しかもつい最近。


「俺も嘘を吐いたことはありますが、誰もこんな意味のないことで嘘は吐かないと思います」


「……あんたが嘘を吐くのってどんなときよ」


 ヘイリーとアドルファスは子どもを守るために嘘を吐いた。

 俺たちはそんな二人の願いを叶えるために、一緒に子どもを守るために、嘘を吐いた。

 嘘を正当化するつもりは無いが、嘘を吐いたのは二人の子どもを守るためだった。


「嘘は、誰かを守るために吐くものだと思います」


「……魔物が守りたいものは、魔物でしょ」


 魔王リディアが魔物を守るために嘘を吐いている? それこそ意味が分からない。


「俺に向かって自分が魔王だと嘘を吐いても、魔物を守ることに繋がるとは思えません」


「魔王である点が嘘じゃなかったとしても、いいえ嘘じゃなかったとしたらなおさら、偶然あんたを拾うってところがおかしいのよ。まるで狙ってたかのように、あんたが一人になったタイミングで現れたんでしょ。しかも現れたのは魔王城の近くじゃなくて、平凡な山の中。もしかしなくても、あんたはずっと監視されてたんじゃない?」


「うーん……でも今までにリディアさんに何かをされた覚えはありませんよ。一緒に旅をしているだけです」


 俺に何かをするつもりなら、とっくにしていると思う。その機会は今までに十分すぎるほどにあった。


「それもおかしいのよ。何でそうまでしてあんたを拾ったのに、やることがただの旅なのよ」


「旅は道連れだから?」


「あんたは、まったくもう」


 俺の言葉を聞いたヴァネッサが、額に手を当てて天を仰いだ。


「あんた、もっと警戒心を持った方が良いわよ」


「ヴァネッサさんはやたら疑り深いですよね」


「当然じゃない。あたしは数多の詐欺に引っ掛かってきた、いわば詐欺のプロフェッショナルなんだから!」


「数多の詐欺に引っ掛かってきたんですか……」


 そんな人の話は何の説得力も無いじゃないか。

 俺は喉まで出かかった言葉を、すんでのところで飲み込んだ。




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