「約束通り、来たわよ……って、ショーンとリディアは?」
村に、珊瑚色の髪を一つに結った少女がやってきたのだ。ものすごいタイミングで。
「これはどういう状況!?」
私の操る魔物が、戦士に飛びかかった。戦士は大剣で魔物を薙ぎ払う。しかし痛覚のない魔物は、剣を恐れずに何度も戦士に向かっていく。戦士が何度でも立ち上がる魔物と戦っている間に、別の魔物に残りの三人を襲わせる。勇者は剣で魔物を刺し、魔法使いと僧侶は杖を振り回して魔物を追い払っている。
「あいつが、あの狂ったネクロマンサーが、私たちを襲ってるの! もうっ、距離さえ取れれば魔法で吹き飛ばせるのに!」
魔物に手こずる僧侶と魔法使いを集中的に狙う。一人でも相手の人数を減らせれば、戦闘が格段に楽になるからだ。
「あなたたちは、私の幸せな世界を壊しました。絶対に許しません」
勇者と戦士によって二匹の魔物が再起不能にされた。いくら痛覚が無くても、バラバラに切り刻まれては、もう戦えない。しかしこの村には代わりの魔物がいくらでもいる。
新たな魔物を勇者と戦士に差し向け、僧侶と魔法使いを助けることが出来ないようにする。
「……あたしには、どっちが正しいのか分からないわ」
少女は戦闘を続ける私たちを困惑しながら眺めている。
勇者たちも私も、突然現れたこの少女に攻撃を当てるようなことはしなかったが、流れ弾が当たる位置にいつまでも突っ立っていられるのは少し困る。
「僕たちは勇者パーティーだ。僕たちの後ろに隠れろ!」
同じことを思ったのだろう勇者が、少女を自分たちの後ろに下がらせようとした。
「勇者である証拠は?」
「この剣は国王に渡された勇者の剣だ」
勇者はそう言いながら、件の剣で魔物を突き刺した。
「あたし、本物の勇者の剣を見たことがないから、それが本物かどうかの判断が出来ないわ。勇者詐欺だったりしない?」
しかし少女は、勇者の剣とやらを見ながら首を傾げている。
「この状況で騙してどうするんだ!?」
「うーん……そうだ! この中に合図玉を割った人はいる? これなんだけど」
少女は戦闘中の私たちの前で、呑気に懐からとあるものを取り出した。
取り出されたのは、星空を閉じ込めたような綺麗なガラス玉だった。
「なんだよそれ!?」
「それ、は……」
あれは、私がもらったヒーローを呼ぶお守りだ。あのお守りは割ったはずなのに、どうして少女が持っているのだろう。
「その反応、あなたがあたしを呼んだのね!?」
少女は私の元へと歩みを進めた。
「その女は危険だ!」
勇者が少女に向かって叫んだが、少女は構わずに私の元へとやってきた。そして私の目の前でぴたりと止まる。
「あたしはあなたを助けに来たの。助けを呼ばれたから」
「私を、助けに来た……?」
目の前の少女が信じられないことを言っている。私を助ける者など、この世のどこにもいないのに。
「その女に近付いたら危ないわよ!?」
「早くこっちに来るんだ!」
少女の後ろでは、勇者パーティーの面々が少女を止めようと叫んでいる。
しかし少女は、その声に耳を貸そうとはしない。
「あたしはあなたを助けたいの」
「私を……?」
「そうよ。助けてほしいから呼んだんでしょ?」
その通り、助けてほしいから呼んだ。
これまでだって、何度も助けを呼んだ。何度も何度も何度も何度も。
でも一度も助けは来なかった。
それなのに。目の前の少女は、私を助けに来たと言っている。
……ずっと待っていた。私を助けてくれる誰かを、ずっとずっと待っていた。
私以外の村人が死んでも、ここでずっと助けを待ち続けていた。
夢のような平穏で幸せで残酷な世界から、私を救ってくれる――――ヒーローを。
「…………私を、助けて」
喉から漏れた声は、あまりにも弱々しく、村が襲われたあの日の私のもののようだった。
「あっ、危ない!」
身体中の力が抜けて倒れ込む私を、少女が慌てて受け止めた。足に力を入れようとしたが、身体のどこにも力は残っていなかった。
「大丈夫?」
「……大丈夫では、ないですね」
なんとか声は出たものの、もう眼は霞んでいる。髪色で私を抱えている人物が後から来た少女であることは判別できるが、その表情はよく見えない。
「怪我はしてないようね」
「はい。力を、使いきった……みたいです……」
瞼が重い。気を抜いた途端に暗闇に落ちてしまいそうだ。
「誰だか知らないが、離れろ。そのネクロマンサーは危険だ」
「危険人物には見えないわ。ただの女の子よ」
もう瞼は半分以上閉じてしまったが、かろうじて少女と勇者たちの会話が聞こえる。
「魔物を操って俺たちを襲っていたのを見ただろう!?」
「今は何もしてないわ」
「今は魔力が尽きたからで、回復したらまた何をするか分からないんだぞ!?」
「それでも。あたしは、この子に助けてって言われたの」
少女は勇者たちを相手に、一歩も引かなかった。見た感じ少女は全く強そうではなかったが、私が実力を測れていないだけで本当は勇者に意見できるほどに強いのだろうか。
「あんたに何が出来るのよ。魔力は少なそうだわ」
「身体つきも戦士と呼ぶには細すぎる」
「それでいて回復職でもないように見えます」
勇者パーティーのメンバーも、少女が強いとは思っていないみたいだ。
「あたしに何が出来るかは……正直、分からない。あたしって弱いし」
「はあ!?」
「でも、助けるって約束したから。助けを呼ぶ声に応えるのが、ヒーローだから!」
ああ、少女は自分でも自身が強いとは思っていないのか。それなのに、勇者パーティーを相手にしても引こうとはしない。
私の渇望していたヒーローは、ここにいた。
この場の誰よりも弱く、しかしそれでも自分を貫き通す、正義のヒーローが。
「………………もう行くぞ」
「勇者!?」
「この村を放っておくのですか!?」
「僕たちには、他にやるべきことがあるだろう」
「勇者さん、こんなことをしでかしたネクロマンサーを野放しにしてはいけません」
「僕たちは魔王を倒すために旅をしてるんだ。寄り道をしてる暇はない」
勇者はもう、私にも、この村にも、興味を失っているようだった。私とこの村の問題よりも、優先したいことがあるようだ。
「それはそうだけど、でも勇者」
「何より後から来たあいつが、ネクロマンサーを離すとは思えない」
あいつというのは、私を抱えている少女のことだろう。
その意見には私も同感だ。この少女を動かすのは、一筋縄ではいかない。
「勇者の決めたことだ」
これまで黙っていた戦士が、僧侶と魔法使いを説得する側に回ったようだ。
「戦士さんまで、そんなことを仰らないでください」
「そうよ。悪を放っておくのは、勇者パーティーとしてよくないわ」
「悪は、村を襲った魔物は、もういない。それでいいだろう」
戦士が諭すように言った。続いて勇者も畳みかける。
「早く魔王を倒せば、この村のような悲劇を減らせるはずだ」
「……分かったわよ」
「……分かりましたわ」
その言葉を最後に、四人の足音は遠くなっていった。
ああ、すごい。
正義のヒーローには、戦闘力なんて必要なかったんだ。
そんなものが無くても、自分の正義を貫くことが出来る。
誰が何と言おうとも、ううん、誰にも何も言わせない。
この少女こそが、ヒーローだ。
* * *