「──そうか、名前は
俺は彼女が走った後の土が弾けた地面を見つめながら、センチメンタルな気分になっていた。
「何だ、おい、
そこへ、俺の肩を
同級生で同じクラスのチャラ男で、キザで美意識高めの
「分かるぜ。彼女は可愛いし、男女ともに評判が良いからな。何なら紹介しようか?」
「なっ、お前。あの陽氏さんと知り合いなのか?」
「フッ。この私の女の子情報網を侮るなよ。この学校に入った初日から可愛い子に対するアンテナは常に張り巡らしておかないとな──って、あれ、何でそんなに私から距離を取るんだ?」
「……この妖怪アンテナ女ったらしに、極悪非道なストーカー。半径二メートルは離れないと、ヤバい病気に侵されるな」
「おいおい。それは何だ。私はインフルエンザーじゃないぜ」
「……しかも、インフルエンザー
「違うだろ、私の血液型の
弥太郎が俺の体操着の襟元を掴み、ロデオボーイのように激しく振る。
もう10月という気候の中、まだ昼前の日差しは強く、その振動と一緒に俺の頭にプラスアルファでダブルパンチされ、クラクラで
……って、俺の頭の表現力は中二病かよと、思わずツッコミたくなる……。
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「──全校生徒の皆さん、お疲れ様でした。お昼になりました。これから午後1時までの一時間は昼休憩のお時間になります。ゆっくりと食事をして
そこへ、スピーカーからの
「──さあ、私たちも行こうぜ」
「だから何でお前までついてくるんだよ──どうせ俺の母さん目当てだろ」
「ノン、違うな。
「何だよ? 母さんもアラサーのおばさんだぞ。ちょっとその設定は無理すぎないか? それにさ、最近は少しふとっ……」
「おっ、おい。洋一、後ろを」
一体どうかしたのだろうか。
さっきまで上機嫌だった、弥太郎の表情が引きつっている。
「ははっ、何を怯えてるんだよ。俺は幽霊なんて信じないたちだからな」
「いや、違うって……」
はっ?
俺は背後からゾクリと
「誰がおばさんだって……?」
後ろにとりついていたのは背後霊などではなく、肉眼ではっきりと分かる人間の骨格。
その固まった俺の体勢からタワワンとした固まりが、俺の後ろから頭に乗ってくる。
「か、母さん!?」
「……それに今、太ったって言いかけたよね?」
「いや、あれは太巻き寿司のワードで……」
「だから嘘をついてもバレるのよ。そんな悪い子はお姉さんがお仕置きしちゃうからね」
うっ、頭に乗っている物体が重すぎて、首がどうにかなりそうだ。
そりゃ、こんだけの巨乳の持ち主ならな。
それを見ていた弥太郎が
おい、マジで苦しいんだから、見てないで、助けろよな。
「──まあ、それはそうと、今日も新しい友達を連れてきたんだよ♪」
ピンクの花柄がポイントな紫の浴衣を着た母さんが、俺から二つの重石を外して、こちらに友達を手招きしている。
相変わらず、社交的でフレンドリーな親だな。
また、早くも友達を誘ってくるとは。
しかし、母さんは弁当を作って、俺を応援しに来たのではないのか?
しかも、この体育祭の最中に……。
「──はい、紹介するね。
「はああ? 何だって!?」
そんな気が動転した俺を横目に、桜の木の下に敷いたレジャーシートに、
「……初めまして、陽氏可憐と申します」
陽氏さんが、ご丁寧に頭を下げ、そして穏やかに
「ど、どうも洋一です……」
その
「可憐ちゃんとはさっきさ、登下校門で知り合ってね。今日は親がいないからコンビニでパンでも買うからと言ってたからさ。
──なら、一緒に仲良く、ご飯食べよと誘ったのよ♪」
どこまでも楽観的な母親だ。
本当に俺とは考えが根本的に違う。
「やっぱり、ご飯はみんなでワイワイしながら食べないとね♪
さあさっ、座って♪」
「──それではお姉さん、この我輩も横によろしいでしょうか?」
「まあ。弥太郎君、いらっしゃい。イケメンも大歓迎よ。どうぞ♪」
「いや、今日は香代さんは一段とお綺麗で」
「うふふ。いやだわ。誉めちぎっても何も出ないわよ、ふふっ。
──あれ、ボーと突っ立ってどうしたの、洋一?
さっさとしないと食べる時間ないわよ?」
「……ああ、分かった」
どうして俺の気になる女の子が、こうやって今、ここでおしとやかに食事を共にしているのか。
これは単なる偶然なのだろうか?
俺はそんな混乱をしながらも割り箸を掴み、重箱のお弁当たちに手を伸ばすのだった。
──そう、ここから俺の決して平坦ではない物語が始まる……。