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第2章 勘違いから始まり、結局は恋心に

第3話 借り物競争と障害物走を合わせたら

 ──やがて、仲間たちと和やかな昼食を終えて、体育祭も後半へとさしかかる。


 日陰のない熱気が含まれたグラウンドには、太陽をさえぎる雲さえも味方ではないようだ。


「では、続きまして、二年による借り物ツイントラベル障害物走を行います──なっ、洋一よういち君、そんな難しい顔して何事かな?」

「いやいや、日向ひゅうがさん。その項目はありえないよな?」


 放送席のテントでアナウンスする日向さんの言葉に不満げな自分がいた。


「普通、どちらかに分けて、借り物か、障害物だろ?」

「……いや、でも手元のマニュアルには、そう書かれていて」

「だああー、お前な。明らかに変だろ、チョコと丸かじりなコロネを求めて走り出すトライアスロンじゃないんだからさ? そこは知恵をきかせて、臨機応変のアドリブで対応できるだろ?」

「そんなお芝居みたいなこと、ボクにはできないから」

「あのなあ、放送委員ならさっしろよ。いつも昼休みの放送では自分の想いを主張してるポエムが喋れて、なぜ今はできないんだ?」

「それは、ボクは……」


 すると、日向さんが頭をうつむきながら、モジモジと黙り、聞き取れないうわごとを述べている。


「何だ、トイレにでも行きたくなったか? ここで漏らしても構わんぞ?」

「違うわよ、レディに対してその発言は失礼でしょうがっ!」


 メリッという衝撃音と同時に俺の顔面に、彼女による鉄槌てっついの拳がめり込む。


「ぐぶふ、ぶべら、ららーめん、だいじゅぎ、ごむぎざんー!?」


 俺はそのパンチを受け、昨夜、中々眠れずに読みふけっていた漫画のワードを口ずさみながら、隣のテントを突き抜け、草木を切り抜けて緑のフェンスまで飛んで行き、砲丸投げの末路のごとく、その壁に身体を鈍く叩きつける。


 ──二の腕の細い女子からは想像もつかない、何という怪力だろうか。

 この力量で運動部に入らないのが、さぞかし勿体もったいない。


「──さて、皆さま。どうもお騒がせいたしました。それでは、これより借り物ツイントラベル障害物走を行います。二年生の生徒は、すぐさまグラウンドに集合して下さい」

「ふぐぅ、俺の人権は無視かよ……」


 今の俺なら、はかなく散る落ち葉の気持ちに同情する。


 俺氏、安泰あんたいな? 体育祭の行事中に安らかに眠る。


 あばよ、ジョニー。

 俺の人生は燃えつくしたぜ。

 ばたんきゅー。


「ばたんきゅー、じゃないわよ。洋一君も二年生でしょ。時間がないから早く集まって」


 日向さんが、こちらの様子をささやかに感じ取りながら、救いの手を伸ばしている。


 嘘だろ? 

 放送席のテントからこのフェンスまでは、おおよそ300メートルはある。


 そんな距離をものの1分足らずで到達し、なおかつ呼吸も乱れていない。


 彼女の身体能力の高さに衝撃を隠せない……。


「日向さん、君には運動部の方が向いてるよ……」

「んっ、どういう意味かな?」


 日向さんがハテナマークな表情で首を傾げている。


「──そのまんまの意味だが……」


 まさか、真面目なように見えて、天然素質だったとは……。


****


「さあ、それでは借り物衝撃……ぷぷっ、じゃなかった、障害物走を開始します」


 あっ、今、こっち見て笑ったよな?


 日向さんが競技に参加するために、彼女の代わりを担当した女子のアナウンスとはいえ、誠に失礼な行為に値する……。


「あの後輩、俺を見て、あの対応ですよ。今なら特別割引サービスにて、即刻で死刑にいたしますが、いかがなさいますか、日向さん?」


 俺はセーラー服に青のスカートを履いた姿で日向さんに問いかける。


「まあまあ、照れなくていいじゃん。意外とお似合いだよ。このさいだからさ、ボクが要らなくなった服とか、家から持って来ようか?」

「それは、勘弁してくれ。俺の人格が崩壊してしまいそうだ……」

「ふふっ、大真面目に捉えすぎだよ♪」


 ──えっ、何でこんな服を着ているかって?


 それは、時間を少しさかのぼることになるが、あの日向さんのパンチで大地を転がってボロボロの服装になったから、彼女が責任を感じて、同じ席にいた演劇部員に頼んで、替えの服に着替えただけである。


 ──そう、断固、女装の趣味はないが、たまたまサイズが合うのが、このセーラー服しかなかったのだ。


 しかし、スカートってヒラヒラしてスースーして動きづらいし、下着が見えそうで見えない感に恥じらいがある。


 女子がチラ見えを防ぐために、中にスパッツを履く理由が何となく分かる。


 こんな感じで、俺たち白組はライバルの赤組に対抗できるのか?


****


「──よーい、スタート!」


 俺と日向さんとで男女でペアになり、片足を紐で縛った二人三脚で早足で駆けていく。


「──おおっと! 白組百合系カップルが1位に躍り出ました! あの軽快なフットワークは、まさに息のあった夫婦のようです♪」


 ……おのれ、こちらの複雑な感情も知らないアナウンスめ。


 お前な、勝手に話を誇張こちょうするなよ。


 俺は日向さんとは付き合ってもいないし、ましてや、男の娘でもないぞ……。


「……じゃあ、後半は任せたよー!」


 足の縄を解いた日向さんの声援を背中に受けながら、俺は一人で走り出す。


 ──そう、ここから後半は女子のペアとは離れて、男子一人で、この競技をこなさないといけないのだ。


 飴食いに、パン食いに、ケーキの早食いに、最後には借り物競争。


 男子のコースの中に、やたらと甘い食い物系が多いのも、日頃から体型を気にしない男子陣ならではの考えだと……。


「うおお、イケるぞ!」


 飴、パン、ケーキを丸飲みしながら、(よい子は真似しないでね)断トツでそのトップを貫いた俺は、いよいよ最後の借り物競争の場所へと辿り着く。


「──神様、ナノサマ、マーライオン……」


 そして、地面に乱雑に置かれた白い封筒に入れられた、20通ほどの手紙の前へとしゃがみこみ、祈りながら一通の手紙を拾い、手紙の中身を読む。


 その気になる内容とは?


『──アニメの音楽が好きな可愛い娘ちゃん』


「がはっ!?」


 あまりの無茶な注文で、俺の体が一瞬で冷えきってしまう。


 誰が書いたかは知らないが、これは無理だ。


 この学校のテントの敷地内で、ヲタクな美少女とか探し当てるとか絶望的だよな。


 ……俺は焦りを落ち着かせながら、テントの女性たちを品定めするが、一歩勇気が踏み出せない。


 共通の趣味が通じる恋人とかならともかく、女性なら誰だって、アニメなどがヲタクな心は隠したいもの。


 それを、この場所でおおやけにするのだ。


 俺はできるだけ無言で女性陣にそのメモ書きを見せて応対するが、空振りばかり。


 ──そんなこんなで10人ほどあたって、諦めかけた時。


「洋一さん、私……可憐では駄目でしょうか?」

「えっ、君は!?」


 その声の主は、あの美少女の陽氏可憐ようし かれんだった。


「……ボソボソ、君、ヲタクなのか?」

「……いいえ、でもこうでもしないと、赤組が優勝してしまうでしょう?」

「でも、君、これからの人生観を棒に振るぜ?」

「構いません。可憐は何が何でも優勝したいのです」

「分かったよ。それなりの覚悟はできてるんだろうな」

「はい。イタイのは承知の上です」


 俺は勝負と割り切って動揺を抑え、陽氏さんの体操着の袖を軽く掴みながら、ゴール地点へ向かうのだった……。

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