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第52話


【side 勇者】


 僕たち勇者パーティーは魔王城へ進むルートを一旦外れ、とあるダンジョンを目指していた。


「ねえ勇者、もう少し行くとダンジョンがあるのよね?」


「ああ」


「勇者さん、どうしたのですか? 最近口数が少なくて、わたくし心配です」


「この前のダンジョンで全滅しそうになったから、思うところがあるんだろ。俺も自分の実力を過信していたと反省しているところだ」


 僧侶の疑問には、僕の代わりに戦士が答えた。当然それも理由の一つだ。


「反省してるのは私もよ。だからこそ魔王城へ行く前にダンジョンに潜りまくって自らを鍛えようって話になったのよね」


「この前のダンジョンと言えば、わたくしたち三人が倒れたのに勇者さんはダンジョンをクリアしたのですよね。さすがです」


「俺たちも勇者を見習って精進しないとな」


「…………」


 戦士と僧侶と魔法使いは、この前のダンジョンでボスモンスターによって気絶させられていた。だからその後の出来事を知らない。

 彼らが回復した後も、僕はダンジョン内で起こった出来事を語らなかった。そのため彼らは、ボスモンスターを倒したのは勇者である僕だと思い込んでいる。


「それにしても、運気があんなに結果に直結してるとは思わなかったわ。荷物持ちがいた頃は全滅しかけたことなんて無かったもんね」


「荷物持ちさんはいつも立っているだけでしたが、立っていることが重要だったのですね」


「今思えば、あいつはボスモンスターとは戦わなかったが、自分の身を守ることは出来ていた。パーティーに置いておいても、損は無かったな」


 あのダンジョン以降、僕たちは運気を上げる装備を購入し、全員が身に付けている。


「荷物持ちのラッキーメイカーって、どの程度運気を上げるユニークスキルだったのかしら。町で買った装備で、同じくらい運気を上げられるもの?」


「どうでしょう。難しい場合は、またラッキーメイカーのスキルを持つ人を勇者パーティーに入れることを検討した方が良いかもしれません」


「ラッキーメイカーなんてユニークスキルは荷物持ち以外で聞いたことがない。装備でどうにもならなかった場合は、荷物持ちをもう一度勇者パーティーに入れることも検討した方が……」


「……うるさいなあ!」


 みんなして荷物持ちを評価するなんてどうかしている。あいつは間違いなく、勇者パーティーには要らない人材だった。


「ごめん。勇者は荷物持ちのことが嫌いだったよね」


「配慮に欠く会話をしてしまって申し訳ありませんでした」


「荷物持ちを追い出した勇者の判断を否定するようなことを言って悪かった」


 戦士、僧侶、魔法使いが僕に謝った。


「だがこの機会だから、勇者に聞いておきたいことがある」


「……何だよ」


 頭を下げた戦士は、顔を上げると僕に質問をしてきた。この機会だから、ということは、何かが前から気になっていたのだろう。


「荷物持ちは役立たずだから勇者パーティーには要らない。勇者のこの意見に俺は賛成した。しかし、荷物持ちが役立たずだと判明する前から、勇者はあいつのことを嫌っていた気がする」


「そういえば初顔合わせのときから気に食わないって顔をしてたわね。戦士と僧侶と私のことは笑顔で受け入れてくれたのに」


「もしかして勇者さんと荷物持ちさんは、前からの知り合いだったのですか?」


 戦士の質問を聞いた僧侶と魔法使いも、不思議そうに僕を見た。


「……いいや。荷物持ちともあのときが初対面だった」


「じゃあ、生理的に無理、みたいなやつ?」


「生理的に無理か。ああ、それが近いかもしれない」


 僕は荷物持ちに出会った瞬間に、あいつのことが気に食わなかった。

 …………違う。

 今思えば、気に食わないのではなく、僕は心のどこかであいつのことが恐ろしかったのかもしれない。


「というか、お前たちは荷物持ちに何も感じなかったのか?」


 僕は逆に戦士と僧侶と魔法使いに尋ねた。


「感じるって何を?」


「説明しづらいんだが……不穏なナニカだ」


 僕の言葉を聞いた三人は、互いに顔を見合わせた。


「俺は特にそういったものを感じたことはないが……まさか、荷物持ちは実は魔物で、魔物側のスパイだったのか?」


「それは無いわ。幻術や変身で姿を偽ってるなら、私が睡眠魔法を解いた際に一緒に解けてるだろうし」


「魔法使いさんに同意です。回復担当のわたくしも、彼は魔物ではないと思います」


 僕も荷物持ちが魔物だとか魔物側のスパイだとか、そういった類の疑惑は持っていない。もしそうだったとしたら、勇者である僕もその事実に気付くはずだ。

 だから荷物持ちは人間だ。しかも特別強いわけでもない。しかし……。


「三人はあいつに対して、本当に何も感じなかったのか?」


「私は荷物持ちのことを、勇者パーティーに相応しくない弱い人間としか感じてなかったわ。それ以外だと、飄々としてて、ちょっと鼻につくと思ってたくらいかしら」


「そうですね。掴みどころがないと言いますか、懐に飛び込んでくるタイプの人ではなかったですよね、荷物持ちさんは」


「ああ。荷物持ちには一歩引いたようなところがあった。全てが他人事というか。俺も傍観者気味だから強くは言えないが。しかし、不穏なナニカみたいなものは感じなかった」


「……そうか」


 どうやら三人は荷物持ちに対して、僕の感じているような印象は持っていないらしい。それならあれは僕の思い過ごし……と考えるには、荷物持ちに対する嫌悪感は異常だ。

 この感覚は一体何なのだろう。

 黙り込んでしまった僕に、魔法使いが首を傾げながら質問をしてきた。


「不穏なナニカって言われてもピンと来ないのよね。具体的には、何に近い感じ?」


 この恐怖と嫌悪感に近いもの。他の人間に当てはめるには、特殊過ぎる感覚だ。

 だって、これはまるで。


「…………災害」


 そう、災害を察知した際の、恐怖と嫌悪感に似ている。


「僕はあいつに、災害そのもののような、不穏なナニカを感じていた」


「ますますピンと来ない感覚ですね」


 しかし三人にはこの感覚が伝わっていないようだ。三人して納得のいっていない顔をしている。


「災害とは、地震とか竜巻とか、そういうもののことだろう? そんな巨大なものを勇者は荷物持ちに感じていたのか? 俺にはとてもあいつがそんなに強いようには思えない」


「さすがに買いかぶり過ぎではありませんか? ラッキーメイカーがすごいユニークスキルだということは分かりましたが、災害だなんてそんな規模の力ではないと思います」


「私もそう思うわ。運気を上げられたところで、荷物持ち自身の戦闘力は大したことないもの。あくまでも補佐的な役割しか出来ない能力だわ」


 荷物持ちに不穏なナニカを感じていない三人には、いくら説明してもこの感覚は伝わらないのだろう。もどかしいが、仕方がない。


「三人の言う通り、荷物持ちは強くないと僕も思う。だが、この感覚を伝える表現として『災害』以外の言葉を僕は知らない」


「荷物持ち自身は強くないけど、災害のようなものを感じるってこと?」


「ますますよく分からない感覚ですね」


「感覚を言語化するのは難しいからな。要は、勇者は荷物持ちのことがとにかく嫌いってことか。災害に似た嫌悪感を覚えるほどに」


「きゃははっ! 災害級に嫌いって、どんだけ嫌いなのよ」


「災害級に嫌いなのでしょう」


「それー!」


 三人は僕が荷物持ちのことを災害級に嫌いだということで、落ち着いたらしい。僕の感覚は正しく伝わっていないが、これが限界なのだろう。

 きっと荷物持ちに対する不穏なナニカは、僕が『勇者』だからこそ、感じるものなのだから。




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