下手に敵認定されては困るということで、僕たちは女の要望通りに旅の話を聞かせることにした。
どんな話をしても、女は楽しそうに聞いている。ヤバイ女であることは間違いないが、こうも身を乗り出して話を聞かれると、話し甲斐がある。
「…………ということがあって、僕たちはその村を救った」
「さすがは勇者様ですね」
「魔王を倒すのはもちろんだが、村人を救うのも勇者パーティーの役目だからな」
「では、どうしてこの村のことは救ってくださらなかったんですか?」
時が止まった。
女は相変わらずニコニコとしているが、感情のこもっていないその声は、表情とちぐはぐで薄ら寒い。
「私、何度も助けを呼んだのに。何度も何度も何度も何度も」
僕たちを責めるような口調なのに、女は相変わらず笑顔だ。
「わたくしたちは救いを求める声には力を貸したいと、常日頃から思っております。ですが所詮わたくしたちは人間の身。離れた村で発せられた声を聞くことは出来ません」
「分かっています。いいんですよ。村人は全員無事でしたから」
「あの、えっと、村人は無事なんかじゃ……」
「無事ですよ? このお茶だって母が淹れてくれたじゃないですか」
魔法使いはおかしなことを言う女に困惑している。しかし狂人の言うことに、いちいち振り回されるのは時間の無駄だ。
「……諦めろ。こいつは狂ってる」
女の言葉には整合性が無い。自分自身が何を言っているのか、把握できていないのだろう。
「きっとこの女は、自分以外の村人全員が魔物に殺されて、狂ってしまったんだ」
その証拠に女は、困惑する魔法使いにも、同情する僧侶にも、魔物への怒りを堪える戦士にも、反応しない。ただ旅の話をねだるばかりだ。
「もっと聞かせてください。勇者様が救った数々の村のことを。この村を見捨てて救った村のことを」
「私たちはこの村を見捨てたわけじゃなくて……」
「こいつに言っても無駄だろう」
「勇者様は、ヒーローは、他の誰を助けても、私を助けには来てくれないんですよ。あはっ、あははははっ!」
女はおかしくて仕方がないとでも言うように、声を上げて笑った。
静かな村に、女の笑い声だけが響き渡った。
* * *
旅の話をねだりまくった女は、夜になると僕たちを置いて早々と寝室へ行ってしまった。
一応夕食を出してはくれたものの、出されたのは茹でたじゃがいもだった。これなら自分たちで狩りをした方が、よっぽどいいものが食べられた。
「…………あの狂ったネクロマンサーは寝たか?」
寝室から帰ってきた僧侶と魔法使いに尋ねた。
「ぐっすりです。村人全員を操っていますから、魔力を消費して当然です」
「寝てるところにさらに睡眠魔法を掛けておいたから、朝まで目を覚ますことは無いわ」
これで準備は万端ということだ。褒美も出ないのに立ち寄っただけの村で死体を埋葬するなど面倒くさいことこの上ないが、パーティーに亀裂が入ることは避けたい。早く終わらせて、とっとと寝よう。
「あのネクロマンサーも魔物の被害者だ。魔物が村を襲わなければ、狂うこともなかった」
「そうね。可哀想な人よね」
一緒に談笑をしたからだろうか。戦士と魔法使いは、女に同情をしているようだった。
「ですが、可哀想なら死者を冒涜しても良いということにはなりません。彼女には同情しますが、死者の尊厳は守られるべきです」
一方で僧侶は女に同情はしているものの、人間の死体を操っているという点では、女を責める姿勢のようだ。僧侶は僧侶であることも手伝って、死者を無理やり操る女の行為に、邪悪さを感じているのだろう。
「さあ今のうちに村人たちを土に埋めてあげましょう。静かに眠らせてあげましょう」
僧侶の言葉を合図にして、全員が席を立った。
「村人たちを埋める穴は俺が掘る。重労働だからな」
「村人たちは私が浮遊魔法で運ぶわ。魔力回復薬をがぶ飲みするけど、そこは許してよね」
「わたくしは運ばれてきた遺体とネクロマンサーとの契約を浄化します。そして死者に祈りを捧げます」
「最期に僕が遺体を埋葬する」
全員で決めた役割分担を再度確認した。長い夜になりそうだ。
「ではみなさん、健闘を祈ります」