目を覚ますと、頭上に広がっていたのは青空ではなく、天井だった。
見慣れた実家の天井ではないが、ここがベッドの上であることは間違いないだろう。
「…………うっ」
身体を起こそうとすると、激しい眩暈がした。仕方がないので、再びベッドに身体を預ける。
「大丈夫? 急に起き上がると危ないわよ」
声の主は私の額に、冷たい布を置いた。ひんやりとした心地よさを感じながら、声の主である少女に尋ねる。
「あなたは一体、誰ですか?」
「あたしはただの冒険者。しかもかなり弱い、ね」
少女は優しく微笑みながら私を見つめた。
間違えるわけがない。彼女は、珊瑚色の髪のヒーローだ。
「どうして私を助けに来てくれたんですか……?」
「これ」
少女はキラキラ光るガラス玉を私に握らせた。
「これ……ヒーローが来てくれるお守り……」
「なにそれ。ショーンってばそんな風に言ったの?」
「あなたはショーンくんのお知り合いの方ですか?」
お揃いの物を持っているということは、知り合い以上の関係であることは確実だ。そうとは知らずに二人のお揃いの品をもらった上に、その品を割ってしまった。
「うーん、知り合いってほどショーンのことを知ってはいないんだけど。でも一緒にクエストをこなした仲よ」
なんだか微妙な反応だ。知り合いと友だちの中間くらいの関係なのだろうか。
「そうだ、まだ名乗ってなかったわね。あたしの名前はヴァネッサ。あなたは?」
「……ドロシー、です」
ヴァネッサに名前を尋ねられたため答えると、彼女の手が伸びてきた。
私も彼女に向かって手を伸ばす。
あのとき助けを求めて伸ばした手が、やっと握られた。
この瞬間を、ずっとずっと待っていた。
「ヒーローが、来てくれた……」
「自分でヒーローを名乗っておきながら、あらためて言われると、恥ずかしいわね」
「恥ずかしくなんてありません。あなたは私のヒーローです」
ヴァネッサの手をぎゅっと握りながら、呟く。
「私はきっと、救われたかったんです。伸ばした手を、温かい手で掴んでほしかった」
ヴァネッサの手からは体温が伝わってくる。この村の人たちが失ってしまった、体温が。
「とっても温かい、です」
「寒かったの?」
「……そうかもしれません。私はずっと、寒さに凍えていたんです。そのことに気付かない振りをしていました」
抽象的で意味の分からないことを言う私を、ヴァネッサは否定しなかった。
「寒いなら、一緒に南へ行かない? きっと暖かいわよ」
「南、ですか?」
突然話が飛んだ。私が目をぱちくりとさせると、ヴァネッサは照れた様子で私を勧誘してきた。
「ドロシーさえ良ければだけど、あたしと一緒に旅に出ない?」
「旅……考えたこともありませんでした」
自分はこの村で生まれてこの村で死ぬものだとばかり思っていた。
「きっと楽しいわよ。大変なことも多いと思うけど」
「旅、ですか……」
「あのね、私、自分で言うのもアレだけど、すごく弱いのよ。だから大変な旅になるかもってことは先に伝えておくわね。それも考慮して決めてね」
勧誘するときには、そんなことを言わなければいいのに。まっすぐというか、愚直というか。
……きっとそんなヴァネッサだから、私は救われた。
「手を掴んでくれるヒーローがいるなら、きっと私は、大丈夫です」
「うん?」
「あなたが弱くても構いません。私が強いので」
「カッコイイことを言うわね」
ヴァネッサはリュックサックから地図を取り出して、ベッドの上に広げた。
「ねえ、ドロシー。もしかして毒蜂退治が得意だったりしない? ここへ来る途中に毒蜂の巣を見つけたんだけど、あたしじゃ手が出せなくて。このあたりに巣があるの」
「毒蜂退治ならお安い御用です。村に転がっている魔物を連れて行きましょうか」
「うっわー、頼もしい!」
とはいえ出発するのは明日以降になるだろう。今のふらふらな状態のまま出発しても、魔物たちの格好のエサになるだけだ。
だから、今夜は。
「ここで会ったのも何かの縁です。私に旅のお話を聞かせていただけませんか?」