「…………という経緯で、赤ちゃんを助けました」
「悲しいですが素敵な話ですね。子どもを生かすために辛い決断をするなんて。愛の成せる業です」
ドロシーは目に涙を溜めながら、俺の話に聞き入っていた。ヘイリーとアドルファスの決断は、きっと誰もが出来るものではないだろう。彼らの幸せを、切に願う。
「俺もそう思います。これは愛の話でした」
「ええ。それと話を聞いていて思いましたが、ショーンくんはこのときも冷静だったのですね」
「そうでしたか?」
「はい。自分の感情では行動を決めずに、決断を二人の親に任せていたでしょう?」
「だって彼らの問題でしたから」
二人の問題に、ゲストである俺が口を挟むのは無粋な気がした。
あのときの決断で変わるのは彼らの人生なのだから、決めるのは彼らであるべきだ。
「確かに彼らの問題ですが、ショーンくんも問題解決に手を貸す立場でしたよね? ある意味では、あの問題における関係者とも呼べます」
「一日だけの薄い関係ですよ」
「それでも関係者には違いありません。それなのにショーンくんは『こうするべきだ』といった発言はせずに、ただ彼らの希望を聞いて、その希望に繋がる行動を起こしました」
俺に「こうするべきだ」なんて発言は出来るはずもない。あのときあの瞬間に赤ん坊を助ける方法は分かっても、その赤ん坊が大人になるまでには、またいくつもの分岐点がある。選択によっては、あのとき死んでいた方がマシだったと思うような未来に繋がってしまうかもしれない。未来はいつだって不確定なのだから。だから俺は……。
「ショーンくんは、大きな決断をするときは、冷静で一歩引いて見えます。秩序を重んじ理性的に、第三者の立場で、正しい答えを出そうとしています」
「それは……善いこと、ですよね?」
ヘイリーとアドルファスの件はさておき、もし俺が勇者パーティーに虐められている当事者の立場で判断を下していたら、ダンジョンから彼らを助け出すことが出来なかった。だから、あれで良かったはずだ。
「どうでしょうね。私だったら、少し寂しいと感じてしまうかもしれません」
「寂しい、ですか?」
「だって、あくまでも他人事として処理をしているように見えますから」
そしてドロシーは笑顔のまま、続けた。
「まるで、人間なのに人間じゃないみたいです」
ドロシーの発言を聞いた魔王リディアが、俺の隣で皮肉めいた笑みを浮かべた。
「人間じゃないみたい、それに傍観者であることを見抜いている。ドロシーは本質を見る目を持っているのかもしれんな」
「リディアさん? 何の話ですか?」
「気にするな。こっちの話じゃ。それにしても、人間なのに人間じゃないみたい、とは。ブーメランというか何というか。ドロシーは心のどこかで、自身の置かれている状況を理解しておるのかもしれんな」
俺もそう思う。きっとドロシーは頭ではすべてを理解している。しかしその事実を飲み込むと心が壊れてしまうのだろう。だから自己防衛として、何にも気付いていないことにしている。
「であれば、ドロシーは完全に狂っているわけではないのじゃろうな」
魔王リディアがぼそりと呟いた。
「……すみません。疲れてしまったので、先に休んでもいいでしょうか」
俺と魔王リディアが話をしていると、ドロシーがあくびを噛み殺しながらそう言った。
「せっかくのお客様だから、まだお話を聞きたかったですし、もっとおもてなしをしたかったのですが……」
「俺たちのことは気にせずに休んでください。顔色が悪いですから」
ドロシーの顔色は、時間が経つにつれてどんどん青くなっていった。現在は病人と言われても簡単に信じるくらいには、顔色が悪い。
「最近疲れやすくて……父と母と兄には一つのベッドで寝てもらうので、お二人は空いているベッドを使ってください」
それだけを言い残し、ドロシーは寝室へと消えていった。
ドロシーのいなくなった居間で、魔王リディアの顔を見た。
魔王リディアは、ドロシーの向かった寝室をじっと見つめている。
「ドロシーさん、大丈夫でしょうか」
「ショーンがどういう意味で大丈夫と言っているのかは知らんが、体調に関してなら、寝れば回復するじゃろう。あれだけ力を使ったら疲れるのは当然じゃ」
その通り、ドロシーが疲れないわけがない。勇者パーティーで旅をしていたときも、あれほどの力を使う人は見たことがなかった。ドロシー自身に資質があることはもちろん、あのような力の使い方をしたら魔力が枯渇することが目に見えているため普通は力をセーブするからだ。
「しかし『父と母と兄には一つのベッドで寝てもらう』ときたか。頭では自身の置かれた状況を完全に理解しておるのう。心が受け入れることを拒否しているだけで」
「俺に出来ることは無いでしょうか。たとえばラッキーメイカーを使って」
「すべては終わったことじゃ。ショーンのラッキーメイカーでは過去は変えられんじゃろう?」
「……はい。俺が変えられるのは、未来だけです」
だからせめて、ドロシーの未来に光が差すことを願おう。