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第53話


 歩き続けていると、前方に小さな村を見つけた魔法使いが嬉しそうな声を上げた。


「村があったわ。ダンジョンへ行く前に食料を補給しよう!」


 確かに食料が尽きかけている。それにダンジョンへ行く前に一度、柔らかいベッドで身体を休めておきたい。

 しかし近付くにつれて、村の様子がおかしいことに気付いた。人が生活している気配がまるで感じられない。


「…………待て。村の様子が変だ」


 僕は走って村へ向かおうとする魔法使いを止めた。僕の様子を見た戦士、僧侶、魔法使いの緊張が高まっていく。僕たちは慎重に村の中に入ると、周囲を観察しながら歩いた。村の家々の壁には赤黒い血痕が飛び散っており、地面もところどころ変色している。


「まあ、なんて酷い。この村は魔物に襲われてしまったのですね」


 僧侶が悲しそうに血痕を見つめている。しかしこの村は、それだけではない気がする。


「気を付けろ。この村はどこかおかしい」


 魔物に村人が全滅させられたのだとしたら、死体が転がっているはずだ。魔物が食べていたとしても、骨すら見当たらないのはおかしい。村を襲った魔物が、行儀よく骨をゴミ箱に捨てるなんて話は聞いたことがない。


「あっ! 村人がいるわ。こんにちはー」


 静まり返った村の中で、魔法使いが一人の村人を見つけた。この村には誰もいないと思っていたため、少し安堵する。生き残りがいるなら、村人たちの死体を埋葬したと考えられるからだ。…………しかし。


「ひいっ!?」


 魔法使いの悲鳴を聞き、急いで彼女の元へと向かう。そして魔法使いの見たものを、全員が目撃した。


「頭が半分……無い……」


「死んでいるのに……生きています……」


「これは一体……」


 僕たちは村の中を見て回った。

 村の中では、死体が生活をしていた。椅子に座っているもの、歩いているもの、本を読んでいるもの。誰一人として呼吸をしていないのに、そのことに気付いていないかのように暮らしている。


「村人全員がこの状態なのか!?」


「……いや。生きている人間もいるようだ」


 突如として僕たちの前に現れた女は、怪我一つ無く、人間らしい顔色をしている。


「あら。旅のお方ですか? 最近よく現れますね」


 群青色の髪をした女は、村の様子など意にも介していない様子で微笑んだ。


「あの、この村はどうしてこのような……こんな状態なのですか?」


「酷い有り様ですよね。魔物に襲われたんです」


 僧侶が言葉を濁して尋ねると、女からは僕たちの求めているものとは違う答えが返ってきた。


「それは分かるが、問題なのはそこではなく」


「でも幸いなことに、村人は全員無事だったんです」


「はあ?」


 女はニコニコとしながら、意味の分からないことを言った。誰がどう見ても村人は無事ではないというのに。


「奇跡みたいですよね。村人全員が元気だなんて」


「元気ってどこが……むぐっ」


 女の発言のおかしさを指摘しようとした魔法使いの口を、戦士がふさいだ。そして女に聞こえないよう、小声で囁く。


「たぶん犯人はあいつだ」


「では死体が動いているのは……」


「あの女はネクロマンサーだろうな。村人を動かして何の意味があるのかは分からんが」


 僕も同意見だ。こんなことが出来るのは、死体を操るネクロマンサー以外には考えられない。


「でも人間を操るネクロマンサーなんて聞いたことがないわ。普通は動物とか魔物を操るでしょ!?」


 そう、ネクロマンサーは通常、動物や魔物の死体を操る。人間の死体を操ることは倫理に反するとされているからだ。しかし動物の死体であっても、死体を操る行為自体が不道徳だと考える者も多く、ネクロマンサーの肩身は狭い。そのため自身がネクロマンサーであることを隠して生活をするネクロマンサーも多い。


「事実として、あいつは人間を操っている。しかも大勢。どう考えても普通じゃない」


「こんなの死者に対する冒涜です! 死者をお墓で眠らせずに操るだなんて!」


 案の定、僧侶が非難の声を上げた。


「操られている死者たちを、わたくしたちで埋葬してあげられないでしょうか」


「僕たちはそんなことをしてる場合じゃないだろ」


 勇者パーティーである僕たちは、一刻も早くダンジョンをクリアして強くならなければいけない。寄り道をしている場合ではないはずだ。


「でも、でも……お墓に埋めてあげないことには、僧侶であるわたくしはこの村を離れられません」


「確かに、操られ続ける死者たちが可哀想ね」


「とはいえ、あのネクロマンサーが起きている間は、墓に埋めるのは無理だろうな」


 どうやら戦士と魔法使いも、僧侶の意見に賛成のようだ。三人はこの前のダンジョンで何が起こったのかを正確に把握していないせいで、危機感が薄いのかもしれない。彼らは僕がダンジョンを攻略したと思っている。しかし事実は違う。荷物持ちが来なければ、僕たち勇者パーティーはダンジョン内で全滅していた。

 ……僕はそれを三人に伝えるつもりはない。しかし、事実を伝えないことがこんな形で影響を及ぼすとは思わなかった。


「じゃあ今すぐ彼女を睡眠魔法で眠らせよう」


「いや、村人全員を操るネクロマンサーだ。敵認定されることは避けたい」


「放っておいても魔力回復のために睡眠をとるはずです。それまで待ちましょう」


「じゃあ夜になって彼女が寝たら、その上から私が睡眠魔法を掛けるわね」


「勇者もそれでいいか?」


 良くはない。僕はこんな村は放っておいて、さっさとダンジョンへ行きたい。しかし三人の間でとんとん拍子に話が進んでしまった。ここで強引に三人をダンジョンへ連れて行っては、僕に対する不満が溜まるだろうことは、容易に想像ができる。


「お話は終わりましたか?」


 こそこそと会話をする僕たちに向かって、女が鈴を転がすような声で質問した。


「ここで会ったのも何かの縁です。時間があるようでしたら、私に旅のお話を聞かせていただけませんか?」




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