目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第3章 きっかけを手に入れるためには

第6話 振り出しに戻ったら休み時間だった

****


「おーい、大丈夫か? 生きてるか、返事をしろ、洋一よういち?」

「……ううん、ひょっとして、弥太郎やたろうか。ここはどこだ?」

「ああ、そうだよ。ここは学校のグラウンドだ。私の蹴ったサッカーボールが見事にお前の顔面に直撃してだな。立てるか?」

「何だって? どこ見て蹴ってるんだよ!」


 俺は声を荒くして、弥太郎に怒鳴どなる。

 自身の顔に触れると出血はしていないが、日焼けしたように肌がひりつく。


「そんなこと私に言われても、足が滑ったんだから困る」

「それ普通、手が滑ったの表現じゃないか?」

「まあまあ、サッカーは手を使ったら反則なんだよ」


 弥太郎が足元に転がっているボールを拾う。


「よちよち、怪我はないか……」


 彼は落ちていたボールを拾い、赤子のようになぐさめながら、抱きかかえる。


「それ普通、逆じゃないか?」

「もういちいち突っ込むなよ。洋一には、さっき慈悲じひをかけただろ?」


 弥太郎が呆れ返りながら、俺を軽蔑けいべつな目で眺める。


 ──そうじゃない、今はあのことを確かめなければいけない……。


「まあ、それはそうと目の前にお前がいるということは、今の俺は高校生なのか?」

「……はあ、やっばりその様子だと、脳にまでダメージがいってるか……」

「いや、はぐらかさないで答えろよ!」


 俺はムキになり、弥太郎の体操着の襟首を掴む。


「まあ、どうどう。落ち着けよ……」

「これが落ち着いていられるか!」


「どうしたんだよ、平和主義な洋一らしくないぞ?」

「だったら、その平和条約を今すぐ破棄するからな!」 

「ひええ、新たな独裁者の誕生だ!?」


 俺は怯える弥太郎の襟首を手放し、置かれた物事の状況の把握はあくに努める。


 明後日の結婚式の前に、刃物で殺害された恋人だった可憐かれん

意味深な老婆のマザー・デレサが語っていた過去に戻れる食材、

そして、蝶になって、耳元で聞いた可憐が最期に呟いた言葉……。


『──あなたの仲間に可憐の敵がいます』


 ……あれは、どういう意味だろうか……。


 ……あの可憐に敵がいるなんて考えられないが、抵抗をした痕跡こんせきも見せずに、真っ正面からナイフを刺されていた部分については、何となく理解できるが……。


「まあ、無事に過去に来れたし、これから見極めていけばいいか」

「洋一、何、ブツブツ言ってるんだ?」

「ああ、俺は霊界の使者と知り合いでさ、さっきまで電波でコンタクトしながら話をしていたのさ」


 ……あながち、嘘は言っていない。


「洋一、やっぱりお前、打ち所が悪くて、頭がおかしくなったか。保健室行くか?」


「一撃必殺!」

「びでぶっ!?」


 俺の渾身の一撃でもある肘鉄ひじてつを、腹部に食らった弥太郎が腹を押さえて、うずくまる。


「ひでえや、流産したらどうすんだよ?」

「誰の子供やねん!」

「ハズイな、今さら私に何を言わせるんだ」

「恥ずかしいも何もオカマになっても男には妊娠はまずないぞ──さてと……」

「……酷いな、人権侵害だな」


 弥太郎のボケは放っておき、俺の視線は可憐を探していた。


 ──今の季節はちょうど秋。

 泥で汚れた紺の制服の校章を示すネクタイは緑で──緑色は二年。


 俺は隣でいる、女ったらし妖怪アンテナに尋ねてみる。


「そういえばさ、陽氏可憐ようし かれんという、転入生の女子について何か知らないか?」

「洋一、お前……」


 弥太郎が俺の発言にピクリと反応し、意外そうな瞳で俺を見ている。


「……何だ、俺、おかしなこと言ったか?」

「……いや、お前が女の子に興味を持ち、なおかつ女の子をフルネームで呼び、さらに呼び捨てで呼ぶなんて……お父さんは、いや私は、お前の成長が垣間かいま見れて、とても嬉しいよ」


 しまった、将来、えんがある女の子だから、つい、いつもの感覚で喋ってしまった。


 俺は一度ループした状況だが、弥太郎にとっての世界は初対面だ。


 これからは発言には気をつけないといけない。


 まあ、今さらになっても遅いが……。


「……しかし意外だな。可憐ちゃん、今日来たばかりなんだぜ。出会ってすぐのその反応──なるほど一目惚れか」


 俺の頭の中が地雷を踏んだかのようになり、身動きが止まる。


「それじゃあ、可憐が転入したということは、今日は9月1日か?」

「……いや、昨日が二学期の始業式になる1日で今日は2日目──って、おい、何ガッツポーズしているんだ?」


 俺はデレサのアイテムが起こした奇跡に感謝した。


 前回、可憐の存在を知ったのは10月、ちょうど体育の日に行われた体育祭だった。


 しかし、今回は彼女のことを前世で前もって知っているので、これは好都合に値する。


 これは、またとないチャンスだ。


 あれ?

 でも待てよ、何かが引っかかる……。


「──まあ、いいか。悩むより行動だ」

「頑張れよ、洋一。香代かよさんは私がもらうから安心しろ」

「おい、それとこれとは話が別だ。勝手に人の母親に手を出すな」

「はいはい、相変わらずマザコンだな。あんなダイナマイトで美人の未亡人みぼうじん、いつまでもそのままじゃもったいないぜ」

「もったいないも何も俺の親だからな?」


 俺は駄々広いグラウンドを足早に去りながら、ちょこまかとまとわりつく弥太郎の相手を仕方なくする。


 コイツ、そんなに暇人なのか?


『キーンコーン、カーンコーン♪』


 すると、校内に休みの終わりを告げるチャイムがこだまする。


 時計を見ると13時。

 どうやら今まで昼休みだったようだ。


 これから午後からは授業があるはず。

 だとすると、可憐と接する機会は放課後しかない。


 でも、女の子を誘うのには勇気がいる。

 何かしら後付けの理由でも欲しいものだ。


 ──ふと、空から雫がほおに落ちる。

 気になって、空を見上げると、いつの間にか灰色によどんでおり、次々と雨粒が降ってくる。


「そういえば、今日は昼から明日の明け方まで、ずっと雨だったな。洋一、濡れるから早く教室に戻ろうぜ」

「そうか、この手があったか!」

「洋一、いきなり笑いだして、どうしたんだ?」

「ふふっ、笑わせてくれるも何も、天は俺を見捨ててなかったということさ。あはははっ!」


 俺は城壁を占領した軍曹ぐんそうのように腕を組み、高らかに上から目線で笑った。


「あーあ。ついに久々の甘酸っぱい恋愛体験に耐えきれず、洋一が壊れたか……」


 雨が降りしきる中、笑い叫び立ちつくす俺を見つめていた弥太郎は、何事もなかったかのように、静かにその場を去っていく。


 俺は体が濡れながらも、弥太郎が桜木さくらぎ教師を引き連れてくるまで、ひたすら狂ったように笑い続けた。


 これは天がくれた、願ってもないチャンスだと……。









この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?