目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第7話 放課後の帰り道、少しでも胸に刻めたら

 軽やかなチャイムが、雨音と調和してリズミカルに流れ、凛とした校舎に響き渡る放課後の夕暮れ時……。


 ──今日の授業を終えた俺は、下駄箱で可憐かれんを待ち伏せしていた。


 いかに転入初日から陸上部に入っている? 彼女もこんな雨では練習はできないだろう。


 ましてや、今日のTVの天気予報では曇りではあるものの、外は雨が降るとは言ってなかった。


 ……となると、彼女が傘を持っている可能性は低い。


 そして、雨の中で、俺がさりげなく傘の輪に入れて、相合い傘で下校して、こちらへ気を惹かす。


 そう、乙女恋愛育成計画は万全だ。


 ──しばらくすると、下校中の生徒から見知った顔が近づいてくる。


 間違いない、可憐だ。

 隣に女子がいるということは、どうやら友達と帰る様子だろう。


 しかし、隣の女子も、どこかで見たような……。

 だが、ここからでは可憐の体に隠れて、よく分からない。


 さて、それはそうと、こちらの準備は整った。

 上手い具合にいくだろうか……。


 俺は下駄箱先で一本の黒い傘を持ちながら、彼女の行動を離さないように、凝視ぎょうしする。


「あれ、やだな。雨降ってるよ。可憐、傘持ってきた?」

「はい、携帯傘ありますから。どうかしました。日向ひゅうがさんは忘れたのですか?」

「うん。天気予報では雨とか言ってなかったからね。どうしよう……」


 そうか、隣は日向さんだったか。


 転入して1日目にして、早くも放送委員と友達になるなんて、引っ込み思案な俺には中々できない貴重な体験だ。


「だったら可憐の傘を使って下さい」

「ええっ、いいの。可憐が濡れちゃうよ?」

「気にしないで下さい。可憐、もう一本持っていますから。それに、これから塾があるのでしょ?」

「うん、ごめん。ありがとね」


 そう言って、ピンクの折り畳み傘を受け取った日向さんは雨の中、バシャバシャと道を駆けていく。


 そんなに走ると、制服が汚れると思うのだが……。


 すると、校門の辺りで立ち止まり、こちらへ日向さんがくるりと向き直る。


「ありがとう、この埋め合わせは今度するね!」


 ここからでも分かる、嬉しそうな顔つきで手を振って、彼女は帰っていった。


「……さてと、出番だな」


 ……俺は静かに歩み寄り、可憐の隣へと並ぶ。


 それに対して、多少驚く彼女。

 無理もない、彼女は一学年で俺は二学年。


 しかもこの学校に来たばかりで、相手は見ず知らずの男。


 ──俺たちは簡単な自己紹介を終えて、今度は可憐に気になったことを投げかける。


陽氏ようしさん、いや、可憐。傘持ってるの嘘だよね?」


 俺はすかさず、思ったことを呟いてみる。


「えっ、どうして分かるのですか?」

「だって、その小さな鞄に傘が二本も入っていたら、他の物が入らないだろ──それにさっきから下駄箱で雨が止むのを待っていたし……」

「凄いですね。まさに名探偵 洋一よういちさんですね。──あっ、名前で呼ばれるのはお嫌いでしょうか?」

「別にいいさ。俺も可憐って呼んでるし。それに君とは初めて会った気がしないから」


「あっ……それは……」

「うん、どうかしたのか? はとが豆鉄砲を食らったような顔をして?……あっ」


 しまった。

 口が滑って、『会ったことがある』とか、暴露ばくろしてしまった……。


 向こうは、俺と出会ったばかりなのに。


 冷静さを欠いて興奮して、まくし立ててしまった。


 何という失言だろう……。

 まあ、相手は鈍感のようで、俺の発言など気にしていないようだ。


 俺はできるだけ冷静を保ちながら、黒い傘をゆっくりと開く。


「じゃあ、洋一さん。お言葉に甘えて、お隣よろしいですか?」

「ああ……」


 ──俺たちは二人で肩を並べ、相合い傘で路面を歩く。


 緊張の面持ちか、足を踏み入れる度に、水溜まりがピチャピチャと卑猥ひわいな音に聞こえてしまう……。


 どうしよう……。

 いざ二人になると、話したいことが浮かばない……。


 頭の中からのプログラム回路は真っ白で、体を前へと一歩ずつ進み出すのに精一杯だ。


「……洋一さんの話は日向さんから聞きましたよ。口は悪いですが、中々の好青年だと」

「そんなことないよ。俺なんてろくでなしだ」

「いっ、いえ、そんなはずはありません!!」


 可憐は肩で息をしながら、いきなり大きな声で叫ぶ。


 それを偶然耳にした通りかかる主婦達が、『若いって素敵だわね~♪』と言いながら、ほがらかに過ぎ去っていく。


「こ、声がデカイって……」


 俺はあわてふためきながら、彼女をなだめるのに必死になる。


「洋一さんは覚えてないかも知れませんが、可憐は……」


 大きな水溜まりに自身の顔を映しながら、言葉をつむぎだそうとする彼女。


 何か、俺と訳ありなのだろうか?


「よう、洋一。今帰りか?」


 そこへ、あんドーナツを口にくわえた、弥太郎やたろうが偶然にも通りかかる。


「──何だ、お前、女に目覚めたと思ったら、早速さっそく、放課後デートか?  しかも転入したばかりの美少女でもある、可憐ちゃんを取っ捕まえて」

「違う、そんなんじゃなくて……」

「いや、そんなんじゃなく、どこからどう見ても、明らかにデートしてるじゃんか?」


 弥太郎が食いかけのパンを一口で飲み込み、片方にあった350ミリ缶の微炭酸飲料をグビグビと飲み干す。


 コイツは仕事帰りのおっさんか?


「──あっ、どうやら雨が止んだようですね。それでは可憐は先に帰ります」


 雨上がりに綺麗な虹が映り、穏やかに晴れていくうるわしの天気。


 そんな中、俺たちの関係を早急そうきゅうに感じたのか、可憐はスタスタとこの場から去っていく。


「可憐、明日も会えないか? 色々と話したいことがあるからさ」


 俺が背中を向けた可憐を呼び止めたさい、微かながら、彼女の肩が震えているように見てとれた。


「はい、分かりました。また放課後に下駄箱で待っています……」


 そのまま、可憐は振り向きもせず、反対側の歩道へと歩いていった……。


****


「おいおい。何だよ、いつの間に、そんなに仲良くなったんだよ♪」

「お前には関係ない」

「つれないな。同じ釜の飯を食いあった仲だろ♪」

「あのなあ、公衆の面前で誤解を生む発言は止めてくれるか?」


 俺は可憐のことで頭が一杯だった。

 とにかく今は彼女への好感度を上げないと、未来の花嫁を救うことはできないからだ。


「──焦るな。まだ十分に時間はある」

「時間って何の話だよ?」


 俺はうるさいハエ? を追い払いながら、自分に言い聞かせる。


「……いくら何でも、ハエはひどくないか?」

「ヤバい、声に出ていたか。すまんな、よ」

「……あのさあ、英語で発音しても一緒だよな?」

「構うな。そんな俺を許せ」

「さっきから何なんだよ。どこの宗教の発言やら……」


 そんな性癖にノーマルな俺は弥太郎とは、ある程度、距離を置きながら、ゆっくりと家路に向かうのだった……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?