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第59話


 目を覚ますと、頭上に広がっていたのは青空ではなく、天井だった。

 見慣れた実家の天井ではないが、ここがベッドの上であることは間違いないだろう。


「…………うっ」


 身体を起こそうとすると、激しい眩暈がした。仕方がないので、再びベッドに身体を預ける。


「大丈夫? 急に起き上がると危ないわよ」


 声の主は私の額に、冷たい布を置いた。ひんやりとした心地よさを感じながら、声の主である少女に尋ねる。


「あなたは一体、誰ですか?」


「あたしはただの冒険者。しかもかなり弱い、ね」


 少女は優しく微笑みながら私を見つめた。

 間違えるわけがない。彼女は、珊瑚色の髪のヒーローだ。


「どうして私を助けに来てくれたんですか……?」


「これ」


 少女はキラキラ光るガラス玉を私に握らせた。


「これ……ヒーローが来てくれるお守り……」


「なにそれ。ショーンってばそんな風に言ったの?」


「あなたはショーンくんのお知り合いの方ですか?」


 お揃いの物を持っているということは、知り合い以上の関係であることは確実だ。そうとは知らずに二人のお揃いの品をもらった上に、その品を割ってしまった。


「うーん、知り合いってほどショーンのことを知ってはいないんだけど。でも一緒にクエストをこなした仲よ」


 なんだか微妙な反応だ。知り合いと友だちの中間くらいの関係なのだろうか。


「そうだ、まだ名乗ってなかったわね。あたしの名前はヴァネッサ。あなたは?」


「……ドロシー、です」


 ヴァネッサに名前を尋ねられたため答えると、彼女の手が伸びてきた。

 私も彼女に向かって手を伸ばす。

 あのとき助けを求めて伸ばした手が、やっと握られた。

 この瞬間を、ずっとずっと待っていた。


「ヒーローが、来てくれた……」


「自分でヒーローを名乗っておきながら、あらためて言われると、恥ずかしいわね」


「恥ずかしくなんてありません。あなたは私のヒーローです」


 ヴァネッサの手をぎゅっと握りながら、呟く。


「私はきっと、救われたかったんです。伸ばした手を、温かい手で掴んでほしかった」


 ヴァネッサの手からは体温が伝わってくる。この村の人たちが失ってしまった、体温が。


「とっても温かい、です」


「寒かったの?」


「……そうかもしれません。私はずっと、寒さに凍えていたんです。そのことに気付かない振りをしていました」


 抽象的で意味の分からないことを言う私を、ヴァネッサは否定しなかった。


「寒いなら、一緒に南へ行かない? きっと暖かいわよ」


「南、ですか?」


 突然話が飛んだ。私が目をぱちくりとさせると、ヴァネッサは照れた様子で私を勧誘してきた。


「ドロシーさえ良ければだけど、あたしと一緒に旅に出ない?」


「旅……考えたこともありませんでした」


 自分はこの村で生まれてこの村で死ぬものだとばかり思っていた。


「きっと楽しいわよ。大変なことも多いと思うけど」


「旅、ですか……」


「あのね、私、自分で言うのもアレだけど、すごく弱いのよ。だから大変な旅になるかもってことは先に伝えておくわね。それも考慮して決めてね」


 勧誘するときには、そんなことを言わなければいいのに。まっすぐというか、愚直というか。

 ……きっとそんなヴァネッサだから、私は救われた。


「手を掴んでくれるヒーローがいるなら、きっと私は、大丈夫です」


「うん?」


「あなたが弱くても構いません。私が強いので」


「カッコイイことを言うわね」


 ヴァネッサはリュックサックから地図を取り出して、ベッドの上に広げた。


「ねえ、ドロシー。もしかして毒蜂退治が得意だったりしない? ここへ来る途中に毒蜂の巣を見つけたんだけど、あたしじゃ手が出せなくて。このあたりに巣があるの」


「毒蜂退治ならお安い御用です。村に転がっている魔物を連れて行きましょうか」


「うっわー、頼もしい!」


 とはいえ出発するのは明日以降になるだろう。今のふらふらな状態のまま出発しても、魔物たちの格好のエサになるだけだ。

 だから、今夜は。


「ここで会ったのも何かの縁です。私に旅のお話を聞かせていただけませんか?」




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